いつか灰になる、その日まで
やがて、悲しそうな顔で呟くように言った。
「それでも、ヴァンパイアになる事を選ばなくても……」
置いていかれる事は、もちろんレイチェルとて嫌だ。だが、あの舞踏会から一週間足らずで、クライヴはそれを選択した。
それからずっと、こんなにも早く決めなくても、と心に引っ掛かっていたのだ。
そんなレイチェルの思いを、その血で練習しているクライヴはよく分かっている。それでもこれは、クライヴが自分で決めた事。
レイチェルと共に生きる以外に、クライヴの望みは無いのだから。
「俺は、そんな顔をさせるために、この道を選んだわけでは無いのだが」
「そうだよ、レイ。君は笑っていなよ」
口々に言われて、レイチェルは少し拗ねたような顔になる。
「二人は狡い。わたくしを出掛けさせて、その隙にさっさと済ませてしまったんだもの。せめて一言くらい、言ってもらいたかった」
「それに関しては謝る。悪かった」
真面目な顔でクライヴにそう言われては、レイチェルに言い返す術はない。
それでも、無駄な抵抗をしてみるのは、素直に認めたく無いからだ。レイチェルはまだ、クライヴの人生を自分が変えてしまったという、負い目を感じている。
「……そういうところが狡いのですわ。この印だって、わたくしは反対したのに」
そう言いながらレイチェルが撫でる首筋には、一輪の薔薇を守るようにうずくまる狼の紋様がある。クライヴの所有印だ。
「レイばかりを縛り付けるのは不公平だろう。それとも、俺がレヴィかレイ以外の血を飲んでもいいと?」
「もちろん、嫌ですわ。けれど、我慢は出来ます」
「俺が嫌なんだ」
クライヴは笑いながら言って、レイチェルを宥めた。けれどレイチェルはわざとらしくそっぽを向いて、不機嫌さを主張している。
ここ最近はよく見られる光景であり、レヴィがそんな二人を仲裁するのもまた、いつもの事。
「まあまあ、僕の小鳥たち。せっかくのお茶が冷めてしまうよ。夫婦喧嘩はいつでも出来るでしょ」
にこにこと笑うレヴィに毒気を抜かれ、レイチェルはため息を吐く。
「……いいでしょう。今日はこれくらいにしておきます。けれど、勝手に決めた事はまだ許してませんからね」
「まだという事は、いつかは許してくれるんだな」
「ええ。何十年か何百年後かには」
「ではなるべく早くなるように、機嫌をとらなくてはな」
「頑張ってね。この子は素直じゃないから」
楽しそうに笑い合うレヴィとクライヴにむっとして、レイチェルは再びそっぽを向いてしまったのだった。
彼らはきっとこの先も、こうして共にあるのだろう。
いつか灰になる、その日まで──。