一番美しかった
レイチェルがまず感じたのは、美味しい、という事だ。ヴァンパイアにとって、それが最も重要な事だから仕方がない。
そして次に、感情を読み取る事に意識を向ける。どうやって読み取るかと言えば、これもヴァンパイアそれぞれで違うのだが、レイチェルの場合は、頭の中にイメージが流れ込んでいくるのだ。
人間が夢で深層心理を見るような、そんな感じだろうか。
「――っ、レイ」
背中を叩かれながら名前を呼ばれて、レイチェルはそっと牙を離す。傷口を二回ほど舐めると、傷口が塞がっていった。
それを確認して顔を上げ、クライヴの顔を覗きこんだレイチェルは、蒼白だが問題は無さそうだと判断して、ほっと息を吐く。
「大丈夫ですか。気分は悪くないですか?」
案じるレイチェルの問いかけにクライヴは笑い、ソファに凭れかかった。気だるく感じるものの、悪い気分では無い。
そういえば、最初もこんな感じだったな、と懐かしく思い返した。
「中々、良かった」
吐息混じりに言われて、目を丸くしたレイチェルだったが、すぐにため息を吐いてしまう。
「……何だか言い方がいやらしいのですけれど」
「安心しろ。そなたにしか言わん」
「そういう問題ではありませんわよ」
レイチェルは呆れたように苦笑しながらも、面白がっている風でもあった。そんなレイチェルに微笑み、クライヴは口を開く。
「で、どうだった?」
「……大きな白い家が見えて、そこに、わたくしがいましたわ」
「つまり、俺の想いは伝わったという事でいいのか?」
「ええ。心の中の家に住まわせるという事は、そういうことでしてよ」
照れ隠しなのだろうか。澄ました顔で言ったレイチェルに苦笑して、そういえば、と再び問いかけた。
先ほど、レヴィとレイチェルの会話を聞いていて、思い出した事があったのだ。
「以前に、血で感情は分からないと言ったのは嘘だったのか?」
「わたくし、そんなこと言いましたかしら?」
「ああ、いや。答えられないと言ったのだったか。俺が体調をくずした時だ」
「よく覚えていらっしゃいますわね。あの頃は、フラン叔母様の事が好きだと思っていましたから。制御出来るとはいえ、感情を読み取れるなんて、知りたくは無いかと思いましたの」
「なるほど。それがあったから、レイを悩ませてしまったわけか。もう未練など無いと、きちんと言わなかった俺も悪かった」
「いえ。もういいのですわ」
そう言って、レイチェルは微笑む。クライヴの想いを知ったレイチェルに、そんな事はもはや小さな事に思えた。
クライヴは微笑むレイチェルに笑みを返して、ソファから身を起こし、レイチェルの手をそっと包み込む。
「……一緒に帰ろう」
「はい。クライヴ様」
満ち足りた笑顔で言ったレイチェルは、クライヴが今まで見た中で、一番美しかった。