自分が愚かに思えて
中央に三人ほどが座れそうなソファ、一人がけのソファが二脚、机を挟んで置かれている。壁紙は爽やかなグリーンで、ゆっくりと寛げそうな部屋だ。
クライヴは先に大きい方のソファへ腰を下ろし、扉のところで立ち止まったままのレイチェルに、自分の右隣を示す。
「ほら、こちらへ」
レイチェルは、自分を勇気づけるように一度深呼吸をして、ゆっくりと歩み寄った。さらさらと衣擦れの音をさせながら、机を回り込む。
少し不安そうな表情のレイチェルを視線で追いながら、クライヴは気になっていた事を聞いてみる。
「そういえば、今日のドレスは自分で選んだのか?」
「いえ。レヴィが選んだんですのよ。いつもは着ないようなものを、と」
それがどうかしましたか、と言いながら腰を下ろし、首を傾げた姿に、クライヴは苦笑した。
自覚が無いところが、レイチェルらしいといえば、らしいのだが。もう少し自分の見た目を意識した方がいいな、と思っている。
「今度は俺の選んだドレスにしてくれ。もっとこう落ち着いた、いつもの控えめな青か緑がいいな」
「そんなに似合いません?確かに派手な色合いですけれど……」
「そうではなくて。似合いはするが、その……、胸元が開きすぎでひやひやする」
「あらまぁ。クライヴ様ったら、どこを見ていらっしゃるの?」
くすくすと笑ったレイチェルは、肩の力が抜けるのを感じた。思った以上に、緊張していたようだ。
本人にそのつもりがあったのかは分からないが、緊張を解せた事に感謝して、今度は真面目な顔でクライヴを見つめる。
「……わたくしは、この先ずっとこのままですわ。それでも、いいのですか?」
「今さらだな。俺は、ヴァンパイアのレイチェルに求婚したんだぞ。それに、これから血を飲ませようとしている」
「ですが、将来的には無理が出て来ますわ」
「公の場を少しずつ減らせばいいさ。屋敷の方は元々知っているのだから、問題ない。気がかりは、そなたより先に逝ってしまうことくらいだ」
「クライヴ様……」
囁くように、レイチェルは名前を呼ぶ。逃げようとしたのに、そこまで考えてくれていたことが、嬉しかった。
「だが今はひとまず、それに関しては後で考えるとして……」
そう言ってクライヴは、レイチェルの体を引き寄せた。温かい部屋でさえその体温は低く、心臓の鼓動も感じる事は出来ないが、確かにここにいる。
レイチェルが出ていった日からずっと、クライヴはこの時を待っていたのだ。
抱き締められた方のレイチェルは、クライヴの首筋に顔を埋める。僅かに顔を動かせば、印に唇が触れた。
懐かしい匂いがする、と思いながらレイチェルは目を閉じた。自分が手離そうとした、愛しい人の香り。
忘れられる、なんて考えた自分が愚かに思えて、小さく笑う。少しの間そうしてから目を開けて、僅かに体を起こした。
「苦しくなったら言ってくださいね」
頬に手を当てながらそう言って、次に首筋へとその手を滑らせる。クライヴが頷いたのを確認すると、身を屈めて、ゆっくりと牙を落とした。