遊べるのも今のうち
そうしてひとしきり笑った後、クライヴはレイチェルの手を取って歩き出す。
「中に入ろう。実は休憩の間を一つ確保してある。そこなら邪魔も入らない」
「あ、彼を運ばないと。あのままだと風邪をひいてしまいますわ」
手を引かれながら、倒れたまま放置された男を振り返るレイチェルだったが、クライヴの足は止まらない。ダンスホールの明かりへ向かって、ずんずんと進んでいきながら、不機嫌そうに呟く。
「俺のレイをたぶらかした罪は重いからな」
「まぁ、俺のだなんて、そんな……」
と、レイチェルは頬を染めるも、すぐに慌てて首を振った。ときめいている場合ではないのだ。
「っ、いえ、そうではなく、むしろわたくしが誘ったのですが」
「最終的には乗っただろう」
「見ていたのですか?」
「ああ。レヴィ殿が押さえていてくれなければ、飛び出していきそうだった」
「それは、何だか、ごめんなさい」
「いや。通りがけに、人が倒れていると言っておけばいいさ」
クライヴの言葉に、あの男には申し訳ないと思いつつ、レイチェルは頷いた。何を言ってもたぶん、不毛なやり取りが続くだけだろう、と諦めたのだ。
ダンスホールへ近づくにつれて、ダンスに一段落ついたのか、談笑している様子が目に入る。
歩きながら遠目にそれを見て、レイチェルは気がついた。
「あら。もうほとんど仮面を着けていませんのね。レヴィが持って行ってしまったから、ちょうど良かったですわ」
「仮面舞踏会では無くなってしまったな。だが今日は、楽しければそれでいいのだろう。これから冬は厳しくなる。遊べるのも今のうちだ」
「そうですわね」
レイチェルは微笑み、クライヴと並んでダンスホールへ足を踏み入れる。ダンスホールは温かく、人々の笑い声でさざめいていた。
二人は度々声をかけられたが、軽く笑って受け流し、屋敷の奥へと向かう。途中、アインツ公爵と目が合い、ウィンクをされたレイチェルは驚いたが、ほどなくその意味に気がつく。
最初に挨拶をした時に言われた、言葉の意味も。
「アインツ公爵って楽しい方でしたのね。華やかさが足りない、なんて言って悪かったですわ。遊び心がある方はいいですもの」
「そうだな。いつも楽しい事を思い付くのは、アインツ公爵だった、と父上から聞いたことがある。父上にとっても陛下にとっても、可愛い弟だったのではないだろうか」
「クライヴ様にとっては叔父様でしたわね。気がつきませんでしたわ」
「叔父とはいえ、気軽に話せる相手では無いけどな。もしもその時気づいていたら、来なかったか?」
「どうでしょうか。もし会っても仮面があるから大丈夫、と思ったかもしれません。ただ、どちらにしても、レヴィに無理矢理にでも連れて来られていると思いますわ」
「それもそうだな。レヴィ殿には感謝している」
そんな事を話しながらダンスホールを後にして、月光が差し込む硝子張りの静かな廊下を歩く。二階へ上がり、控えのために用意された一室へと入ると、そこはすでに明かりが灯り、暖炉の火が燃えていた。