俺との約束
レイチェルは無意識に口元に手を寄せ、囁くように口にする。
「――っ、本当に、わたくしの、印が……」
ヴァンパイアの所有印は、もちろん個々で違う。レイチェルの薔薇と鳥は、好きな花とレヴィの小鳥ということ。
レヴィは翼を広げた梟。サミュリアはユニコーン。本人を象徴するものが現れることが多いらしいが、レイチェルは二人が何故その印なのかは知らないし、絵に描いてくれたものしか見たことはない。
改めて驚いているレイチェルに、クライヴは言う。
「簡単に言うと、これは人間で言えば指輪を渡した、という事なのだろう。だがそなたは、俺の返事を聞く前に姿を消した。それについて、何か弁明があるなら聞こうか?」
腕を組み、答えを待ち構えているクライヴに対し、レイチェルはあちこちに視線をさ迷わせている。
あの子は意外と押しに弱いんだよ、とレヴィが教えてくれた事を思いだしながら、クライヴはじっと待つ。
ここで焦ってはいけないが、レイチェル自身に納得させるため、必ず血を飲む気にさせなければならない。
「だってあの時は、そんなつもりでは無くて……」
「ではどんなつもりだった?」
「え?それは、最後の思い出にと」
「勝手に最後にするな。それにだな。その時に俺の感情が読めなかったのか?」
「どのくらいで気を失わせられるか、そればかり考えていましたもの」
「何だそれは。何も言わずに出て行かれた方は、たまったもんじゃないぞ」
ため息混じりに呆れたように口にすれば、レイチェルはしょんぼりと肩を落とした。一応、反省はしているようだ。
「ごめんなさい……」
「まあいいか。今試してみるといい」
「けれど……」
「俺を信じたいのだろう?」
「……ここじゃ。誰か来るかもしれませんわ」
そんな事を言うレイチェルに、何を今さら、と思いながら視線を滑らせ、地面を指差す。正確には、地面に倒れたままの男を。
「そいつは良かったのにか」
「すぐ終わらせるはずだったのですもの」
唇を尖らせ、拗ねたように言ったレイチェルをまじまじと見つめ、クライヴはため息を吐く。
「俺との約束はどうした?」
クライヴが問いかけると、レイチェルは僅かに首を傾げ、あ……、と呟く。だがすぐに気を取り直して、ゆったりと口を開いた。
「先ほどのは飲んでませんから、破ってはいませんわ」
「口には入れただろう」
「あら、ですが約束では、あなた以外の血を飲まない、でしょう?喉を通っていないものは、飲んだとは言えないのでは?」
「俺の見解としては、他の男の血が唇に触れた時点でもう駄目だ」
しばらく、二人は真面目な顔で見つめ合っていたが、我慢できなくなったように、同時に笑いだした。