知らないなんて言わないよな?
「……ええ。本当ですわ」
呟くように言ったレイチェルに、クライヴは微笑んで安堵のため息を吐く。そして掴んでいたレイチェルの手を引きながら自分の方に向かせると、その場に膝をつき、冷たいその手に口づけを落とした。
例えその手が氷のように冷えていても、クライヴにとっては愛しい手に違いはない。いつか、レイチェルの手が額に触れた日の事を思いだし、少しだけ笑う。
その時雲間から覗いた月の光が、二人に柔らかく降り注いだ。地面に倒れた哀れな男の事など忘れ去り、世界に二人だけしかいないかのように見つめ合う。
クライヴは息をのむレイチェルを見上げて微笑みながら、口を開いた。
「俺も愛している、レイチェル。どうか戻ってきてくれないか」
この言葉を聞くことをどれほど望んだか。それでも、レイチェルはクライヴから目を反らす。それが、気休めに告げているのだと思ったから。
「クライヴ様。嘘でもそういう言葉を使ってはいけませんわ。期待させるようなことを、どうかおっしゃらないで」
「大いに期待してくれて構わないし、まったくの本心なのだが。何故そう思う?」
「だって……、フランチェスカ叔母様がお好きなのでしょう?」
「それなら誤解だレイチェル。そんなのは昔の話しだ。誓って今はレイチェル一筋だぞ」
「ですが、わたくしなんてただの趣味の、欲を満たす為だけの相手でしょう?」
「その言い方だと語弊がある気もするが、まあ、最初はな。だが、レイチェルと一緒にいるのは楽しかった。俺に笑いかけてくれることが嬉しかった。自覚したのは、泣いているレイを見た時だ。泣きじゃくるそなたを守りたいと、愛しい思った。早くそう言ってやれば良かったな。すまない」
「けれど……、わたくしは……」
「俺が信じられないか?」
「もちろん、信じたいですわ。けれど、それでも……」
尚も否定の理由を探すレイチェルに苦笑しながら立ち上がり、クライヴは無理矢理レイチェルの視界に入る。
今にも泣き出しそうな瞳をしたレイチェルと目を合わせ、そして徐にジャケットを脱ぐと、白いブラウスの襟元を寛げながら言った。
「俺の言葉が信じられないのなら、確かめる方法がレイにはあるだろう。こんな印をつけておいて、今さら知らないなんて言わないよな?」
レイチェルが、挑戦的に笑うクライヴを見たのはこれが初めての事。だがそれ以上に驚いた事は、その首筋の印である。
先ほどレヴィに聞いた時は半信半疑だったが、直に目にすればもう、否定するのは不可能だ。