所有印
──流し込めず、すべて地面に吐き出した。
何度も咳き込み、不快な物を口にした時のように顔をしかめながら、困惑する。
「……何これ、美味しくないじゃない。どうして?」
言い表すならば、まるで砂が口に入ってしまったかのような不快感。口に手を当てて呟いても、正体をなくした男はただ転がったまま、答えるのは不可能である。
ヴァンパイアが血を美味しくないと感じるなど、あり得ない事だ。この男が駄目だったのか、とレイチェルは思うがそれも無いはずである。
確かに好みはあるが、これほどまでに、吐き出してしまうほどの事はなかったのだから。血を飲み込めないなど、初めての経験だった。
何がどうなっているのか、訳がわからずに疑問符ばかりが頭に浮かぶ。
と。
「それはね、君自身がよく知っているよ」
レイチェルの疑問に答えたのは、聞き慣れた優しい声だった。顔だけで振り返って見れば、仮面を外したレヴィがそこにいた。
微笑みながら近づいてくるレヴィを、レイチェルはなおも困惑した様子で見つめている。
「レヴィ?一体、どういう事なの?」
「よくお聞き、レイ。君はね、アッシュベリー侯爵に所有印をつけた。だからだよ」
怪訝そうな顔のレイチェルの前に片膝をつき、レヴィは幼子に言い聞かせるかのように、ゆっくりとそう口にする。
そんなはずは無い、と否定しようとしたレイチェルだったが、最後の夜を思い出せば、あるいは、とも思う。
だが、すぐに認める事は出来なかった。印をつける意味を、きちんと理解しているから尚更。
「そんなの嘘よ。わたくしにそんなつもりは無かったもの。だって、あれで最後にするって……!」
「思いが強いとね、無意識に反応してしまうんだな、これが。所有印が首にあったということは、首筋から血を貰ったんだよね。中々制御が難しかったでしょ。そっちに気を取られてたんじゃない?」
「……っ!」
にっこりと笑うレヴィに、レイチェルは目を見開いた。
確かに、首筋から血を貰う事はそれがあるから、滅多なことではやらない。だからあの夜レイチェルは、死なせてしまわない程度の量をはかる事に、意識を集中していた。
言葉をなくすレイチェルを面白そうに眺めながら、レヴィが言葉を続けていく。
「僕らヴァンパイアは、一度印をつけたら、その血しか口に出来なくなる。何故ならそれが、僕らにとっての結婚の誓約だから。もちろん知ってるよね?」
お互いに所有印を付ける事で、お互いを裏切らないと誓う。
どちらかが死ぬまで、その印は消えない。他の血を飲む事を許さず、お互いの血だけを糧とするのだ。