煉瓦造りの屋敷
そうして辿り着いたクライヴの屋敷は、黒い鉄柵に囲まれた、白い煉瓦造りの屋敷だ。門を潜って綺麗に整えられた前庭を通り、玄関前で馬車を下りた。
外階段を上がり玄関から中に入ると、四角い玄関ホールが二人を出迎える。吹き抜けになっており、上階の窓から降り注ぐ光がとても明るい。
正面と左右に、それぞれ形の違う扉がある。正面の扉は両開きで、大広間や応接室など、いわゆる社交の場として使われる部屋へ続く。左の扉からは2階の私室へ、右の扉は地下室へ続いているらしい。
「……ここで、今日から暮らすのね」
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」
ポツリとしたレイチェルの呟きに、そんな声が重なった。左の扉から出て来たのは、黒の執事服を着た50代くらいの男である。
少し白いものが混じり始めた黒髪を後ろに流し、いかにも几帳面そうなその男は、清潔感に溢れていた。クライヴが彼に答え、レイチェルの背に手を添える。
「ああ、今戻った。レイチェル。我が家の家令のエディだ。困った事があれば何でも言うといい。大抵解決してくれるからな」
「旦那様の無茶ぶりには、いつも手を焼かされますがね。一年前程前でしたか。突然薬草を育てたいと申しまして。しかも、この辺りでは滅多に見かけないような珍しいものでしたな。ところが、苗を手に入れるのも一苦労でしたのに、すぐ枯らしてしまわれて……」
やれやれ、とでも続きそうな様子に、レイチェルは目を丸くした。
伯爵家でこんな軽口でも叩こうものなら、即解雇だろう。お父様には遊び心が足りないのよね、なんて常々思っていたレイチェルだ。
けれど、あれは悪かったと言いつつも、笑っているクライヴとエディの様子からして、いつものやり取りなのだろう。
お互い信頼しているからこそのそれが、微笑ましくもあり、レイチェルは自然と微笑んでいた。
「そして、エディ。我が妻となったレイチェルだ」
「初めまして。今日からよろしく、エディ」
にこやかに口を開いたレイチェルに、エディは恭しく頭を下げる。顔をあげると、好好爺とした笑みを浮かべ、穏やかな声で言った。
「旦那様もおっしゃいましたが、何なりとお申し付けください、奥様」
「ええ。ありがとう」
それでは私はお茶の用意を、とエディが下がると、クライヴはごく自然に、レイチェルの手を取る。レイチェルはそれに驚いて瞬きをしたが、クライヴは柔らかに笑うだけだ。
「では早速部屋へ案内しよう」
エディの消えた扉へ向かいながら、どこか楽し気なクライヴの背に、レイチェルも続く。
真っ直ぐ廊下を進むと、突き当たりに食堂があり、その手前に2階へ続く階段がある。そこを上がった南側の部屋が、レイチェルに用意された部屋だった。