今日の君は手厳しい
二人が大広間に入ると、すでにそこでは人々が思い思いに談笑し、笑いさざめいていた。端近に並べられた料理も豪華で、給仕たちが忙しなく、けれど優雅に自らの職務をこなしている。
その中で唯一、仮面をつけていない人物がひとり。背が高くがっしりとした体型の、壮年の男性。モスグリーンのジャケットが、落ち着いた印象を与える。
彼こそこの屋敷の主、王弟であるアインツ公爵その人だった。招待客たちが楽しんでいるのを喜んでいるようで、その顔は満足そうに見える。
「アインツ公爵。今宵はお招きありがとうございます」
ゆっくりと近づいたレヴィが声をかければ、長年の友人に会ったかのように、公爵は快活な笑顔を見せた。
「おお。久しいな、レヴィ。元気か?」
「今夜は仮面をつけた相手に、名前を口にしたらいけないんでしょうに」
仮面を着けているにもかかわらず、すぐに言い当てられてレヴィは苦笑する。レイチェルも、少しだけ驚いた。
レヴィを見破った事ではなく、レヴィが公爵と知り合いで、しかも、気さくに声を掛け合う間柄だという事に。
「まぁいいですけどね。おかげさまで、つつがなくやってますよ。アインツ公爵もお元気そうで何よりです。もはや昔の面影は無いものかと」
「お前をすぐに見抜けるくらいには、まだまだやれるぞ。で、そちらがお前の小鳥だな?」
「ええ。可愛らしいでしょう?さ、ご挨拶なさい」
「こんばんは、公爵様。お招きいただき光栄でございます」
「うむうむ。確かに。是非一曲お相手願いたい、が、止めておこう。私では満足させられないだろうからな。もっと相応しい相手がいる。では二人とも、楽しみたまえ」
アインツ公爵は笑って言うと、別の招待客の方へ歩いていった。レイチェルはその後ろ姿を首を傾げながら見送り、次いで、レヴィを見上げる。
「今の、どういう意味かしら?」
「さてね。今日の君は美しいから、放って置かれない、という事じゃないのかな。もしくは、君に血はあげられない、って事かな」
最後の言葉はレイチェルの耳元で囁くように言って、レヴィは微笑んだ。その顔を、レイチェルは不機嫌そうに見つめる。
仮面越しでも、レヴィには間違いなく伝わるはずだ。
「そんな事言わなくたって、わたくしにだって好みはあるわ」
「彼は駄目だった?」
「そうね。王弟にしては華やかさが足りないわ」
「手厳しいね」
肩をすくめるレヴィに向けて、レイチェルは笑う。赤い唇が弧を描く様は、顔が見えないからか、普段にはない妖艶さを見せる。
いくつかの視線を感じながら、レヴィは微笑む。レヴィにとっては楽しいが、どこかの誰かは面白くないだろう。
が、今夜はそれが必要なのだ。
「一曲目は僕と踊って貰うけど、後はお互い自由に行動しよう。いいかい?」
「いいわよ。そろそろ喉も乾くし。あなたも久しぶりでしょうから」
「ありがとう。さすがは僕の小鳥だね」