別れの言葉でも
簡単な打ち合わせを終えると、クライヴは帰路についた。レヴィが森の出口まで送ろうと言ったので、夕暮れに染まった空の下を、二人は並んで歩いている。
一度だけ教会の人間がレヴィに声をかけたが、記憶を消さずに帰すと説明すれば、あっさりと別の道へ足を向けた。
咎められるかと思って苦笑したクライヴに、レヴィが楽しそうに笑い、監視役は穏健派だからね、と説明した。
その後もレヴィは、はしゃいだように楽しそうに喋り続ける。そのほとんどが、千年近く生きたレヴィの思い出話だった。
とはいえ、ころころと話題が変わり、まったく別の話に飛ぶのが、レヴィの悪い癖だったが。クライヴがそれを大真面目に聞いているのをレイチェルが見れば、きっと苦笑したことだろう。
「王宮は楽しかったよ。王も王妃も、その子どもたちも僕を慕ってくれてね。ただ、その頃は教会が厳しくて、40年くらいしかいられなかったけど」
「人間なら長いと思うところだ」
「そうかな。ああ、そうそう。レイチェルを家に連れて帰ったのも、こんな夕暮れ時でね。夕焼けが綺麗で散歩に出たら見つけたんだ。本当に一瞬だけ、ただ眠っているように見えたよ」
「……何故、助けようと?」
「ん?可哀想だと思って。……それに、似ていたからかな。昔出会った少女に」
「それは恋人とか……?」
遠慮がちに問いかけたクライヴだったが、レヴィは微笑むだけで何も答えてはくれなかった。変わりに、違う問いを投げ掛けてくる。
「あなたはこれでいい?あの子が拒絶した時はどうするの?」
「俺は、彼女の口から直接聞きたい。それが例え別れの言葉でも。あんな紙切れ一枚で納得すると思ったら、大間違いだ」
「そっか。あなたの望む結果になることを祈るよ」
そう言ってレヴィは空を仰ぐ。その横顔は静かだ。何を考えているのか、窺い知ることは出来ない。
しばらく無言で足を進めるが、どうしても気になることは、聞かないと気がすまないのがクライヴだ。
「……レヴィ殿の方こそ、本当にいいのか?もちろん俺としては、彼女が戻って来てくれると嬉しい。だが、あなたにとっては、大切な小鳥なのだろう?」
このまま記憶を消し、会わせないようにする事も出来る、と言外に匂わせながらクライヴが問いかけると、視線を移してにこりと微笑む。
「確かに大切な小鳥だけど、僕は過保護じゃないからね。あの子が選んだことを優先するよ。鳥籠を選んでも、あなたを選んでも。あの子が幸せなことが一番嬉しい」
微笑みながら言う姿は穏やかで、まさしく、子を見守る親の顔をしていた。