薔薇と小鳥
「あなたは必ず、あの子を置いて行くから」
目を伏せ、レヴィは告げた。人間に恋をしたヴァンパイア、もしくはその逆の場合。彼らは皆、必ず同じ壁にぶつかる。
サミュリアのように。そして、レヴィのように。今この瞬間に最愛の者と別れても、その後数百年の生が続く。レイチェルにはまだ、その覚悟は無いのだろう。
それも悪い事では無いと、レヴィは思う。何度もそうした別れを繰り返したレヴィも、それに慣れる事は無かったけれど。出会って恋をしたという事実は、心の奥底に大切にしまわれている。
レイチェルが今の状況を選んだのは、自分を守る為だ。自分がクライヴに恋をするなんて思わなかったレイチェルの、涙ながらの選択。
いつか、時が癒す事を願って。
「今ならまだ間に合う。きっと思い出に出来る。あの子はそう考えたんだよ。悲しい事だけどね」
それは、遠回しにレイチェルの思いを伝えている。置いて行かれてしまうと、それが嫌で去ったのだと。
クライヴはしばらく黙って、レヴィの言葉の意味を考える。レヴィが静かに見守る中、やがてクライヴは、考え込むような姿勢で口を開いた。
「……彼女はすべて、忘れてしまいたいのだろうか?」
「口ではそう言っているよ。あなたを殺してしまう前にね」
「あの時も一瞬、殺されるかと思ったのだが」
そう言ってクライヴは、首筋を擦るような仕草をする。その時襟元から覗いたものに、レヴィが目を見開いた。
クライヴの首筋に刺青のように刻まれているのは、丸い薔薇のモチーフと、その真ん中に小鳥が飛んでいる紋様である。
「それ、その印……!」
信じられない、とでも言いたげなレヴィに、クライヴは不思議そうに首を傾げる。ヴァンパイアにとっては見慣れたもののはずだ、と。
クライヴはジャックに言われて初めて気がついたけれど、この印の意味は、教会に行けばすぐに分かった。
「そんなに驚く事なのか?これは餌につける印なのだろう?」
しばらく放心していたレヴィだったが、やがて気の抜けたように笑って、椅子に座り込む。いつものレヴィらしくないが、そんな事知るよしもないクライヴは、ただただ不思議そうだった。
まったくあの子はしょうがない、とレヴィは言いたくなりながら、クライヴの質問に答える。
「よく知ってるね。でも、それは教会が勝手に思っているだけのものだよ。僕らは、ただの餌にわざわざそんな印はつけない」
「そうなのか?」
問い返してくるクライヴに、レヴィは苦笑しながら頷く。