あの子の平穏を守る
「どうか、レイチェルに会わせてほしい」
今日はその為に来たのだ、とクライヴは真っ直ぐに言う。レヴィとしても会わせたかったが、それは出来ない相談だった。
レヴィはいつだって、レイチェルの幸せを願っている。だから、レイチェルがクライヴの側にいたくないと願うのなら、それが偽りだろうとなかろうと、叶えるのを優先させる。
本心からではない悲しい選択も、何か大きな変化がない限りは、ただ静かに見守っていたい。
「駄目だよ。それには答えられない。それが、今のあの子の望みだから。僕はね、あの子を眷属にしてから、あの子の平穏を守ると決めたんだ。あの子が決めたことは、あまり否定したくない。……森の出口まで送ろう」
「会うまで帰らないと言ったら?」
立ち上がったレヴィはゆっくり首を振って、クライヴを見下ろした。深い泉のような瞳が、暗く翳る。まるで、月光が雲に遮られたかのように。
「あまり強情を張ると、さすがに僕も怒りたくなるよ。あなたのそれはあの子を苦しめると、どうして分からないの?」
「……苦しめる?」
「あなたにとってあの子は、知識欲を満たす為だけの存在なんでしょ?あの子を傷つける存在は、すべて滅びてしまえばいいと思うんだけど、あなたはどう?あの子の存在は、あなたにとって損得しかないんじゃないの?」
碧眼が煌めき、怒っているのだと分かる。レヴィもクライヴの想いは、痛いほど理解していた。だがあえて、きつい言葉を口にしたのだ。
「それは違う。俺は、彼女を愛している。だからここに来たんだ。レイチェルに会って、直接伝えたいんだ。でなければ、いつまでも後悔してしまう」
クライヴはレヴィの静かな怒りに少し怯んでしまったものの、力強い声でそう言った。
けれど、一層レヴィの瞳が翳る。そこに浮かぶのは先ほどの怒りではなく、愁いのようだった。
「例えそうだとしても、今のまま、あの子に会わせるわけにはいかない」
「何故だ」
絞り出すようなクライヴの低い声に、レヴィは寂しそうな笑みを浮かべる。
ヴァンパイアと人間には、どうしても埋められない溝がある。それがあるから、レイチェルは帰って来たのだ。
たった一人で。泣きそうな顔で笑って。
レイチェルが結婚して、幸せになってほしいとレヴィが願ったのは、レイチェルのそんな顔を見たかったからではない。
そもそも、レヴィはレイチェルと結婚するのは、同族だと思っていた訳だけれど。人間と結婚して、一番の心配事に、こんなに早くぶつかってしまったことは、いいのか悪いのか。