飽きたから
レヴィはクライヴを客間に招き入れると、すぐに紅茶とケーキを用意する。余談だが、レイチェルが持っていったのとは別の、林檎のケーキだ。
客間には大きな半円形の出窓があり、日の光が差し込んでいた。そのせいか、暖炉に火を入れていなくても温かい。
向かい合って席につくと、レヴィがケーキを口に運びながら、楽しげに口を開く。
「男性を招くのは初めてなので、何だか新鮮です。いつもお茶の時間には、可愛らしい小鳥が一緒でして」
「小鳥?」
先ほども小鳥と口にしていなかったか、とクライヴは思う。ヴァンパイアは小鳥と会話が出来るのか、などという考えが浮かぶが、そんな話は聞いた事がない。
その反応を面白がるように見つめるレヴィと目が合い、クライヴは思い至る。目の前のヴァンパイアにとって、レイチェルがどういう存在か。
「小鳥とは、レイチェルの事か。あなたは親鳥というわけだ。だから今日は、レイチェルがいないのだろうな。親として、会わせたくないから」
些か仏頂面で言ったクライヴにきょとんとしてから、レヴィは吹き出すように笑った。
何がそんなに可笑しいのだろう、とクライヴが思うほど、肩を震わせて笑っている。
「……ふふっ。ああ、ごめんね。あまりにも予想外の事を言うから」
しばらくして、素の口調でレヴィはそう言って目元の涙を拭う。久しぶりにこんなに笑ったよ、と付け加えながら。
「僕があの子に会わせたくないわけじゃないんだ。あの子が、あなたに会いたくないんだよ」
「レイが、そう言ったのか?」
「ううん。あの子の考えている事なんて、言わなくても分かる。あの子はね、自分の意思で、あなたの側を離れたんだ。もうあなたの側に居たくないって言って」
「何故?」
「……飽きたから、だってさ」
クライヴは、その言葉が本当だとは思えない。あの最後の祭りの日、レイチェルは笑っていた。少なくとも、血を飲みに訪れるまでは。
これまでのレイチェルと過ごした日々は、クライヴにとってかけがえの無いものになった。レイチェルもそうだと、信じているのだ。
その想いをクライヴが自覚したのは、王太子の晩餐会の日。自分は化け物だと言って、レイチェルが泣いたあの日。
だから、もっと早く言うべきだった、と何度も後悔している。それでも、今からでもそれを伝えたい。その強い思いが、クライヴの足をここへ運んだ。
わずかな希望を信じて。
「レイチェルは、本当に飽きたというのなら、はっきりとそう言うのではないか?」
クライヴがそう言うと、レヴィはにっこりと笑って何も言わない。きっとそれが答えだ。