夜の虹
薔薇の生け垣に囲まれた萌黄色の屋敷の扉の前で、クライヴは僅かに緊張した面持ちで立っていた。それを迎えたレヴィはといえば、いつもと同じ柔らかな笑みを浮かべている。
そのまま無言で見つめられながら、クライヴは被っていた帽子を取って挨拶の言葉を口にした。
「突然すまない。面会に応じてくれてありがたく思う。私は……」
「存じておりますよ。アッシュベリー侯爵、クライヴ・エインズワース様。お待ちしておりました。私はレイヴァノイエ。この鳥籠のヴァンパイアです」
「最初に聞いた時も思ったが、変わった名前だな。何か意味が?」
思わず率直な質問を口にしてしまったクライヴを、レヴィはまじまじと見つめる。こんな事を訊ねてくる人間は、初めてだった。
レイチェルを見守る中で、どういう人物かは知っていたけれど、直接会うのとではやっぱり違うな、とレヴィは密かに楽しくなってしまう。
もしも、クライヴが酷い人間なら、レヴィは問答無用でレイチェルを連れ戻しただろう。そうしなかったのはひとえに、少なくとも恋を知るまでは、レイチェルが笑っていたからだ。
だからこそ今、レイチェルは寂しがっているし、そんなレイチェルを捜しに来たクライヴには、好感が持てるのだった。
けれど、一方のクライヴは怒らせたのかと思い、謝罪を口にする。
「すまない。不躾だった」
「いえいえ。小鳥に聞いた通り、面白い方のようですね。私の名は私たちの言葉で、夜の虹、という意味です。とても神秘的で美しいのですが、ご覧になった事はありますか?」
「いや、残念ながら……」
「では、いつかを期待しましょう。私の事は皆レヴィと呼ぶので、あなたもそう呼んでください。さあ、中へどうぞ」
体を横にずらして扉の奥を示すレヴィを、クライヴは見つめる。
金髪碧眼の美しいヴァンパイア。レイチェルをヴァンパイアにしたもの。まさかこんなに簡単に招き入れられるとは、クライヴは思っていなかったのだ。
面会に応じてくれたとはいえ、記憶を消して門前で帰される可能性もある。鳥籠に暮らすヴァンパイアは大抵温和だし友好的だが、怒らせてはいけない。教会の案内人も、そう忠告してから帰って行った。
それを思い出して、緊張した面持ちになるクライヴを面白そうに見つめながら、レヴィは首を傾げる。
「ヴァンパイアのもてなしは、信用出来ませんか?」
面白がるレヴィの言葉に首を振り、クライヴは足を踏み出した。
「そんな事はない。失礼する」
「ふふ。どうぞ」