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レイチェル・パーシヴァルの書簡集  作者: 通木遼平
レイチェル・パーシヴァルの書簡集
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0.聖ドラグス暦1859年雨の月21日

去年短編で書いた「あしながおじさん」みたいな話です。




 その夜会のために用意された、消えることも燃え移ることもない小さな炎がいくつも天井に浮かべられ、フォルトマジア王国の“真白の王宮”の広間にいる美しく着飾った女性たちのドレスや宝石を煌めかせていた。


 魔力、魔術というものが当たり前のように存在するフォルトマジア王国でも、こんな大がかりにそれが使われることはめったにない。

 どんな魔術でも、属性や効果を示す記号を組み合わせた魔術回路に魔力を込めると発動されるのだが、これだけの量の炎の魔術回路を、しかも手のひらに乗るようなサイズの大きさで作るのは手間暇がかかりすぎる。それなりに準備期間が必要だ。


 しかし驚くべきことに、天井を飾るすべての炎を、たった一人の男が、しかも夜会の当日に用意したのだった。その光景を見た人は、彼が見えない何かを指先で触れるようにしただけでそこに炎が現われ、宙に浮いていったという。

 夜会がはじまってしばらくたつが、まるで魔法のように現われた炎は変わらずにゆらゆらと天井付近で揺れていて、炎が小さくなることもうっかり落ちてくることもない。そして炎を作った男も魔力なんて少しも使っていませんよというようにケロリとして人々が彼に声をかけるのに応えている。






 この夏至を祝う夜会の主役はまさにその男――オスカー・ローラントだった。






 彼はつい最近、この国の魔術師団の新しい団長に任命されたため、誰もが彼に祝いの言葉を述べている。


 トゥーラン侯爵家の嫡男として生まれ、幼少時からその非凡な才能で注目を集めてきたオスカーは、その頃からすでにいずれこの国を支える素晴らしい魔術師になるだろうと噂されていた。そして同年代がそれぞれの仕事で少しずつ頭角を表しはじめた中でひと足先に、王国が誇る魔術師団の団長が高齢を理由に引退することになったこともあって、国で一番の魔術師の称号ともいえる魔術師団長に任命されたのだ。

 背が高く、すらりと伸びた手足は決して細すぎることなく均整の取れた体つきをしている。穏やかで優しくそして整った顔立ちは、普段はせいぜい櫛で整えるくらいの美しい黒髪が今晩は後ろに撫でつけられているためによく見えて、いつも以上にこの場にいる女性たちの目を楽しませていた。




 それに――




 今年で二十三歳になる若い魔術師は、このおしゃべりで退屈な輪から何とか抜け出す理由はないかと視線を広間に走らせた。彼の特別に魅力的な瞳を見てしまった令嬢たちから「はぁ……」と甘い吐息があがった。




 それに、その特別な――虹色の瞳。




 この国の国民はほとんど皆魔力を持って生まれ、その魔力の強さは瞳の色に現れた。魔力が強い者ほど濃く、鮮やかな色をしているのだ。


 そして特別魔力が強い者は、美しい虹色の瞳を持っていた。


 どの世代にもいるわけではない。虹色の瞳の者が百年以上現れないなんてことはざらにある。稀有な存在なのだ。だから彼がその色の瞳を持って生まれた時、国中が彼に注目をし、そして彼はその注目と期待以上の実力を周囲に示してきた。


 しかしその才能も今は何の役にも立たない。オスカーは会場に友人たちの姿を見つけたが、彼らもまた助けにはならなそうだ。

 皆、今夜はそれぞれの妻や婚約者をともなって参加している――この国の貴族のほとんどは、十二、三歳からの六年間を王都にある王立学院で学生として過ごす。社交界にデビューするのは十六歳だが、その前後で己につりあった相手と婚約を結び、学院を卒業して成人として認められた三年以内には大抵婚姻を結んでしまうのだ。

 つまりオスカーの友人たち――学院の同窓生ともなれば、そのほとんどが妻帯者ばかり。魔術研究に勤しんでいたオスカーだけが独身を謳歌していた。


 侯爵家の跡取りなのでいずれ身を固めなければならないし、結婚願望がないわけではない。が、オスカーは微塵も焦っていなかった。

 ところが周りはそうはいかない。今晩この会場にいる彼の両親は全ての見合いを断り切った息子をもう放っていたが……他の貴族たち――それにともなわれてやってきた令嬢たち――は、この家柄も肩書も容姿もそろった独身の若者を放っておかなかった。


 遠い昔に八つの王国が一つになってできたフォルトマジア王国の現王家と公侯爵家はその八つの王国の王家に連なる家系だ。八つの家は主家と呼ばれ、直接の臣下とも呼べる旗手伯爵家や旗下子爵家がそれを支え、現在に至るまでその立場はゆるぎない。

 フォルトマジアには旗手以外の伯爵家も多く存在していたため、本来なら主家とは仕事以外に繋がりのないその伯爵家にとって主家の嫡男の婚約者の座はどんな宝石よりも魅力的だった。


 つまり彼は今まさにそんな貴族と令嬢に囲まれている。最初こそ年配の上級貴族や仕事の縁を求めて彼に挨拶をしに来た者が周囲にいたが、その波が引くと娘を売り込みたい父親や売り込まれたい娘たちが次々に彼を取り囲んでいた。


 今までも夜会に出席するたびにこういうことは起こっていた。そのたびに「今は魔術研究に専念したいのです」とのらりくらりとかわしてきたのだが、今日は相手も諦め悪く「魔術師団長になったのだから公私を支える相手が必要でしょう」と言って期待に目を光らせた娘を紹介してくる。

 「別に結婚したくて魔術師団長になったわけじゃない」とオスカーは心の中で吐き捨てた。もっと言えば魔術師団長になりたかったわけでもない。そんな肩書も何もないただの魔術師としてこの世のあらゆる魔術の研究をしたかった。




 それに――




 オスカーはにっこりと愛想笑いをした。「もちろん、全く考えていないわけではありません」と告げると、目の前のはじめて会う伯爵親子が期待にますます目を輝かせた。聞き耳を立てている周囲も同じだ。オスカーが前向きなことを言うのがはじめてだったからだった。


「これだと思う女性にめぐり合えれば、ですが」

「オ、オスカー様はどんな女性がお好きなのですか? その、結婚されるなら――」


 勇気を振り絞って声をかけた目の前の令嬢に、勝手に名前を呼ぶなと思いながら、オスカーは愛想笑いを崩さなかった。


「そうですね……」


 ちらりと視界に入った両親が明らかに心配そうな顔をしている。オスカーが何を言い出すのか、両親は予想できていた。


「私と同じ、虹色の虹彩を持っている女性と出会えたら――やぶさかではありませんね」




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