補習(但しエアコンはない)
初投稿です。
温かい目で見守ってもらえたら幸いどす。
「あつい………」
ただその一言に尽きる。八月の中旬、夏真っ盛りのこの時期に、エアコンの効いていない教室にいるこの状態では、無理もないだろう。
高校一年の夏、本来なら夏休みを謳歌しているはずが、蓋を開けてみれば補習で夏休み初日から今日まで学校に駆り出される始末。高校生活最初の夏がこれではあんまりだと、蓮汪蓮太は深いため息を吐いた。
(元はと言えば、すべてあの人せいだ!)
携帯に送られてきた写真に写っているこの惨状を、作り出した元凶を画面越しに睨みつける。
そこには、100人いたら100人で10000人集めて新しい宗教団体を創ってその教祖様に祭り上げられてしまいそうなほどの神秘さを感じさせる黒髪美少女が友人達とカフェで甘ったるそうなものを飲んでいた。
(人が暑さで苦しんでる中、優雅にカフェでティータイムとはいい度胸だなこのアマぁ…)
エアコンの効いたカフェと違い、こちらの頼みの綱といえば、風が吹くのではなくセミの大合唱と運動部の掛け声の夢のオーケストラが響いてくるだけの全開の窓と今にも天寿を全うしそうな扇風機一台である。悪態をつくのも仕方ないだろう。
「った!!」
突然頭を叩かれて、顔を上げると不機嫌そうな美人が机の横に立っていた。
「蓮汪、補習の分際で携帯とはいい度胸だな?最終日だからってたるんでんのか?あ?」
言葉使いは全然美しくないが。
「すいません花宮先生、でも急に叩かないでくださいよ。」
「このクソ暑い日に、クソ暑い教室で、お前のためだけに今日まで補習をやってやってるのに、聞いていないお前が悪いと思わんか?ん?」
「確かにそうですけど…」
正論すぎて、ぐうの音もでない。
そう今現在、この教室には花宮と蓮太の二人しかいない。だが、“美人教師と二人っきりのマンツーマン授業だぜ、ヒャッフー”と喜べるほど、蓮太の頭はおめでたくはない。
「それに私は期末前にあんだけ言ったよな?数学だけは赤点取るなよと?なぁ?言ったよな?」
「言った…かな?」
笑って誤魔化しを試みる。
「言ったんだよ!しかもお前は絶対とっちゃならん点を取りやがった…。お前のせいで、無駄に暑い日に無駄に暑い教室で無駄な補習をやらないかんこっちの身にもなれってんだ!」
失敗、導火線に火をつけてしまった。夏休み初日から今日までの鬱憤が爆発したようだ。
本来の補習であれば、エアコンの効いた快適な環境で午前10時から12時までの午前の部とお昼を挟んで13時から15時の午後の部と行うのだが。今回蓮太は、某天才ガンマン青狐の飼いなどの選ばれし者しか取ることのできない幻のスコア記録した。
そのため、学校側もそんな点取る奴にエアコンは使えんという無惨な判決が下ったのである。そして教師側も教育の仕方がよろしくないとのことで二人仲良く4時間灼熱の教室に放り込まれ続けたというわけだ。(流石に水分は摂らないととのことで、飲み物は持ち込み可であった。)
「巻き込んだ形になったのは本当に悪かったですけど、教師がそんなに無駄無駄言っていいんですか?」
「無駄なもんは無駄なんだよ!無駄!無駄!無駄!あ〜まじ無駄だわ。なんで、うちの学校は三週間も補習やんだよ。」
下敷きで(俺の)扇ぎながら花宮がだるそうに言う。
先程から無駄無駄マシーンと化しているこの女性の名前は花宮千鶴。彼氏が中々できない二十代後半の数学教師である。常時やる気がないのと茶髪のポニーテール、ジャージ姿がトレードマークで、目つきも悪ければ、口も悪い。でもなぜか慕われていて生徒達からは、親しみを込めて【姉御】(なお、本人に言うと怒る)と呼ばれている。ちなみに蓮太は絶対この人元ヤンだったろ?と思っている。
(まぁ、黙ってれば美人だしな。ほんと黙ってさえいればな。…黙ることができれば。)
大事なことなので3回、いつもより多めにした。
すると多めがいけなかったのか、花宮からヒヤッとする言葉と目線ををいただいた。
「お前今、失礼なこと考えてんだろ?」
「まっさか〜」
(こわっ!女の人ってなんでこうも鋭いんだ?生まれつきエスパーにでもなんのか?不思議でならん。とりあえず3回はダメだな。)
蓮太は大事なことはやっぱ2回だなと思った。
「腹立つなお前ほんとに、課題増やされてーのか?」
納得のいっていない花宮が死の言葉を投げかけた。
「いや、ほんと勘弁してください!これ以上俺の貴重な夏休みを削らないで!ほんとまじで!花宮様!千鶴様!姉御様!」
ただでさえもう半分以上刈り取られたのである、これ以上は俺の心が悲鳴をあげてしまう。
「姉御って呼ぶな!本当に増やすぞこの野郎!」
花宮が姉御に敏感に反応する。
「すいません花宮様!」
そんなに嫌かな姉御?ご○せんみたいでカッコ良くない?
「花宮様もやめろ!普通にしろ普通に!あと、次姉御って呼んだらまじ増やすからな?わかったか?」
姉御…もとい花宮先生は普通をご所望らしい。
ならば、仕方ない。
「サー!イエス!サー!」
元気よく言ってやった。
「返事もだ!」
なのに花宮は疲れた顔で、やれやれみたいな顔している。…なぜだ?
「まぁ、でも蓮汪お前も災難だったな。絶対許しはせんが。」
花宮が珍しく労いの言葉をかけてきた。ついに彼氏でもできたのだろうか?と思ったらまだ根に持っていたので、それはスルーする。彼氏ができるにはまだ時間がかかりそうである。南無。
「でしょう!本来なら今頃、可愛い彼女作って夏を満喫してたのに!」
(俺の夏の計画では、今頃で水族館デートに行ってたのになぁ…)
そんな俺に花宮が水を差す。水族館だけに?やかましーわ!
現実を見ろよ、な?的な感じで、
「お前に、彼女は…無理だろ?」
「夢ぐらいみさせて!」
言ってて蓮太は悲しくなった。
花宮から可哀想な人を見る目でみられたが気にしたら負けである。いや、ほんとは少し傷きました、はい。
「蓮汪に一生彼女ができないのは、仕方ない決定事項としてだな。」
さも、当然のように花見が言い捨てた。
「勝手に決定するな!まだわからんでしょう!え?……わかんないよね?」
こんなまだ人生も初期も初期で決められてたまるかと声をあげたが、自信がなくなり疑問系となってしまった。確かに今まで、女の子から告白されたことやいい感じになった女の子すらいない現状を考えると、俺ほんとに大丈夫かな?と思わないわけでもないのが怖い。
「人生…諦めが肝心だぜ?」
ポンっと肩に手を置かれて花宮に諭された。
それに少しイラッときた蓮太は、言ってはならない言葉を唱えてしまった。
「あんたに言われたかないわ!レベル30目前!行き遅れっあがあぁぁぁぁぁ!!ゆ、ゆびがこめかみにくぃこむぅぅぅ!!?」
突然きた、頭部への痛みに蓮太は堪らず悲鳴を上げた。扇風機の音しかなかった教室に絶叫が響く。
「ちょ、花宮先生!?まじでやばい!爪が爪がまじくいこでる!」
蓮太が必死に訴えるが触れられたくない話題をつかれた花宮には全く届かない。
「誰ぁれが行き遅れだあぁぁぁぁぁ!まだ28じゃ私はぁぁぁ!!彼氏ができないんじゃねぇ!つくらねぇだけじゃぼげがあぁぁぁぁ!!」
「彼氏うんぬんはいってねぇぇぇぇ!!いやほんとまじですんません!ほんとごめんなさい!だから離してえぇぇぇ頭が割れるぅぅぅ!?」
(地雷踏み抜いたぁぁぁ!)
後悔したが時すでに遅し。
「なにが、“まだ結婚しないの?”だ!“一人でさびしくないの?”だ!はてには“誰か紹介しようか”だぁ?余計なお世話なんだよ!勝手に哀れむな!こっちはこっちのプランがあんだよ!てめぇーらの押し付けはいらねんだわ!口出さずに勝手に幸せになってろや!クソがぁぁぁぁぁ!」
「いっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?!」
もはや誰に言ってるのかわからない花宮の心の叫びと蓮太の悲鳴が教室を飛び越えて校舎に轟いた。
そして、激しい痛みの中蓮太は、もう二度と恋愛関係の話は花宮にしてはいけないと心に深く深く刻み込んだ。
〜15分後〜
悲鳴と叫びを聞きつけた運動部の生徒が呼んできた生活指導の先生によって花宮の暴走は鎮火された。
そしてなぜか、被害者である俺も花宮と一緒に二時間に及ぶ説教(ほぼ、日頃の花宮の職務態度について)をくらい、さらには反省文を書かせられる羽目にあったというか現在進行形で書いている。解せぬ。
「あのゴリラいつか泣かす!」
生活指導の豪大先生に雷を落とされ涙目になった花宮が反省文を書きながら愚痴っている。普段からものぐさな花宮からしたら、豪大はまさに天敵、ハブ○ークとザン○ースのような間柄だ。
また、余計な地雷を踏み抜きたくないので蓮太黙ってシャーペンを動かし続けた。
二人のシャーペンの音と、花宮の豪大への愚痴だけの時間が30分ほど続いて、程なくして反省文を書き終えた蓮太が顔上げて時計を見ると17時を過ぎていた。
蓮太よりも先に書き終えていた花宮が腕を上に伸ばして体を伸ばしながらだるそうに、
「うぁ〜だいぶ過ぎたな。」
とため息を吐き出すように言った。
「でも、今日でようやく補習も終わりだからいいか。いや〜ほんとだるかったまじで。」
いや、本当に長い道のりだった。気を抜くと涙が出そうである。まじで。
「特に確認テストとかもねぇーからもう反省文書き終わったら帰っていいぞ。」
それを聞いた蓮太は、
「いやったぁぁぁ!!やっとやっと俺の夏休みががきたぁぁ!」とガッツポーズを掲げていた。
花宮が心底うざそうにしていた。
「うるさい奴だな。夏休みごときだ喚くな小学生かお前は。静かに帰れないのか?」
花宮の小言など、今の蓮太にはそよ風だ。
「この俺の喜びがわかります?いやわからないでしょうね!誘われても事あるごとに補習で断らないといけない苦痛!みんなが思い出を作っている中それを共有できない疎外感!夏を全く満喫できない悲しみとか悔しさとかもろもろともう付き合わなくていい開放感!ビバ夏!サマーバケイションが俺を待っている!」
テンションが振り切れた蓮太は花宮を置き去りにして、一人スタンディングオベーションを決めていた。
「………………。」
花宮がやばい人を見る目をしていたことには、暑さとか暑さとか暑さとかで少しおかしくなっていた蓮太は全く気付いていなかった。
ふと、花宮が思い出したように言った。
「あれ?でも、お前夏休み入ってからも三鷹瀬とは会ってんだろ?」
死んだ魚の目になりながら返事をしようとしていた蓮太の携帯が震えて着信を伝えた。
携帯の画面には、【三鷹瀬雪音】と表示されていた。
それを見て蓮太の目は完全に死んだ魚になった。