シェルター
帰宅してベッドに飛び込むとそのまま気を失うように眠ってしまった。いつ起きられるのかという不安が意識を失う寸前によぎったけれど眠気が強かったので目覚ましもかけずに。
結果を言えば午後三時頃に近所で行われた工事の音で目を覚まされた。
目を覚ました私は呼び出している知り合いに集合時間の確認をもう一度行った後、身だしなみを整えて外へと出かけた。香織との待ち合わせまでは時間があったが、それまでに調べたいことがあった。
私が倒した香織に取り付いていたヤツの被害者についてだ。香織が毎日誰かの家に泊まっていたのだとしたらそれなりの数が被害にあっていると予想される。しかし、深夜ファミレスで朝までネットで調べてみたが、それらしい事件はニュースになっていなかった。警察のホームページで公開されている事件の情報でも詳細が分からなかった。
なので現地調査を行う。昨日倒したヤツの魔力の波長は覚えているので波長が強い場所で手掛かりを待ち合わせ時間まで探せるだけ探す。こちらの被害者に対しても私なりに出来ることがあるかもしれない。
魔力の波長が残っている場所が個人宅やホテルであったため調査に少々苦労した。
調査した限りではあるが、誰も亡くなっていないことが分かり私は安心した。極度の疲労で自宅で寝込んでいる人や入院している人はいたが命はあった。調査が一通り終わった頃に約束の時間が迫っていた。
コンビニに着いて中を覗くが香織の姿はなく、店員の田畑君もまだ夜勤に入っていないのか姿が見えなかった。そもそも今日はバイトじゃない可能性もあるけど。
何か買うわけでもないのに店内にいるわけにはいかないので外で待つことにした。スマホで時間を確認すると丁度八時を表示していた。香織が素直に来ないことは予想していたが、呼んでいた知り合いまで時間までに来ないのは予想していなかった。知り合いに連絡をしようとスマホを操作しているとコンビニの駐車場に赤い車が入ってきた。確かセダンタイプと呼ばれる車だったと思うが詳しくない。でも、車に乗っている人物については少し詳しかった。
「遅かったわね、斎藤君」
私が呼ぶと車から申し訳なさそうにツーブロックにセットした頭をかきながら一人のスーツ姿の男性が降りてきた。身長も高く、顔の彫りが深いため日本人ぽくない顔立ちだ。イギリス人の祖父を持つクォーターだと本人が以前説明してくれた。
「すいません。運悪く赤信号に捕まって……時間丁度には付けると思ったんですけど」
「社会人として五分前行動が常識じゃないの?」
「そこは業務後なので勘弁してください」
斎藤君は私に軽く頭を下げながら近づいてくる。私が元々小さいせいもあるが、始めて会った時よりもだいぶ大きくなったように感じた。
「斎藤君、身長とか伸びた?」
「いえ、伸びてませんけど?」
「いや、なんかデカくなった気がして」
「ジムに行ってるからですかね。職場の人にも肩幅が広くなったとか言われているので」
「へぇ、体を鍛えているのね。いいことじゃない。出会った頃はガリ勉だったのに」
「あの頃は運動している余裕はなかったですよ」
斎藤君と出会ったのは私がこの世界に来た日で初めて出会った人物だ。私が初めて助けることになった人物でもある。その縁もあって時々、力を借りている。
「ステラさん、今日呼ばれた件ですけど……対象の女の子は?」
斎藤君が周囲に視線を送るがそれらしい子はいない。
「来てないわ。正直来てくれるかどうかは半信半疑なのよ」
「いやいや、私これでも忙しいんですよ。今日だって無理して仕事切り上げてきたのに」
斎藤君が不満を私にぶつけてくる。当然の反応なので私は申し訳なく頭を下げる。
「ごめんなさい。無理をして来てもらったのに。もう少し状況を説明すればよかった」
「まあ、朝に連絡をもらった時は自分も時間がなかったせいで曖昧なままで了解してしまったのでお互い様かもしれませんけど」
「そう言ってくれると助かるわ」
「ステラさんにはいろいろと恩がありますからね。それにこれも人助けですし。自分の仕事冥利に尽きますよ」
「……おや、どうやら斎藤君が来てもらったことが無駄にならずに済んだよ」
視界の端にこちらの様子を見るように電柱の影に隠れている香織の姿を見つけた。
「どこにいるんですか?」
「まあ、待ちなさい。あまりキョロキョロすると逃げてしまうかもしれないから」
「その女の子は小動物か何かですか?」
「うーん、なかなか懐かない猫といえばそうかもしれないわ。ともかく私が連れてくるからここで少し待ってて」
斎藤君を待たせて香織の方へ向かうと気付いた香織が逃げようとした。けど、完全に逃げ切る動作に入る前に肩を捕まえた。
「はやっ! 絶対に捕まらない距離だったわよ、今!」
「足は速いのよ」
「いや、足が速いって問題じゃ……」
「ここまで来て逃げる方が問題じゃないの? 呼んだ知り合いも来てるし話だけでも聞いて行ってよ」
「……変な宗教や勧誘だったら帰るからね」
「大丈夫よ」
香織の背を押してコンビニの前まで戻ると斎藤君が名刺を取り出していた。
「どうも始めまして、私は斎藤 明と言います。職業は弁護士です。こちら名刺になります」
「弁護士……」
香織は斎藤君に渡された名刺と斎藤君の顔を交互に見る。
「本物の弁護士よ。二年目くらいで業界的にいえばまだ新人らしいけど」
「ようやく仕事に少し慣れてきたというくらいの自分ですが、お力になれると思います」
「なんで弁護士? 別に犯罪とかしてないけど。いや、あれはそうかもしれないけど、弁護士はちょっと違う気がするし」
「安心して、昨日香織がやろうとしたことで斎藤君を呼んだわけじゃないの。香織の欲しいモノの一つ、寝る所を用意するために呼んだの」
「この人の家に行くの、私?」
「いや、それは私が捕まりますから」
「だよねぇ。男の人に家に行くのなら今までも変わりないし」
「詳しいことは斎藤君から。私も名前を知ってるくらいで詳しい制度までは分からないから」
私に促されて斎藤君は一度咳ばらいをして香織と改めて向き合った。
「えっと、香織さんでよろしいでしょうか?」
「は、はい」
「香織さんはシェルターを知っていますか」
「シェルターって非難する場所だよね」
「この場合は香織さんのように家出中の子が一時的に避難する場所です」
「べ、別に家出してないし、昼間とか親がいない時は家に戻ってるし」
「ですが、夜は家に帰らず徘徊していると聞いていますよ」
「まあ、それはそうだけど」
「シェルターには家出以外にも様々な理由で非難してきた子供達がいます。今回は香織さんをシェルターへ案内できればと思っています」
「なんか窮屈そうなイメージあるから嫌なんだけど」
「シェルターは普通の民家ですよ。一人一人に個室が用意されていますし、プライベートも大丈夫です。食事やお風呂トイレは共同ですが」
「……他人がいるのは嫌」
今更な香織の言葉についため息が出てしまった。
「昨日まで他人と過ごしてきて何を」
「今までだって嫌だったけど仕方なくやってたの! そうしないと寝る所も食事も出来なかったし」
「合う合わないはあるでしょうが、まずは一日シェルターで過ごしてみてはどうでしょうか? ちなみに入居者は全員女性です。スタッフも女性ですから」
「……」
「いいようならこれから案内します。向こうには既に連絡をいれてますから」
「手が早い……。私がここに来なかったらどうするつもりだったの?」
「そうなったら困ってました。無理して部屋を用意してもらったので」
「……分かった。今日寝る所なかったし一日だけ行く」
「では用意が出来ていれば行きましょう。何か事前に買う物があればスーパーなどに寄りますよ。基本的な日用品は常備されていますが、個人的に必要な物があれば」
「別にない」
「分かりました。行きましょう」
斎藤君が車の後部ドアを開けると香織はゆっくりと歩き出した。そのまま行くのかと思っていたら香織が車に入る寸前に動きを止めて私の方に顔を向けた。
「あんた……えっと、ステラは来ないの?」
香織は不安そうな目を向けてきた。
「一緒に行ってもいいんだけどね。シェルターの場所は基本的に秘密らしくて」
「はい、シェルターの場所を誰かに話されるのは困るのです。ステラさん個人は信頼してますけど規則がありますから。ですが、今会ったばかりの男性と二人きりというのも不安でしょうし。ステラさん一緒に来てくれますか?」
「いいの?」
「ええ、さっきも言いましたが信頼しているので」
「信頼されているのならステラは応えるわ」
私は香織と共にシェルターへ向かうことを決めた。