ペペロンチーノのフルネームは「アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ」
鏡に映し出された自分の顔を見て紀乃さんは息を呑む。顔の表情の変化をまったく意識してなかったのだろう。
「ねぇ、紀乃さん。あなたが望んだ通りの人生を進んでいない香織を許してあげてほしい。そしてまだまだ子供な香織の事を失敗しても信じて見守っていてほしいの」
「怒ってないし、ずっと信じてるわよ」
意識して表情を能面のように戻した紀乃さんが表面だけの言葉を話す。
「言い方が悪かったわ。あなたは香織に失望している。けれどもまだ紀乃さん自身が望んだ人生を香織が勧めるという想いを押し付けてる。それを一度やめて。香織がしたいことを、想っていることをちゃんと聞いてあげて、それを信じてほしいの」
「……私だけに言わないでよ」
「ごめんなさい。それはそうよね、謝るわ。香織からはお父さんの話は正直あまり聞かなかったから」
つい母親である紀乃さん一人の責任があるように問い詰めてしまった。これは大反省だ。香織にはちゃんと両親がいる。母親が子供に対して何か失敗してしまったら父親が、父親が失敗したら母親と子供は両親で育てていくのが一般的だ。片方だけに責任を投げるのは違うのだろう。
「香織のお父さんはあまり……ううん、きっぱりに言いましょう。お父さんは子供に興味がない印象があるわ」
「……昔は心配になるほど親バカだったのよ」
紀乃さんがフォークでパスタをゆっくり巻きながらぽつりとつぶやく。
「香織が幼稚園の頃は毎週何処かに遊びに行っていたし、撮ってきた写真や動画をいつまでも見てた。でも、香織が小学校の高学年になったくらいから香織に興味を無くしたように遊ばなくなった。家に居ても香織と話しているところはここ数年見たことない。仕事から帰ってくるのも遅いから顔を合わせたことがあるのかすら分からないわ」
「紀乃さんが香織の事を相談してもいい返事がないのよね」
「ええ、そうよ。香織の事は任せているって、君なら出来るって一方的に押し付けて……っ」
紀乃さんが再び息を呑む音が聞こえてきた。
「私が旦那から受けている押し付けと同じようなことを私が香織に押し付けてたってこと……」
「全部とは言わないけれどそういう面もあったんだと思うわ」
話を聞いていると香織の父親にも何か対応した方が良い気がする。けれど、さすがに初対面で会いに行くのはかなりハードルが高い。香織の友人ですと声をかけても困惑するだけだろうし。
少し考え事をしている隙に紀乃さんが席から立ち上がった。紀乃さんの手前を見るとパスタが綺麗に食べられていた。アイスコーヒーは手つかずに残っていたが、次の瞬間には紀乃さんが一気飲みして全て無くなってしまった。
紀乃さんは私を困ったような視線で見下ろしながら食べ終えた食器と共に歩いていき、食器を返して会計を済ませるとそのまま店を出て行ってしまった。
「う、うーん、一応話すことは話せたと思うけど……香織との仲を少しは良くできたかは分からないわよね」
イマイチ成果が実感できずに溜息をついていると私の注文したパスタとアイスコーヒーが運ばれてきた。この後、どうすべきか考えながら一口パスタを食べる。
「あ、美味しいこれ。パスタの湯で加減絶秒だし、これペペロンチーノよね。塩加減が個人的に好みだわ」




