深夜のファミレスではお静かに
注文した品物をようやく食べ終えてコーヒーで一息付く。壁にかかっている時計を見ると深夜二時になるところだった。店内には私と香織以外いない状況だ。店員は奥のブースに入ってしまい、新しい客が来るか、私が呼ばない限りは出てこないだろう。
「いい加減寝ているフリはやめたら。そういうのタヌキ寝入りっていうらしいけど……知ってる?」
声をかけても反応がないので伏している香織の頭に右手を伸ばすと私の手を避けるように上半身を起こした。
「何? 寝ているフリなのバレてた?」
「ええ、ついでに今、香織のフリをしているのもバレてるわよ」
香織の顔が一瞬真顔で固まった後、口元を横一文字に伸ばして笑みを浮かべた。それは香織の、人の浮かべる笑みではなかった。とても醜悪で誘惑で甘美な笑みだった。
「何者だ。おまえ」
香織の声だけど、今までよりもかなりトーンが低い音程の声が発せられた。
「ステラはステラよ。自己紹介したでしょ」
「この世界で私の正体に気付く者がいるとすれば同じくこの世界以外から来た者だ。異世界から来たな、おまえ」
「ええ、三年ほど前にね。あなたは何時から? えっと……なんて呼ぼうかしら。サキュバス、サッキュバス……一応女性型だからリリンかリリム?」
書物やゲームで見聞きしたそれらしい者達の呼び名を口にする。香織はそういった者に取りつかれている。
「私を夢魔、淫魔と呼ばれるモノ達と同一視するな。侮辱だ」
「やっていることは同じでしょ。夜な夜な男性達の精気を集めているようだし」
「っ……」
痛い所を付かれて香織の取りついている奴は奥歯を噛んだ。
「正直、あなたの正体に興味はないの。香織から出て行ってくれない? そうすればこの場では何もしないわ」
「何を馬鹿な事を。せっかく見つけた餌を手放すものか」
「餌ね……。香織で男性を誘って、人気のない所に行ったらあんたが出てきて男性を襲う。そんなところよね」
「この女の体は魅力的らしくてな。毎日よく釣れている」
「女子高生っていうブランドもあるけど、香織はカワイイ方だからね。スタイルも悪くないし。そりゃ興味ある男性がホイホイ引っかかるでしょう」
「この女は動けなくなるまで使わせてもらう予定だ。出ていく気はない」
「香織は本人的には寝ているつもりでもあんたが真夜中に動き回っているせいで肉体的な疲労がかなり溜まっている。かなり寝不足状態。おそらく一時間も寝てないような状況がずっと続いている感じよね」
「さてな。そこまでは知らん」
「でしょうね。知っててもあんたは構わず行動するでしょうけど。で、もう一度だけ言うけど、出て行ってくれない?」
「断る」
「でしょうね。全部想定通り。じゃあ、無理やりにでも」
香織から取りついている奴を出て行かせようと右手を伸ばす。だけど右手はテーブルを貫通して床から伸びてきた鎖に絡み取られてそのままテーブルに押さえつけられた。ほぼ同時に私の両足、胴体、左手も同じように拘束されていた。
「私が今に今までただ寝ているフリをしていただけだと思ったか? お前が怪しい事など最初から分かっていたのでな。既に罠を仕込んでいた」
「礼儀としていつの間に仕込んだのって聞いておくわ」
「おまえが食事をしていた時間を使って仕込ませてもらった。カメのようにノロい食事だったので時間は充分にあったぞ」
「でしょうね。なるべく人がいなくなるタイミングを見計らっていたから」
「……気に喰わない」
「何が?」
「その余裕の態度がだ。拘束されて身動きできずにこれからどんな目に会うか分からないわけではないだろう」
怖がらせようと声にドスを聞かせてくるが香織の声と顔なのでイマイチ迫力に欠ける。先ほどの笑みの方がよほど不気味だった。
「いや、だって……」
体を軽くねじると拘束してた鎖がクッキーのように砕かれていく。魔力で作った鎖だったようで床に落ちる前に空中で霧散していった。私にとって今のは拘束されていたことにはならない。
「ば、馬鹿な。念には念をと強度を最大まで高めた拘束魔法だぞ」
「じゃあ、次は念には念をに加えて後一万回くらい念を加えないとね。次はないんだけど」
再度伸ばした右手で香織の頭を掴む。
「このっ! やめ……」
暴れられる前に女神としての浄化の力で香織の中にいた奴を消し去った。最後の言葉くらいちゃんと聞いてあげるべきだったかもしれないけど、万が一にもファミレスで暴れられるわけにはいかない。
掴んだ香織の頭をゆっくりとテーブルに置いて寝やすいように両腕を枕代わりにさせた。香織は何事もないように寝息を立てている。
「今度こそゆっくりお休みなさい」
今時二四時間営業のお店はほぼないですよねー。