サンドウィッチよりはおにぎり派
スマホを弄っている少女の前に立つ。
少女の髪はショートで確かマッシュルームカットと呼ばれているような形をしていた。身長は私よりも若干低いが、私自身も別に高身長ではないし、日本では確か平均くらいだったはず。
正面から見て気付いたがカーディガンを羽織った制服を身に着けていた。カーディガンの胸部分には高という刺繍が彫ってあるのでコスプレでなければ少女は高校生だ。
声をかけた少女はめんどくさいという視線を向けてくる。
タレ目のせいなのか時間のせいなのか分からないけれど眠たそうな目をしていた。
しかし、小顔に合うタレ目で素直に可愛らしい顔立ちね。
「始めに言っておくけどステラはただの買い物客。職業も警察でも学校の先生でもないの」
「……」
少女の視線が冷たくなっていくのが分かる。視線だけで拒絶してどこかに行けと訴えている。
「言葉が通じないってことはないわよね。駄目なら今度は英語で話しかけるわ。フランス語の方がいい? スパニッシュ? スコッツ語なんてことはさすがにないわよね?」
この世界の全ての言語は話せるけど、少女には日本語で通じていると確認している。覗き見たスマホのチャットやり取りは日本語で行われていたからだ。
「スコッツ語?」
「スコットランド語の別の呼び方。スパニッシュはスペインね。この世界の子なら常識じゃないの?」
「そんなの知らないっつの」
「そうなんだ。使う時あるかもって勉強したんだけどいらなかったかもね。でも、話のきっかけは掴めたみたいで良かったわ」
「……」
「また黙り込んじゃったか。じゃあ、まずは自己紹介よね。ステラはステラ・サンドウィッチ。名前から分かる通り、日本の人じゃないわ」
「ぷっ、サンドウィッチって」
「そうね、大抵の人はそこで笑うわ。人の笑いを引き出せるなんていい苗字よ」
こちらの世界で生活していく上で名前の他に苗字、ファミリーネームが必要と知って適当に付けた苗字だけど、三年も使い続けるとそれなりに愛着が湧いてきている。何より第一印象が中々良くて興味を引いてくれる。
「ちなみに食べ物としたらサンドウィッチよりもおにぎり派」
先ほど買ったおにぎりを袋から取り出して見せる。
「……まったく何なのよ、あんたは。一人称が自分の名前だし、可笑しい奴」
少女の言葉はまだきついけど表情は大分和らいできた。
「もう一度聞くわ。あなた、ステラに何をして欲しい?」
「……して欲しい事? お金と今日寝れる布団かベッドくれない」
「お金は基本的にステラも金欠なのよね。寝れる布団かベッドについては自分の家に帰ればいいんじゃないの?」
「帰れるんだったらこんなところにいないってのっ!!」
少女の言葉に怒りがこもってしまった。
いけない、今のは失言。
ドラマでもよくある気の利かない言葉ってヤツよね。
少女の事情については想像するしかないけど……現状としては家出しているって考えていいわよね。
で、生活費と就寝場所を毎日提供してもらっているっと。
「あれ? 二人? 一人って聞いてたけど……」
声に振り返るとスーツ姿の男性が立っていた。年はだいぶ年配のようで少女とはおそらく親子くらいは離れている。
「参ったな。今月はそこまでお金に余裕がないんだけど」
「気にしないで。こいつは無関係だから。連絡取ってたのは私だから」
「じゃあ、君が香織ちゃんか」
男性に香織と呼ばれた少女が私にわざとぶつかりながら男性へと近づいてく。男性は値踏みをするように視線を香織の下から上へと動かして、また下へと動かして途中で止める。胸の付近だ。
香織もそれを分かっているのか胸元のボタンを一つ外して男性に少し肌を露わにする。
「今日はよろしくね」
男性は唾を呑み込んだ後、香織の肩へ手を伸ばした。
けど、その手は私が途中で捕まえた。
「!?」
「まだ香織と話をしている最中なの。あなたは後から来たんだからもう少し待ってくれる」
「あんた、何を!! 邪魔する気!」
「話の続きをするだけよ。もっともそろそろ巡回のパトカーが通りかかるかもしれないけれど。気にしないで待ってて。そんなに時間はとらせないわ」
「パト……」
男性は掴んでいた私の手を振り払うと左右を気にしながら歩き去っていく。
「邪魔してるじゃない!」
「結果的にはね。去った、ううん、逃げたってことはあの人は後ろめたいことしている自覚があるってこと。そういう分別があるだけまだマシね」
「もうどっか行ってよ! それともあんたはそっちの趣味で生活費と寝床を私にくれるの? して欲しいことはって言ったでしょ。してくれるの?」
「ステラに出来る範囲で可能な事をね。とりあえずここにいたら本当にその内パトカーが来て補導されるわよ。ファミレスでも行きましょう。駅前にある24時間営業の店」
「学生はこの時間帯ファミレス入れないんだけど」
「そうなの? うーん、大丈夫よ」
「大丈夫じゃねぇって。制服着てんだぞ、私」
「どうせここには居れないし、行くだけ行きましょうよ。ファミレスでの飲食くらいは奢るわ。さあさあ、行くわよ」
私への不信感と苛立ちがモリモリの香織の腕を無理やり掴んで駅前のファミレスへと歩き出す。が、腕を振り払おうと香織が暴れだした。
「放せよ、この馬鹿!」
「はいはい、暴れないの。小言とかは後で聞くからねぇ~」
「ちょ、力つよ! 馬鹿力っ!」
暴れ続ける香織を無理やりファミレスまで連れ行くことになった。
個人的にはおにぎりは鮭、サンドウィッチはレタスサンドが好きです。