海外ドラマはついつい深夜まで見てしまう
長時間酷使し続けた目をテレビから離して強く瞼を閉じる。そのまま手探りで置いてあるはずの目薬を探し当てて、目を開けて差し込む。零れ落ちてきた目薬をティッシュでふき取りながら壁の時計に視線を送ると日付が丁度変わる時間を差していた。
「ノルマまで後二話か。夜食買いに行こう」
基本的に食料の備蓄をしない。冷蔵庫はあるけど基本的に飲料水とデザート専用にしている。食事はスーパーかコンビニ、または外食。料理をしようと思った時期もあったけど結局はコストと手間を考えると買った方がいいと分かった。
「夜食はおにぎりがいいかな。でも、この時間だとあんまりいい具は残ってないかも」
夜食のメニューを考えながら外へ出る準備を進める。といっても服は着替えずに部屋着のまま。大きめのシャツに長めのパンツ、ラフっぽいと思うが別にこの世界に見せる相手がいるわけでもないので気にしない。だけど、最低限の身だしなみとして寝癖などは治すために鏡を覗く。
鏡の中には大きなオレンジ色の瞳と整った顔立ち、いつも通りの顔だ。美しい女神様だと自分の世界では賛美されていたが、勇者殿が妻にした姫や旅の仲間のエルフの方が正直美人だったと思う。身長もスタイルも彼女らに比べたら平均値だということは別に自分を卑下しているわけではないけど理解している。特に勇者殿の妻である姫に関しては胸が平均以上に大きいのだけど。
女神の力で姿形はどのようにも変化出来るので誰もが望む美人の姿にもなれるのだけど、性格と体形の不一致というか美人過ぎると落ち着かなくなる。なので結局は今の姿が一番いい。
雑念を思いながら室内のLEDシーリングライトに照らされて輝く長い黒髪には枝毛一本もないことを確認。髪は元々は薄緑色だけど、この世界では目立つために黒く染めている。稀に赤や青髪の人がいるのでそれほど気にすることはなかったと思い直したりしたけど、公共的な書類の証明写真を黒髪状態で撮っているので今更戻すのも面倒になっている。
身だしなみを確認し終えてパン祭りの景品で貰ったトートバックを手に部屋を出る。
住んでいるマンションにはオートロック機能とかはないので鍵の施錠確認はキチンとしないといけない。こうやって鍵をかける習慣を身に着けるのにも大分苦労した。元の世界では鍵をかけることなどなかったし、かけるとしても防御結界だった。何度も鍵をかけ忘れてしまい、結果として泥棒に入られたことがある。泥棒は私自身で直ぐに見つけて懲らしめたが、知らない人に部屋に入れるのは気分が良くない。なので泥棒の一件以来は特に気を付けるようにしている。
部屋のある三階から階段で降りてくると残業帰りらしいスーツ姿の男性とすれ違う。お互いに軽く会釈をして別れると私は外へ、男性はエレベーターへと向かった。確か五階の人だったと思うが、大分お疲れのようだ。朝七時頃にマンションを出るのを見たことがあるので十時間以上働いてきたのだろう。私も女神として何百年働き続けたので辛さには共感できる。ここですれ違ったのも縁ではあるので男性の疲労を癒してやろうと男性がいるエレベータの方へ手をかざす。
「癒し光線」
先ほどまで見ていた海外ドラマでヒーローが使っていた技を真似てみる。役者はヒーリングビームと叫んでいたが、字幕では癒し光線と訳されていた。翻訳家よ、真面目に仕事しろ。こういう実際の発音と字幕との違いを楽しむのも海外ドラマの醍醐味だと私は思っている。
で、肝心の癒し光線だが、別に手のひらから光が発せられるわけじゃない。光らせることも出来るが時間も時間だし近所迷惑。実際には不可視の力を男性へと送っている。癒し光線を受けた男性は肩が軽くなったのか何度か肩を回して俯いていた顔を上へ向けると降りてきたエレベーターへとスキップをして乗り込んでいった。そして雄たけびのような声がエレベーターから聞こえてきた。
「す、少し元気にさせすぎたかも……彼、今日眠れるといいけど」
思う事はあったけど、一仕事終えたので改めて目的地であるコンビニを目指す。マンションを出て住宅街を通り抜けていくと今度は誰ともすれ違うことなくコンビニまで辿り着いた。一度同じように夜、コンビニへ向かって歩いていると裸を見せびらかすように歩いてくる男性とすれ違ったことがある。最初はこの国の文化かと思ったが、ただの変質者だったらしい。捕まったというニュースは聞いていないので、まだ裸で夜の道路を歩いているのかもしれない。最近寒くなってきたし風邪をひかないか若干心配だ。
人の心配をしながらコンビニへと入ると聞きなれた入店音が鳴る。店内には私以外に客の姿はなく、顔なじみの男性店員が一人で商品整理をしていた。
夜食にしようとおにぎりがある棚の前に行くが予想通り好きな具のおにぎりは置いていなかった。残っているおにぎりも別に嫌いではないけど、今は食べたい気分じゃない。仕方ないと横のサンドイッチコーナーを見るけれどそこにもあまりいい商品は残っていない。
「安定のカップ麺にしようかな」
深夜のカップ麺は心身共になかなか背徳的だ。
「待て待て、ちょっと味を濃いめのカップ麺にして麺を食べた後に塩むすびを残ったスープにダイブ……ますます背徳的」
夜食のメニューをどうするか悩みつつ通り過ぎたおにぎりの棚に目線を向ける。残っているのは塩むすびと昆布、ソーセージ。
「ソーセージ……いつもなら遠慮するけど具が少ないカップ麺の追加の具としてなら有益かもしれない」
他人からすると下らない悩みだとは思う。けど、こんな下らない悩みすら以前は出来なかった。私の世界はそれほどまでに追い詰めれて、私自身も存在を失う寸前だった。そんな窮地から世界と私を救ってくれた勇者殿にはいくら感謝してもしたりない。今度手紙を送る際に勇者殿へこちらの世界の美味しい名物を送ることにしよう。勇者殿も元居た世界の食べ物を口にするのは嬉しいはず。
夜食はカップ麺とソーセージおにぎりにすると決めて商品をカゴに入れる。レジに行く前に通りかかった飲料水の売り場で水と炭酸飲料を追加でカゴへ投入する。レジ前にはちょっとしたお菓子類の棚があり、ついついそれらへの興味が湧いてしまい、いつも一つはお菓子を追加で買っている。戦略的な店内配置だ。
レジに商品を持っていくと商品整理をしていた店員が早歩きでレジに入ってくる。
「いつもありがとうございます」
「田畑君も夜勤ご苦労様」
よくコンビニで夜勤をしている田畑君とはここ数か月よく顔を合わせるので少し雑談するくらいの仲にはなった。大学へ通う苦学生と聞いている。長身でメガネに天然パーマ。ちょっと癖のある顔立ちで年齢より若く見える。
夜勤ばかりしていて大学は大丈夫なのかと聞いたこともあるが午後の授業を多めにとっているので大丈夫らしい。大学の授業システムがどうなっているか知らないが、通っている本人が大丈夫だというなら大丈夫なんだろう。
「もう慣れましたよ。この時間帯にステラさんが来てくれるおかげでちょうど眠気覚ましになりますし」
「別に田畑君を起こすために来ているんじゃないんだけど」
「分かっていますよ」
会計を用意するために財布から小銭を出している時、田畑君の視線がちらちらとコンビニの外が気になるように向けられているのに気付いた。気になって外を見ていると若い女性がコンビニの外に立っていた。背中を向けてコンビニに入る様子はなく、誰かを待っているように見えた。
「田畑君の彼女?」
「え?」
意外な質問だったようで袋詰めしていたおにぎりが田畑君の手から床に滑り落ちた。
「ああ! すいません、取り替えます」
「気にしないよ。中身が汚れたわけでもないし、そのままで。驚かせたステラの責任もあるし」
「いえ、そういうわけには決まりなので」
「そうなの? なら取り換えちゃおうかな。決まりを破って田畑君に不利が生じたらそれこそ申し訳ないし」
「ちょっと待っててください」
「いいよ、ステラが取りに行った方が早い」
おにぎりの棚から同じ商品を持ってくると田畑君はまた外の少女に視線を送っていた。先ほどの反応からすると彼女とかでは無い気がするけど、それならどんな関係なのか気になる。
「田畑君、これと交換で」
「……あ、ありがとうございます」
「外の子は知り合い?」
「いや、知り合いではないんですが、最近この時間帯になるとよく来るようになって毎回違う男性とどこかに行くので気になって……」
「……あー、うん、そっちか~」
「あの子がその援助……をしているかは分からないですけど……その心配で」
「田畑君は良い普通ね」
「良い普通?」
「そう、普通の良い感性を持っている。知らない人でも危ない事をしていると知ったら心配する感性。それはとても大事だよ。知っても自分には関係ないと心配しないのは一概に悪いわけではないけれど、ステラ的にそれは良くないと思っている。彼女達なりの事情があるんだよ。お金だったり、家庭だったり。普通だったらしないことをしているんだ。それを普通の感性で心配するのは人として良い事だよ」
「褒めてもらっているんですかね?」
「賞賛だよ」
「あ、ありがとうございます。でも、すいません、お客さんに話すことじゃなかったですよね」
「気にしなくていいよ。むしろ教えてくれてありがとう。田畑君が気にしていなかったらステラは気付かなかった。海外ドラマの続きばかりが気になっていたからね。おそらく帰る時も見逃していた」
会計を払い終えると商品を持ってコンビニを出た。普通ならそのまま自宅へ帰って海外ドラマの続きを見るのだけれど、今日はこのまま帰るわけにはいかない。
「ねえ、あなた、ステラに何をして欲しい?」
この女神様、皆様的にどうなんでしょうね。
バカンスしつつなんだかんだで人助けする女神ではありますが。