スライムってアメーバ?
急いでいることもあり人混みを避けて屋上へと跳躍する。清隆がついてこれるか後ろを確認すると問題なくビルの屋上へと辿り着いていた。見た目は重そうな体で軽々と宙を飛び跳ねている。
「ステラさん、後どれくらいですか?」
「もうすぐよ。言ったでしょ。絞った範囲でしか検知できないって」
「!? 見つけました!」
私が後ろを向いている間に前を見ていた清隆が対象を見つけたようで私の横を超加速で抜けていった。清隆の加速が巻き起こした風になびいた髪を抑えながら私も前を見る。検知した場所である暗い路地は視界が効かず、私では直接見ることができなかった。清隆は透視魔法でも使って見つけたのだろうか。
清隆が路地に降りたので私も続いて降りる。
「てりゃぁぁっ!!」
清隆の気合の入った声とともに何かが壁に激突する音が聞こえた。見ると清隆が拳を握りしめて戦闘態勢に入っており、足元には一人のスーツを着た若い女性が倒れていた。そして清隆が構えている先では黒い人型の影が壁に体をめり込ませていた。黒い人型は壁から抜け出ると地面に足をつかずにそのまま浮遊する。先日遭遇した男達は見た目は人間だったが、この黒い人型は体形だけは人だが、顔は真っ黒で口も目もない異形だった。
「ステラさん、あなたが遭遇したのはこいつで間違いしょうか?」
「いや、ステラが倒したのは普通に人間の見た目をしていたわ。こんなに一見して非人間じゃなかった」
口は無いはずなのに黒い人型はギギっと声を漏らして背中から蝙蝠のような羽を出現させた。
「羽は生えていましたか?」
「生えてなかった」
「では別の犯人?」
「それにしては手口が同じよ」
私は倒れている女性の様子を調べるとこの前の男女と同じように生気が抜き取られていた。倒れた時に付いた傷と思う以外には傷はなく、これでは後で見つかっても一人で倒れたと判断されて事件になるのは難しい。
「この人を安全な場所まで連れていくけど、そいつの相手を任せてもいい?」
「もちろんです。そのための協力ですので!」
清隆に黒い人型の相手を任せて私は女性を背負ってまた屋上へと跳躍する。女性を寝かせられるような場所を探して周辺を見渡すと少し離れた屋上に休憩スペースがあり、ベンチがいくつも設置されていた。休憩スペースにはまだ人の姿があったので見つからないように降り立つと女性をベンチへと寝かせた。改めて外傷がないことを確認すると回復魔法をかけて失った生気を補給させる。
「これでとりあえずは大丈夫」
女性の顔色が良くなったのを確認して清隆の元へ戻る。
時間にして数十秒だと思うが、私が戻った時にはすでに決着がついていた。壁にはいくつものくぼみが出来ており、その中で一番大きいくぼみに黒い人型の一部と思われる部分が張り付いていた。
「倒したのね」
「はい、話を聞きたかったのですが、話が出来る相手ではなかったようでして」
「あの見た目だったからね。言葉を話せるかも分からなかったし。それにしても短時間で暴れたわね」
周辺の様子から戦闘音がかなり大きかったことは容易に想像出来た。となればすぐにでも誰かがここにやってくる。
「とりあえずここを離れましょう。誰か来てしまうわ」
「そうですね。事情を聞かれても困りますし」
「先に行ってて。少し離れた所に休憩スペースがある屋上があるからそこで待ち合わせ」
「ステラさんは?」
「ここの修復してから行く。結構ヒビが入ってるから耐震性に問題ありよ」
「すいません、お手間をかけます」
「次からは戦う場所を選びましょう。この世界は異世界とは違っていろいろと狭いもの」
清隆が深く頷いて飛んでいった後、私は周辺のビルの壁を修復する。私が使う修復魔法は正確には修復魔法ではなく物体時間の巻き戻す時間の魔法になる。対象指定をして任意の時間巻き戻すので賞味期限が切れてしまった食品などにも使用できる。物体時間をある程度なら早送りすることもできるのでカップ麺にお湯を入れて待てない時も重宝する。
ある程度修復が終わった頃、こちらの方へ向かってくる複数人の足音が聞こえてきた。
修復は途中だったが見つかるわけにはいかないため一旦この場は去ろうとした時、壁に張り付いていた黒い人型の一部が私に向かって飛んできた。瞬時にバリアを展開して防ぐ。
「それだけで動けるのね。スライム? それともアメーバー?」
黒いスライムと化したソレはバリアに張り付くと同じように周囲に飛び散っていた自身の一部を集め始めて大きくなっていく。向かってくる人々の足音も近づいてきていて、このままではいけないとバリアごと黒いスライムを上へと蹴り飛ばす。私も追って飛びあがる。私が蹴り飛ばしたバリアと同じ高さにまで辿り着いた時、今度は黒いスライムが無数に飛散した。私に向かってきた分は浄化の炎で燃やし尽くしたが、それ以外に飛び散っていった黒いスライムは夜の一部となってどこへ消え去ってしまった。
「しまったわね。逃がしたわ」
バリアに張り付いた時点で燃やしておくべきだった。見つかってはいけないという思いが先行しすぎて失敗した。
起こった状況を知らせようと屋上の休憩スペースへ行くと清隆がこちらを見て待っていた。
「何かあったようでしたが大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわ。さっきの黒い人型。アレでまだ生きていたの」
「なんとぉっ!」
驚いた清隆は体を大きくのけぞらせた。リアクションが大きいわね。
「スライムみたいな軟体になってぶつかってきたと思ったら今度は無数に飛散していってね。一部は倒したけど大半は逃がしてしまったわ。ごめんなさい」
「元はと言えば僕が倒しきれなかったためですので。遠慮して光覇爆炎掌を使わなかったのが悔やまられます」
「技名を聞く限りだとそれを打っていたら周辺が吹き飛んでそうだから使わなくて良かったわよ」
「それほどまでの威力はありません。せいぜいビルが一つ消し飛ぶくらいかと」
「十分すぎるわよ。絶対に街中で使っちゃダメなヤツ」
「……そ、そうですね!! うっかりしてました! いや、異世界での生活が長いとつい爆発してもいいものという感覚が」
「異世界でも爆発しちゃダメでしょ」
清隆の言っていた異世界はどんな世界だったのだろうか。
休憩スペースにあった時計を見ると時刻は夜11時を回っていた。
「ともかく今日はもう探せそうにないわね。逃げたあいつもこれからすぐに誰かを襲ったりできないでしょう」
「自分はもう少しパトロールを続けようと思います。まだ他に仲間がいないとも限りませんし」
「そう? ならステラはさっき助けた人を駅前辺りまで連れて行くわ。その頃には目を覚ますでしょうし。何か情報が聞けるかもしれないから」
「分かりました。そちらはお願いします。今日はステラさんとお会い出来てとても良かったです」
「ええ、ステラも協力者が出来て良かったわ」
深くお辞儀をする清隆と別れるとまだ気が付かない女性を肩に担いで人目に付かないように屋上から飛び降りる。衝撃がないように着地すると駅前へと歩き出す。途中で女性が気が付いたようで体に力が入っていく。
「あ、あれ? 私……何を?」
「目が覚めた?」
「だ、誰?」
「あなた、路地で倒れていたのよ。覚えてない?」
「路地で……そういえば帰ろうとしていたら……っ!?」
おぼろげだった意識が覚醒した女性ははじかれるように私から離れた。急に体を動かしたせいか女性の体が傾いて倒れそうになったので慌てて支える。
「急に動かない方がいいわ。倒れていたんだから」
「ごめんなさい。よく……覚えてなくて」
「そう……」
期待はしていなかったけどやっぱり襲われた時のことは聞けそうにない。
「とりあえず駅前まで送るつもりだけどいい?」
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
女性は私からゆっくりと離れると何度か深呼吸をする。落ち着いたようで急に倒れるようなことはなさそうだけど、不安は不安だ。
「どちらにせよ、帰り道なのよ。一緒に行きましょう」
「……すいません、ではお願いします」
見知らぬ他人同士で隣を歩くのも変なので私は彼女の少し前を歩くことにした。帰宅時間はだいぶ過ぎているが、それでも人通りは多くて、つい先ほど裏路地で戦闘があったことなど信じられないほど平和な街並みが流れていた。ここにいる人達は異世界の事なんて知らない。私自身がこの世界の住人であった勇者殿を巻き込んでしまったので説得力はないが、それでもこの平和を異世界からの介入で壊したくない。
だから、この一連の犯人は捕まえなくてはいけない。
駅前まで辿り着くと女性と軽くお辞儀のやり取りをして別れた。最後まで体調が気になって魔法でチェックしていたが大丈夫そうだ。これで今日の所はゆっくりと眠れそうだが、明日からは大変だ。若干適当でいいかなっと思っていた今回の調査はかなり本格的にやらないといけなさそうだ。
「見たいドラマがだいぶ溜まりそう……」




