ちょっとしたきっかけで生まれた技術
最近、このような霊的に近い存在を目にしたり、襲われたりすることが多くなった気がする。
私がこの世界に来てからたびたび見かけて、たびたび退治していたが、最近はたびたびという頻度を超えている。
異形な怪異達は自分の存在を認知している存在を優先して襲ってくる性質があるようなので私は異形達を見かけたら意識に視線を送って襲われやすくしている。それでも頻度が多い。今月に入ってから三日に一回のペースだ。
これほど頻度が多くては身近で襲われている人がいるのではと不安になる。全ての怪異を倒すことは無理でももう少し自発的に退治に出かけてもいいかもしれない。
だけれど。
私はこの世界に来てしばらく経った頃に決めた事柄がある。
手助けするのは私が手を伸ばせる範囲。
この世界は勇者殿の世界だ。彼が私の世界にしてくれた恩を返したいと心から思っているが、その範囲は私の目の前と縛りを付けている。
この世界の存在ではない私が必要以上に関わることはこの世界にとって良いことでないと思っている。この世界の事は出来るならばこの世界の人達が解決すべきだ。
自分の世界の問題に他所から勇者殿を召喚した私が言っていい事ではないけれど本心だ。
ただこの前戦った魔王のようにこの世界の人達では解決が難しいことなら私が手助けするつもりでもいる。
甘いのか厳しいのか曖昧な行動をしているなっと自分自身で思う。
「せめて夕方と深夜の散歩を日課にしようかしらね」
外に出る頻度が増えればその分異形と対峙する機会も増えるだろうし、都度退治すれば人が襲われる可能性が低くなる。耐久ドラマ視聴をしている余裕があるなら深夜の散歩をすべきだろう。どちらかといえばそちらの方が健康的なような気さえする。
「ともかく深夜に見ているドラマがキリのいいところで終わる回があることを祈りましょう」
家路の途中にあったお弁当屋に入って店内で作られた大きめのおにぎりとサラダを購入すると後は寄り道をせずに部屋に戻った。
羽織っていた上着を脱いで過ごしやすい格好になると買ってきた夕食をテーブルに置いてすぐにテレビを付ける。電源が入って移るのはテレビ番組ではなくてネットのドラマ配信の画面だ。
何を見ようかと横目でドラマ一覧を見つつ、冷蔵庫から缶ビールを取り出してくる。沖縄旅行に行った時に買ってきた沖縄のビールだ。東京では飲めないと思って買ってきたのだけれど同じ銘柄のモノが近所のスーパーでも売っていたので少し有難みが減ってしまったけれど普通のビールより珍しい事には変わりない。
ビールもテーブルに置くと視聴するドラマを決めるためにリモコンでドラマ番組表を操作する。
見ている途中のドラマを見るか、それとも一度気分を変えて新しいドラマを見るか悩んだ後、続きが気になったので途中まで見ていたドラマを見ることにした。
再生ボタンを押してリモコンを置く。そして流れ作業で缶ビールのタブを引き上げるとプシュっという炭酸が缶から抜ける音がした。
最近はこの音を聞くだけで美味しいと思ってしまうようになった。
缶ビールというか缶を使った飲み物、食料の保存はとても勉強になったので缶詰という技術を現在私の世界に輸入しているところだ。普及するにはまだ時間はかかるだろうけれど普及すれば食料を腐らせることも無くなるだろう。
私の世界へ技術を輸入するにあたり缶詰の歴史を調べたけれど、最初に作られた缶詰自体は私の世界でも発明されてもおかしくなかった。
何かちょっとしたきっかけだったのだろうがそれが決定的なきっかけで発見発展できた技術と出来なかった技術が多々あるのだろう。
小難しいこと考えながらビールを飲みこむ。よく冷えたビールがのどを通過して一日の労をねぎらってくれた。
特に労らしい労を今日はしていないけど。




