3.連携
今までファリアンテは、進路を島に向けたことがない。侵攻するのは太平洋沿岸の地域だけで、眼下に見えるはずの島々には目もくれずに飛行していた。
だから、小笠原諸島の防衛は完全に無防備になっていた。万が一でも空軍少女特務テレワーク部隊の防衛網を敵が突破したとして、空軍は沿岸地域の防衛を予定しており、まだ出動すらしていない。
これでは、八丈島が空爆を受けてしまう。
「もっと速力を上げられない!?」
「長時間もたないよ」
「追いつきたいの!」
「じゃ、一時的にリミッターを解除するね」
「お願い!」
「一度きりだよ。二度目はないよ」
ウルリカのアバターが真顔になると、急加速が始まり、思わずのけぞってしまう。
敵機との距離が縮まる。
でも、急接近に気付いたらしく、狙われないようにジグザグに軌道を変えるので、後ろから見ると上下左右に機体の位置を変えているように見える。この動きがめまぐるしく、目で追うと酔ってしまう。
「ええい! ジッとしてろ!」
駄目元で掃射しても、全ての弾丸の軌道を読んでいるかのように軽々と避けてしまう。
島を背に戦いを挑まれたら、迂闊に発射できないので、海上で決着をつける必要がある。
――さあ、どうする!?
と、その時、ウルリカのアバターが両耳に手を当てて音を聞く真似をした。
「サキとミナが呼んでるよ」
「繋いで!」
正面に『Sound Only』の表示が現れた。
「ミサイル使ってチャンスを作りますから、後はお願いします」
「私も」
サキの言葉に続いてミナも同じ提案をした後、通信が途絶えた。
空対空赤外線ミサイルを使ってチャンスを作る。ユキがその意味をすぐに理解できないでいると、ウルリカのアバターがポンと手を叩いた。
「なるほど。ジグザグに動けない状況を作るんだ」
「どうやって? いつもかわされるじゃない?」
「今までミサイル2本に追いかけられたとき、必ず海面に向かって急降下し、すれすれで急上昇している」
「――言われてみれば」
「その間、ジグザグに飛行したことないよ」
ユキは、敵機がミサイルを海中に突っ込ませるため、急降下して海面すれすれで急上昇するのを今更ながら思い出す。
その時、ジグザグ飛行をするか否かまでは記憶にないが、過去の全ての戦闘履歴を記憶しているAIが導き出した結果に異論を挟む余地はない。
「リカルダとヒルダが導き出したのかしら?」
「多分ね」
「ウルリカより頭いいってこと?」
「ぷんぷん」
ふくれっ面のウルリカを見て微笑むと、左右からサキとミナの機体が追い越して、ミサイルを発射した。
想定通り、敵機は機体を下げてグングンと海面に向かっていく。
これからアクロバットを目撃することになるが、そんな光景を感心している場合ではない。
自機の機首を下げて、頭の中で敵機の軌道を予測し、上昇したところで弾丸が当たるように向きを補正する。
眼前に広がる大海原に、敵機と二本のミサイルが描かれる。
ちょうど、あの大きな波頭が視界の真ん中にたどり着いたときがチャンスだろう。
当たりを付けて――。
敵機は急上昇した。
発射――。
無数の弾丸が矢のように直進し、敵の機体を貫通する。
燃料に引火して爆発した。
『あっ……』
敵機には人影があったはず。
未知の生物かも知れないが、今の攻撃で――殺してしまった。
ユキは、背筋に悪寒が走った。
「機体を上げて!」
ウルリカの叫びに、ユキは慌てて操縦桿を操作する。視界に広がる海面が一気に快晴の空へ切り替わった。
「上げすぎ!」
「ごめん」
機体が水平になるように調整。これでは、周りから見ると大いに動揺しているみたいだ。
「かっこわるぅ」
「うるさい」
ちょうど、ミナとサキが回線を繋いできた。
「おつかれー」
「お疲れ様でした」
ユキは、フーッと息を吐いた。
「お疲れ様。ありがとう、みんな。今から学校、大丈夫?」
「平気だよー。走れば間に合うし」
「私も、頑張って走ります」
急に高校生に戻って、ユキが微笑む。
「気をつけてね」
「ほいほーい」
「行ってきます」
◆◇◆◆◇◆
ウルリカを着陸させた後、ユキはヘッドセットを外すと、腕を枕に、机の上へうつ伏せになった。
まだ心臓がバクバクいっている。
有人機を撃墜した後悔がのしかかり、全身が重い。
疲労感も襲ってくる。
『……でも、みんなを守ったんだよね』
頭を上げ、両腕に血の巡りと痺れを感じながら、机の上の片付けを始める。
まだコックピットにいる感覚が残っているが、朝練の遅刻を少しでも挽回するために、今すぐここの個室を出ないといけないのだ。
荷物をまとめて大きな音を立てて個室を飛び出すと、客や店員にジロッと見られたが、気にはしていられない。店のチャイム音に送られて、遙か南の海上で起こった空中戦の事など遠い世界の出来事のような平和な街をひた走る。
チャットで部長に遅刻の詫びを入れて、途中で休み休み走りながら学校へ近づくと、ちょうど曲がり角から飛び出した女生徒と正面衝突した。
「ご、ごめんなさい!」
「――!」
衝撃で転んだ女生徒は、余所の学校の制服を着ていて、黒髪ロングヘアの童顔で背が低かった。彼女は、ユキの声を聞いて大層驚いた様子で声も出ず、穴が開くようにユキを見つめている。
「大丈夫? 怪我は――」
ところが、ユキが言い終わらないうちに、女生徒はショルダーバッグを抱えて何も言わずにユキとは反対方向へ走り去った。
「……ん? 何これ?」
女生徒の背中を見送った後、地面に目をやると、金色に光るバッジが落ちていた。拾って見ると『S』のイニシャルが真ん中に入っている。
「Sで始まる名前の子ってこと?」
首を傾げるユキは、もう一度後ろを振り返ったが、すでに女生徒の姿はなかった。
「まさか、知り合いって事はないわよね」
まるで小説にでも出てきそうな場面を想像して吹き出したユキは、空を見上げると、3機の戦闘機F-15が基地へ帰還するところだった。
「おっと、こうしちゃいられない!」
朝練の大遅刻に慌てたユキは、猛スピードで駆けだした。