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2.空中戦

 ユキは、速力を上げて機体がぐんぐん上昇する感覚を全身に抱いていた。


 テレワーク用の個室でオフィスによくある椅子に腰掛けて動いていないにも(かか)わらず、飛行中のコックピットの中で斜め上に上昇する感覚は、ヘッドセットから脳に送り込まれる信号の為せる業。強く感じる加速度は座面に腰を下ろしている感覚を打ち消し、思わず両足を踏ん張ってしまう。


 ただし、加速度は耐Gスーツを着用して感じるよりも抑えめになっているので、急旋回などによるブラックアウトやレッドアウトは全くの無縁だ。


 照りつける太陽光はシールドで光量が抑えられた状態で見えているから、視界に広がる大空は眩しくない。もちろん、ヘッドセットは紫外線まで再現しないので、肌が焼ける心配は無用。飛行中の騒音もヘルメットを被った状態で聞こえる程度の音に低減されている。



 機体の上昇が終わると、ウルリカのアバターが割と真面目な顔をして切り出した。


「レーダーで捕捉した敵影の進路から推測すると、八丈島の南5キロメートル付近で敵と遭遇ね」

「ちょっと島に近いのが気になる。もっと飛ばせない?」

「いいよ」


 戦闘機ウルリカが急に速力を上げたので、体が後ろに持って行かれた。


 ユキが右の後ろを振り返ると、群青の機影が見える。あれはミナが操る無人戦闘機ヒルダ。F-2戦闘機によく似た機体である。今度は左の後ろを振り返ると、橙色の機影が見える。あれはサキが操る無人戦闘機リカルダ。F-4E戦闘機によく似た機体である。


「ミナに繋いで」

「ほいほーい」


 ウルリカのアバターが陽気に答えると、正面に『Sound Only』の文字が表示された。


「おはよ、ミナ」

「おっはー。ユキリン」


 いつものことだが、ウルリカと同じ挨拶をするミナにユキが苦笑する。


「八丈島の南5キロで遭遇って予測だから、飛ばしている」

「わかってる。こっちのヒルダもその予測だったよ」

「前よりも連中の速度、上がっていない?」

「上がってる。改良してるんじゃないかなぁ?」

「どこに工場があるんだか」

「分かってたら、とっくに攻撃してぶっ潰してるよ」

「だね」

「作戦は前回と同じ?」

「同じ」

「ラジャー」


 ミナの方から通信が切断され、『Sound Only』の表示が消える。


「サキに繋いで」

「ほいさっさ」


 再び『Sound Only』の表示が現れた。


「おはよ、サキ」

「おはようございます」


 いかにもお嬢様風なニュアンスの挨拶がヘッドフォンから流れてきた。


「そっちも島に近い場所で遭遇って出てた?」

「はい。もちろんです」

「敵機の速度が前よりも上がっているみたいだから、注意だね」

「そのようですね」

「今回もいつもの作戦で」

「承知いたしました」


 サキの話し方が少し苦手なユキは、通信が切れると短い溜め息をついた。


『同い年なのに、うちがリーダーだからって気を遣いすぎ。みんなと同じ、普通の高校生のはずなんだけど』


 実は三人とも、年齢が同じということと下の名前以外、互いの顔も通っている学校もプライベートも知らない。仲間内であっても個人情報を(さら)すことを上層部から禁止されているのだ。


 敵機が飛来したときに招集されて出撃し、任務を終えるとそれぞれのプライベートに戻る。そんな関係があまり好きではないユキは、一度こっそりオフ会をやろうと話を持ちかけたが、真っ先に反対したのはサキであった。


 仲の良いミナでもオフ会には全く乗り気ではないようで、体よく断られた形で話は立ち消えになった。やはり、空軍の怖い大人達の厳命に逆らうことは少女にとってハードルが高すぎたようだ。


『会えばもっと結束が固くなるように思うんだけどなぁ……』


 と、その時、ウルリカのアバターが首を傾げた。


「二人のことが心配?」

「いや、別に」

「なんか考えていたみたいだけど」

「何でもない」


 アバターは「ふーん」と言って興味をなくしたように見えたが、もしかしてヘッドセットから頭の中で考えていることが読み取られているのではないかと思うとゾッとする。


『これを装着しているときは無心になろう』


 そう決めたユキは、操縦桿を握りしめた。



 しばらく飛行を続けた3機は八丈島を通り過ぎると、青ヶ島との中間地点で敵影を確認した。


 いつもの白銀の機体にコックピットだけ血糊の色をして点滅する不気味な戦闘機。こちらと同様に敵も無人機であることは、その点滅するコックピットで想像がつく。あの状態ではパイロットは外が見えないはずだから。


 海中から出現することから異形の擬態と言う者もいるが、擬態にしては空対空赤外線ミサイルを発射するし機関砲もぶっ放すから、得体の知れない化け物であるはずがない。どこかの国が何か特殊な技術で作り上げた物と考えた方が腑に落ちる。


 と、敵機を見てほんの僅か考えに耽っていた隙に、左右の敵機が大きく横へ広がって旋回を開始し、中央の機体が急上昇した。


 左右の2機はミナのヒルダとサキのリカルダに任せ、ユキは中央の敵機とドッグファイトを開始する。空対空赤外線ミサイルを使いたいが、過去の戦闘で毎回巧みにかわされてミサイルは燃料切れで海中に没したから、機関砲しか頼れない。


 急旋回で視界に映るコバルト色の空が蒼海と入れ替わる。


 時折、群青色のヒルダや橙色のリカルダが視界に入る。


 敵機の機関砲の連射音が右側を通り過ぎた。


 今度は左側を。


 操縦桿を握る両手が汗ばむ。


 上昇して旋回し、敵の背後を取る。


 掃射。


 (すんで)の所でかわされた。


 ミサイルの時と同様、かわすときの動作が異様に素速く、しかもとても飛行機とは思えない鋭角の軌道を描く。


 両手に力が入る。悔しさで歯を食いしばる。


 再び、敵機の背後に回る。


 しかし、今度は掃射の前に逃げられた。


『何これ!? 今までにないパターン!』


 敵を追って旋回すると、燃え盛る白銀の機体が(きり)()み降下するのが視界に入った。


 自分ではない。ミナかサキが仕留めたのだ。


 焦りが募る。


 さらに、右横で白銀の機体が爆発を起こして炎に包まれるのが見えた。


 これも自分ではない。


 ――乗り遅れた。

 ――二人に負けた。


 と、思った途端、目の前に、あわや衝突すると思われたほどの近距離で敵機が横切った。


『え?』


 一瞬、真っ赤なコックピットに黒い人影が見えた――ように思えた。


 思わず、(おぞ)()で体がゾクッとし、肌が粟立った。無人機だと思っていたのに、今回は人が乗っているのか? だから、今までと勝手が違うのか?


「敵機が戦線離脱!」


 ウルリカの声に、ユキは動揺した。


 これは今までにない行動。


 敵は常に空中戦で勝負を挑み、逃げたことはない。それが、今回初めて逃げるというのだ。


「高度を下げた! 進路から推定して、行き先は八丈島!」

「まずい!」


 ユキは、大慌てで敵影を追った。

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