-5 desire
深夜の都心。
車もまばらで通行人も限りなく少ない中で、私は彼女の誕生日プレゼントを買うために深夜でも空いている店を探していた。
「この時間だと...」
連日続く実験を抜け出して、彼女の誕生日プレゼントを買おうと出たのはいいが深夜ともなるとケーキ屋も雑貨店も閉まっている。わかってはいたけれど、淡い期待を込めて電脳街と言われる旧中央區へと来た。地下鉄の終電で降り立つとまばらになった電子看板の数々が、眠りの時間であるのだと言っているようだ。
それでもと、足を進めて繁華街へと行くと物静かな通りが続き 人が消えた世界を疑似体験しているかのようだった。
諦めよう。コンビニにあるお菓子か、カップデザートでいいのではないか。
そう思ったのだが、自由がなく 地下に押し込まれている彼女を思えば特別なものを用意して上げたいと思ってしまう。
といえど、状況が変わることは無い。朝には戻らなくてはいけない制約もあるからタイムリミットはもう数十分も無い。
「しょうがないわね」
少し暗い気分で始発が来る駅へ入ると駅のベンチでうつむく少女が座っていた。
いつもなら気にもしないのだが、このときばかりは気分的に誰かに愚痴を言いたかったのだろう。
「嫌なことがあったのかしら?」
顔を上げて見上げるその少女には見覚えがあった。あの子の雰囲気に似ている。顔のパーツだって酷似している。
「えぇ。 私には姉がいたんです。 今日が誕生日だったんだけど、両親が忘れろって」
「忘れる?」
「姉のことは忘れなさいって。もういないの 死体を見てないから実感が無いけど だけど、いる気がする」
そう言うと、涙を流す彼女に私は返す言葉は思い浮かばなかった。
「せめて、姉が好きだったお菓子を買おうと思ったけど 深夜だったから...」
「そのお菓子って?」
端末の画像をその少女が見せてくれた。 無機質な白いパッケージに、アルファベットの細い線で書かれた商品名。 チョコレートのようだが、見たことのない会社のものだった。
<the 9'd>
紅茶のフレーバーがふんだんに使われ、ブランデーが充填されているチョコレートだと説明されている。パッケージの裏の画像には、英語で一文 書かれていた。
(壊れかけのマシンは、電池よりも指示を与える主人を探す。それは、自分が求める答えだとプログラムされているのだからだよ)
「どこで売ってるの?」
「中華圏の商品を取り扱っている雑貨店ならあると思うけど」
その話を聞いて私は、研究施設がある最寄り駅からすぐのところにある中華街を思い出した。24時間営業なはずだからあるとは思うと思ったからだ。
「ねぇ少女。 もし、お姉さんが生きているのだとしたら なんて声を掛けたい?」
予想外の事を来たれた彼女は、えっ?とした表情で戸惑いつつも答えた。
「私、本当の家族... わかり会えるような家族が欲しかった。 姉さんとは、そうできそうだったのに...
純粋に、会いたい そう伝えたい」
そう。 始発の電車が来て乗り込む。ベンチで座る彼女に手を振りながら、私は言う。
「君のお姉さん。凛は、元気よ。 あなたが会えるかどうかはわからないけど 彼女は存在している」
驚いて立ち上がる彼女をよそに電車の扉は閉まり、電車は動き始める。
窓越しに驚いた表情の彼女に独り言を言う。
「そうね。あなたには妹がいたんだった 確か...波っていうんだっけ」
***
駅に着いて雑貨店に行くと、少女が言っていたお菓子が販売されていた。朝早い客に店員の人は眠そうにしていたけど、目的のものが手に入れることができて満足していた。
「凛、遅れたけどプレゼントよ」
朝日を感じられない地下で、ぼんやりと不明瞭な空気の中でいる彼女に私はチョコレートを渡す。少しだけ表情が緩んだ彼女に私は囁く。
「たまには嬉しいことが必要よ。 実験にだって差支えなければ問題は無いのよ」
チョコレートを手に、彼女は口を開いた。
「ありがと」
短くとも久しぶりに聞いた人間らしい言葉に素直になれそうな自分がいた。
***
基地の外に出れば、かすかに都会の香りがする。
香水のような甘い香りと車から出る排ガスが混ざりあったような香りだ。
「願いを叶えば対価を求められる。魔女になることを仕組まれたとはいえ、たしかに私は魔女なのかもしれないわね」
缶の紅茶飲料を片手に、息が凍る中で私は囁いた。
願望だとか、欲望。魔法少女になる上での対価。 魔女であっても根本的なものは変わらない。
私は自由を求めて、自由を失った。 束縛から開放され、自由に拘束されているのだ。
その対価として私は、自分の存在を■■■■。