-1 experiments
窓から吹き込む初夏の香りが、残酷さを助長する。
「私、気になったんだけどさ 瞬間接着剤を指につけると剥がせなくなるじゃない? あれを腕と机でやったらどうなるのかなって?」
夏休みを目前とする教室は浮足立っていた。馬鹿でもわかることでも、ハイな気分になっている彼女らには理解できない。
「結果わかってるくせに」
ささやかに抵抗するも、腕を捕まれて瞬間接着剤が塗られた机に押し付けられると彼女たちは盛り上がりを見せた。くっついたことを確認すると、そのうちの一人が思い出したように言う。
「でも どうやって取るの?」
顔を見合わせると、不敵の笑みを浮かべて一人答える。
「物理的に、力で?」
色白で華奢な腕を3人がかりで力ずくに引っ張り始めた。皮が剥がされるという激痛に私は、声にならない悲鳴を上げながらも震えていた。
それでも剥がれないことに、しびれ切れた3人は、タイミングをあわせて力を込めるのだった。
「や やめて!!」
私のことを完全に無視して机と引き剥がされた時、気持ち悪い音とともに血しぶきが舞った。
「良かったね凛!取れたよ〜」
そう言っていたのだと思うけど、あまりの激痛に意識が遠のいていて、気がついたときには包帯が巻かれて病院の待合室にいたというのは、後で知った話しだ。
***
包帯を巻いた私をクラスメイトたちは冷たい目で見ていた。
私がいじめられる原因となったのが、天才である妹と違い平凡であったからだろう。天才になれる環境だというのに平凡であるということを否定的な感情でいるからだろう。できるのにやらないというように思われていると裏話でしているのをよく聞く。
だが、実際のところ妹の天才さは生まれ持った才能だ。彼女だけが特別なのだろうが、両親も頭脳派であるから誤解されるのだ。
そして、それをいい理由にして各々が自らが抱える悩みや不満のはけ口にしている。
「私を痛めつけて気分がいいの?」
私が彼女に言ったとき、微笑んで答えていた。
ーえぇ とても。
[reject(拒否)]
よく、いじめられて自殺ってニュースを見るけど 違うんだよ。
壊されるんだよ。
[reject(拒否)]
本当の自分が。
正しい判断が。
明るい記憶と知識が。
証明できないなにかが。
[reject(拒否)]
壊される妨害を拒否できなくなっていく。だから、いじめられて?ではない。
壊されたんだ。
[Error]
[Error]
目の前の彼女の微笑みが崩壊していく。顔の形がわからなくなっていく。笑顔?哀顔? わからない。
血が滲む腕をいたわりながらも、クラスを見回せどもそこには知らない何かがたくさん。知っているけど知らない。だから、
逃げ出すんだ。
終わりが見える場所へ。
長いトンネルの出口から見える光に向かうようにして、扉を開けて 階段を登って 柵を越えて。
「もう なんでもいいや」
家でいても、妹を最優先とする環境では私は空気。 認知はされているけど理解はない。視野にすら入っていない。だから、
片足を宙へ踏み出そうとしたとき背後から女の声が聞こえた。
「あら 面白い事をするのね」
「そう? おばさんもやってみる」
無機質な私の声は、彼女を少し怒らせたようだった。
「お姉さんでしょ。まだ若いの あなたとは違って大人だけど」
そう言うと、彼女は私の腕を掴み越えたはずの柵を元の場所へと戻す。
「目的は何?」
という私の問に彼女は微笑んだ。
「必要な人材だから 採用しようと思ってね」
言葉とは裏腹にポーチから取り出した拳銃を私の額に押し当てる。
「さようなら 湯川さん」
乾いた音。冷たい音。
それからのことは知らない。ただ、目が冷めた私はコンクリートで囲まれて 青白い光に照らされていた。硬いベッドの上で白いワンピース。白い私の足がわずかに震えていただけ。