7.レオン・グラディウス
「ナツ、こっちだ」
国王たちとの話を終えた私は、騎士であるレオンと共に王宮の外へとやって来た。
これから暮らすことになる家へと向かうためだ。
エレナは王宮を出た後、他の妖精たちに用があると言ってどこかに飛んで行ってしまったので、今は彼と二人だけ。
少し気まずさはあるが、彼は特に気にしていないようだった。
私は数歩先を歩く、レオンの背中を見つめる。
ーーーーレオン・グラディウス。
現在、この国の騎士団に所属している者たちの中で、一番腕の立つ騎士なのだと国王から紹介された。
所属は、主に国王や王妃の護衛を担当としているルクス護衛騎士団。
僅かたったの五人という団員数ではあるが、数ある騎士団の中から特に能力に秀でた者たちで構成されているらしい。
そして、この国が誇る精鋭たちをまとめ上げる団長が彼である。
驚くことに、そんな彼は今日から私の護衛担当兼、同居人となった。
膨大な無属性の魔力、妖精の祝福、そして日本人特有の容姿。この世界に私のような容姿の人間は存在しないのだそうだ。
聖女という存在は能力だけでも、良くも悪くも注目される的となる。それに加えて妖精の愛し子であり、異世界人ときた。
悪事を企てる人間が現れる可能性を懸念した国王はレオンを護衛担当に任命し、ひと時も私を一人にしないためにはどうすれば良いかと考えた末、出した答えが「同居」だった。
正直、私という人間がそれほどまで価値のある存在だとは思えず、しかも同居と聞いて断り続けたのだが、国王が首を縦に降ることはなかった。
これ以上断り続けても意味がないと悟った私は、渋々ではあるが承諾し今に至る。
いきなり異世界に喚ばれて
二度と帰れないと告げられ
妖精という存在と出会い
私にはこの国を救う力があると知り
異性と同居することになってーーーー
一度にいろんな事があり過ぎてパンクしそうな頭を抑え、私は静かに溜息を吐いた。
「ーー大丈夫か?」
「えっ?」
いつの間にか自分の足先を見ていた私は、その声にパッと顔を上げた。数歩先を歩いていたはずのレオンが、肩を並べて歩いている。
「難しい顔をして、私が隣に来たことも気付かないほど考え込んでいたな」
「すみません……」
「大丈夫です」と言って空笑いをした私を見て、レオンは困ったように眉を下げたが、何も言わなかった。
「……えっと、グラディウス様はどうして騎士になったんですか?」
これ以上余計なことを考えたくなくて、ありきたりな話題を出してみる。
初めて私から声をかけたことに驚いたレオンは下げていた眉を上げて、質問への答えを探し出した。
「なぜ騎士になったのか、か……。それは考えたこともなかったな」
「なりたくてなったわけじゃないってことですか?」
「物心がついた頃には、もうすでに剣を握っていたんだ。初めてもらったプレゼントも剣だったし、その道に進むことが当たり前なのだと思っていた」
少し近親感を覚える。
私も幼い頃から料理が身近なものだった。
言わずもがな、母の影響である。
強制されたわけではなく、母を見ていたら自然と料理に関わるようなった。
最初はただ母の真似事をしたかっただけだった。
それが成長するにつれて料理をすることが楽しさに変わっていき、いつしか「私も調理師になりたい」とーー
「……グラディウス様のお父様は騎士なんですか?」
「ああ。もともとルクス護衛騎士団は父が設立したものなんだ。今は引退して、たまに陛下の公務の手伝いをしている」
「えっ、国王様のお仕事を?」
父親が騎士団の設立者というのも驚きだが、元騎士である方が、国王の仕事を手伝うとは一体どういうことなのか。
「父は、陛下の実の兄だからな」
実の兄……ということは、レオンにとって国王は叔父で、ルーカスとは従兄弟になるのか……。
それにしてもなぜ、兄が騎士で弟が王様?
主義というわけではないが「跡取りは長男」というイメージを持っている私には、不思議で堪らなかった。
衝撃的な話を聞き、ぽかんと口を開けて呆然としている私を見たレオンは、ふっと息を溢し口を開く。
「これは私が生まれる前の話なんだがーーーー」
最初に国王という座を引き継いだのは、レオンの父である、当時二十五歳のアルバートだったそうだ。
アルバートは全てにおいて誰よりも才能があり、文武両道とはまさに彼のことを示す言葉だった。
次期国王はアルバート以外に他はない。
誰もがそう思い、確信していた。
しかし、幼い頃から騎士の道へ進みたいと考えていたアルバートは、国王となった瞬間「グラディウス」という姓と大公の爵位を自身に与えた後、王の座を弟であるエドワードに譲渡したのだという。
もちろん、そんな話が簡単に「はい、そうですか」と認められるわけがない。
エドワードや宰相たちは何とかアルバートに国王の座に就いてもらおうと説得を試みたが、彼の決意が揺らぐわけもなく、頑固として応じなかった。
周りの言葉を蹴散らし、弟のエドワードを説き伏せ、あれよあれよという間に自身は王宮を去った。
「歴代最短の国王と、歴代最年少の国王が誕生した瞬間だったそうだ」
レオンは面白おかしく言った。
その場の状況を想像してみると、自然と私の口角も上がる。
「自由奔放な方なんですね」
日本は規則を重んじる国で、世間の常識や人の目を気にする人が多いと思う。
かく言う私も、結構人の目を気にするタイプだ。
何にもとらわれず、自分の思うままに行動できるというのは少し羨ましい。
レオンは「良くも悪くも、な」と少し呆れた様子で呟いた。
「着いたぞ、ここだ」
あれから他愛もない話を続けながら十分ほど歩いたところで、レオンは立ち止まった。
目の前には私が住んでいた家の三倍ほどはありそうな真新しい豪邸が建っている。
ーー少し狭いかもしれないが、あそこなら静かで暮らしやすいだろう。
王宮を出る前に国王から言われた言葉が、頭の中で繰り返される。
確かに周りは緑豊かで、鳥の囀りくらいしか聞こえてこないほど静かではあるが、これのどこが狭いかもしれないのだろうか……。
「気に入らないか?」
唖然と目の前に建つ豪邸を見つめる私に、心配そうな表情でレオンは問いかけてくる。
「いえ、想像してたよりも遥かに立派なお家だったので驚いただけです……」
気に入るとかいう以前の問題である。
こんな立派な家に住むなんて恐れ多い……二人で住むなら2LDKくらいでいいのでは?
「そうか、なら良かった。明日になれば侍女が何人か来るそうだ」
「侍女?」
「ああ、君の世話を頼んである。それに同性の話し相手も必要だろう?」
貴族の婦人にはお世話係がいるんだっけ……。
大抵の身の回りのことは一人でもできるから、お世話係の必要性は感じられないが、話し相手ができるのは少しありがたいかもしれない。
「さぁ、疲れただろ? とりあえず中に入ろう」
レオンの手が腰に添えられ、私は導かれるように敷地内へと足を進めた。