3.帰れない
「あなたは自分が何をしでかしたのか分かっているのですか! 聖女召喚の術などという非人道的なーーーー」
頬を叩き、床に転がしただけでは怒りが収まらなかった彼女は、かれこれ十分ほど王子を叱りつけている。
王子は彼女の目の前で正座をしてお叱りを受けていて、よほど怖いのだろう、プルプルと震え、その目には涙が浮かんでいるように見える。
……うーん、少し可哀想になってきた。
謎の人物たちも身を寄せ合って部屋の隅で震えているが、こちらについては何とも思わない。大の大人が情けない話である。
そんなことよりも、王子へのお叱りは後にして、そろそろ私を家に帰してほしいのだけれどーー
「マーガレット」
ふいに落ち着いた声が聞こえ視線を移すと、ブロンドヘアーの男性が開けっ放しだった扉の前に立っていた。
頭には王冠を乗せ、赤いマントを羽織っている。
……うん、絵に描いたような王様だ。きっとこの男性が国王(仮)で、王子の父親なのだろう。
「エド!」
「マーガレット」とは彼女の名前らしい。呼ばれた彼女は、さっきまで王子を震え上がらせていた鬼の形相が嘘のように破顔した。……あれ、デジャヴ。
「マーガレット、ルーカスよりもまず気にかけなければならない相手がいるのではないか?」
「ーー! そ、そうですわ!」
王子と彼女は間違いなく親子だなぁ……なんて呑気に考えていると目の前にマーガレットが現れ、悲痛な面持ちで私を見つめる。
……なんで、そんな顔をするの?
「ごめんなさい、私の息子がこんな酷い仕打ちを……! 本当に何と謝罪すれば良いか……!」
涙を浮かべながら謝罪し、優しく私を抱きしめるマーガレット。
……いやいや、ちょっと大袈裟すぎないかな?
確かに誘拐はされたけど、私は元気に生きているし、暴力を受けたわけでもない。
ちょっと怒鳴られはしたが、ただそれだけだ。
「あの、大丈夫ですよ。何をされたってわけでもないですし……」
ポンポンと軽くマーガレットの背中を叩く。
彼女はゆっくりと私から離れ、未だ涙を浮かべてはいるが、私の両手を優しく握り、綺麗な笑顔で「ありがとう」と言った。
すっごく可愛い。とっても可愛い。
年上の女性に可愛いとは失礼だろうか?でも可愛い。
国王(仮)は美女好きなのかな?と、目線を移す。
改めて見てみると、国王(仮)もSSR級のイケメンだった。なるほど、美男美女とはこの事か……。
彼はマーガレットに代わり、王子を叱っているようだ。ドンマイ、ルーカス。
ーーーーって、そんなことはどうでもいい。
「あの! それよりも、早く家に帰らせてもらえると嬉しいんですけど……何も言わずにここに来てしまったみたいなので、家族が心配してると、思うんですよ、ね……?」
私の言葉にピシリと目の前のマーガレットが固まり、王子を叱り付けていた国王(仮)も黙って目を伏せていて、部屋が静寂に包まれる。
心なしかルーカスの顔色が更に悪くなってる気がするのだけれど……。
待って、なにこの空気。
「……あなた、お名前は?」
マーガレットに両手をしっかりと握られたまま問われる。
「あっ、すみません! 私の名前は高杉 なつっていいます。高杉が姓で、なつが名前です」
「……そう、ナツというのね。可愛らしいお名前だわ」
優しく微笑みながら名前を褒めてくれるマーガレットに、私は照れ笑いを浮かべる。
名前を褒められるなんて、あまりないからね。
「私はマーガレット・スピリットと申します。ルーカスの母であり、この国の王妃です」
あ、はい。やっぱり王妃ですよね。どうしよう、もう少し態度を改めた方が良いのだろうか?
しかし、こんな高貴な方と話すことなんてなかったからマナーが全く分からない。
今は怒ってはなさそうだけど、後々「不敬罪!」なんて言われても困るしなぁ……。
そんなことで悩む私を、真剣な表情で見つめる王妃に気がつく。
「ナツ、今から話すことをよく聞いてください」
ただならぬ空気に思わず唾を飲み込む。
この様子だと、とても良い話だとは思えないのだけれど、私の命は大丈夫だろうか?
雰囲気に飲まれながらも、王妃をしっかりと見つめながら黙って小さく頷く。
彼女は深く息を吐き、そして、言ったーーーー
「あなたはもう、元の世界には帰れないのです」