2.第一王子、ルーカス・スピリット
私が喋ったことによって、目の前のイケメン君も「そうか、良かった」と安堵を見せる。
これが良い選択だったのかは私には分かりませんけどね……。
「大丈夫だ、貴女の言葉も通じている。異世界の人間でも話す言葉はスピリット語なんだな」
……はて、スピリット語とは?
私は日本語で話しているし、聞こえてくる言葉も日本語だ。
「違うのか? 貴女は確かにこの国で使われている、スピリット語を話しているが……なら、何か魔法でも使ったのか?」
「わたしが話しているのは日本語で、貴方が話している言葉も日本語、なんですけど……?」
この不可解な現象に二人して首を傾げる。
お互いが自分の母国語に聞こえているようだが、原理は不明。「何か魔法でも……」なんて言われた気がするが、私はこの歳までただの人間として育ってきたのだから、魔法なんて使えるわけがない。
暫く沈黙が続く中、考えても仕方ないと判断したのか、イケメン君の方から口を開く。
「まぁいい。とにかく貴女には聖女として、この国の問題を解決してもらいたい」
ソレ、そういえばさっきも言ってたなぁ……。
全く、聖女だの、魔法だの……一体イケメン君は私のことを何だと思ってるんだ?
救えと言われても、私はただの調理師。得意なことと言えば千切りや桂剥きだ。それでどうしろと言うのだろうかーーーー
「あの、申し訳ないんですけど、わたし聖女とか関係ないと思うのでお役に立てーーーー」
「聖女召喚の術で貴女が現れたのだから関係ないはずがないだろう!」
うぉい! せめて最後まで言わせろ!
「問題を解決してくれ」と頼むわりには、失礼な態度のイケメン君に少し呆れてしまう。
……そもそも考えてもみたら、仮に私がその聖女だとしても、いきなり許可なく攫っておいて、名乗りもせず「国を救え」とは不躾では?
正直ーーーー
「……誘拐犯の言うことなんて聞きたくないんだけど」
つい言葉にしてしまい、慌てて口を押さえる。押さえたところで出てしまったものは無かったことにはできない。やってしまった、と後悔しても時すでに遅し。
私と目線を合わせるため膝をついていたイケメン君は、勢いよく立ち上がった。
「なっーー! ゆ、誘拐犯だと!? 私はこの国の王位継承権第一位のルーカス・スピリットだぞ!」
まさかの、誘拐犯は王子様だった。
だからと言って、今日初めて出会った王子なんかに敬う気持ちなんて湧いてくるわけがない。
王子であっても、私からすれば誘拐犯は誘拐犯だ。
しかし、そんな私の態度は最悪だったようでーー
「き、貴様! ルーカス殿下になんて事を!」
「今すぐ撤回しなさい!」
「いっ……!」
謎の人物たちに怒鳴られ、無理やり頭を押さえつけられる。
私はただうっかり事実を述べただけなんだけど……確かに王子に対する態度ではなかったかもしれない。
まぁ、イケメン君が誘拐した証拠もないし……とはいえ、謝る気も、訂正する気もないのだが。
王子を見上げると、彼はしっかりと私を見下ろしていた。その表情を見て思わず息を呑む。
まずい。このままだと私はーーーー
「ルーカス!」
突然、大きな音を立ててこの部屋の扉が開いた。
入ってきたのは華やかなドレスを着た、ストロベリーブロンドのロングヘアーが特徴的な女性だ。
とても綺麗な女性だけど、この王子を呼び捨てにするってことはーーーー
「は、母上!」
彼女の姿を見た王子は一瞬で破顔した。
え、えぇぇぇ……嘘でしょ……? ついさっきまで人ですら殺せそうな顔してたくせに!
それはそれは嬉しそうに、母親の元へと駆け寄る王子。とにかく助かった、彼女が来てくれたおかげで多少は私の寿命は延びただろう。
「母上、どうしてここに? もうお身体はーーー」
「この、大馬鹿ものーーっ!」
怒声と乾いた音が響き渡る。
あろうことか、母上と呼ばれた女性は駆け寄った王子を大声で罵り、その頬を力いっぱい叩いたのだ。
突然の予想外な展開に思考が止まる。ちなみに謎の人物たちも口を開けてポカンとしていた。
叩かれるなんて思ってもいなかったのであろう王子は、バランスを崩したのか床に倒れている。
こちらの都合も気持ちもお構いなしだった王子に起こった仕打ちを見て、とても清々しい気持ちになったと同時に、一体なにが彼女の怒りに触れたのか気になった。