1.プロローグ
ちょっとした好奇心で始めました。
私の名前は【高杉 なつ】
どこにでもいる普通の人間だ。
日本人特有の黒髪で黒目。パッチリ二重ではあるが、鼻筋は高くもなければ低くもない。
モデルのような体型でもなく、胸も平均的。
サラリーマンの父と料理教室の講師をしている母、そして大学生の弟が私の家族だ。
ご近所からの評判も良い家庭で、私と弟は反抗期すらなかった。
ここまで素直に育ったのは優しく愛情深い母と、寛大で褒め上手な父のおかげだろう。
家から近くて、制服が可愛いという浅はかな理由で、小中高とエスカレーター式の女子校を卒業した後、母と同じ調理師になると決意した私は専門学校へ通った。
友人はたくさんできた。親友だっている。
社会人となった今でも仲が良く、頻繁に連絡を取り、休日が合えば良く出掛けるほどだ。
残念なことに恋愛に関しては全く経験がない。
初恋すら未経験だが、女子校出身だったのだから仕方ないと言い訳しておこう。
少し残念な部分もある、ありふれた人生。
だけど、私はとても満足していた。
それなのにーーーー
「やーー! ーーーーにーーた!」
「ーーーーでーーのーーーーだ!」
「はやーーにーーーーなけーー!」
ふと気がつけば、私は見知らぬ部屋の床で座り込んでいて、怪しさ満点でしかない黒いローブを着た謎の人物たちに取り囲まれていた。
なぜだ?
私は母に頼まれ、父のためのビールを買いに出掛けた帰りだったはず。たった一瞬、瞬きしただけで目の前の景色は大きく変わっていた。
私を取り囲んでいる謎の人物たちは、顔立ちだけを見れば欧州や欧米寄りだ。
日本人ではなさそうだけど、恐らく人間ではある。
人間だと断定できない理由は、髪色が奇抜過ぎるからだ。
ブロンドは理解できる。海外だと当たり前にいるし、日本でもヘアカラーなどで簡単に手に入れられる髪色だ。しかし、その他の赤、青、ピンク、紫……。
お洒落で染めてる人なら街でたまに見たことあるので、人の趣味にとやかく言う気はないが……それ、地毛だなんて言わないですよね?
「殿下! やりーーーー! これでーーはーーです!」
「早く陛下にーーーー!」
先ほどから髪色がカラフルな謎の人物たちの話し声が聞こえるが、上手く聞き取ることができない。
電波の悪い場所で電話をしているような感覚に、思わず眉間に力が入る。
なんとかこの摩訶不思議な現状を理解しようと頭を働かせるが、全く機能してくれない。
これは夢なのだろうか?
私は人知れず頬を抓った。……痛い。
「貴女が異世界の聖女か! いきなりで申し訳ないが、この国は今、窮地に陥っているんだ! 貴女の聖なる力で我が国を救って欲しい!」
「うわぁ!」
なんということでしょう!
突然、目の前にSSR級のイケメンが満面の笑みで現れた!
ブロンドヘアーで少し垂れ目気味の男性は私に目線を合わせ、早口で捲し立てる。
その言葉はしっかりと聞き取れた。……聞き取れはしたが、理解ができたとは言っていない。
眉間のシワが深くなった気がした。
だってそうだろう。見知らぬ場所で怪しい人物に囲まれながら、聞き慣れない「異世界」や「聖女」なんめ言われても困る。
そもそもここはどこで、貴方たちは誰だ?
何も言わず顔を顰め、ただただ目の前にいるイケメン君を見つめるだけの私に、周りに佇む人たちが「もしや言葉が通じないのでは?」と心配し始める。
「なるほど、それは盲点だったな……。聖女よ、私の言葉は理解できないか?」
「…………」
彼が話す言葉は、聞き慣れた母国語だ。
日本人離れした外見でこんな流暢な日本語を聞くことになるとは、少し変な気分である。
さて、どうしよう。言葉の壁はなさそうだけれど、分からないフリでもしてれば家に帰してくれたりしないかな……。
いや、この人たちって言わば誘拐犯だよね?
もしかしたら「言葉が分からないなら利用価値はない」と判断されて殺されたりするかもしれない。
私が一切喋らないことで、少し不穏な空気になってしまった。謎の人物たちが何やらコソコソと話し合っている……私の処遇についてだったら大変だ!腹を括るしかない。
「……あの、すみません、言葉はわかります。こちらの言葉は通じていますか?」
私が喋ったことで「おお!」と喜びの声が上がる。
反応は上々。この様子だと、今すぐに利用価値がないと判断されて殺されることはなさそうだ。