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クセモノハウス  作者: 立川好哉
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第7話 狭すぎボーイ

 多摩県・立川市。子供たちの賑やかな声に包まれた住宅街の一角に、ある問題を抱えたお宅がありました。神田家。この家が抱える問題、それは…


「狭ぇなおい」

「もう家具は置けないねぇ」

「ってかこの机が邪魔なのよ!」


 大型トラックがやっと通れる狭い道に面した神田家は築36年、六帖、1K。3人が暮らせる環境とは言いにくいこの部屋には、所狭しと家具が置かれています。動線は絶たれ、ソファを乗り越えてキッチンに出ます。世帯主の崇德さんは荷物の受け取りにも一苦労。同居している小豆さんと万里愛さんは口を揃えます。


「もっと広い家にしよう」


 そんな若い2人の願いを受けて崇德さんが用意した予算は120万円。


「俺が新しい物件契約すればいいんですよ。やるか、やらないかですから」


 神田は新しい物件探しを始めていた。万里愛が加わったことで六帖一間に収まらなくなり、より広い部屋に移ることで全会一致していたのだ。神田は金持ちだから家賃が上がることに全く文句を垂れず、上記の額を初期費用の上限に設定した。

「キッチンが独立してて、動線が太くて、部屋が広い。ただし部屋の数が増えると家賃がバカ上がりするから間取りは1なんちゃらで」

 神田がすべて負担をするから小豆と万里愛は文句を言わない。安全な場所にいられるだけで幸せなのに、さらに部屋を広くしてくれると言うのだから、感謝こそすれ、怒ることはない。

「10帖くらいがいいかな。あるのかな、そんな家」

 神田は素早く文字を打って検索をかける。すると数件見つかったので、スクロールして初期費用や設備を見る。東京でも都市ガスではなくプロパンの物件が少なくないため、細かい箇所までチェックしなければ損をする。神田は抜かりなく調べ、複数の物件を比較した。

「お前ら希望は今のうちに言っとけよ。あとでブー垂れられても困るから」

「自分だけのちょっとしたスペースが欲しいかな。パソコン置いて、化粧できるくらいでいいからさ」

「私は広々と寝られる場所があればいいわ」

「はいよー。俺の分も入れて10帖かな。でかいテーブルでみんなで食べたいしね」

 候補となっている物件の部屋の広さは希望を上回る12帖。家賃は8万8千円。駅から徒歩5分ほどの7階建てのマンションの最上階だ。窓から見る景色は今とは全く異なるものになるだろう。


 善は急げという言葉があるが、急いては事をし損じるという言葉もある。そして、ゆっくり急げという言葉もある。万全を期すために時間を使う方が、良い結果により早く至れるのだ。神田はこの言葉の支持者で、慎重に条件を確認したり周囲をマップで見たりしてできる限り多くの情報を集めた。彼の堅実さは小豆と万里愛も賞賛するほどだ。

「…ところでさ」

「ん?」

 小豆が話の内容を全く違うものにしようとしてそう切り出した。画面を見ながらも聞き耳を立てた神田への質問だ。

「なんでそんなにあたしらに優しくしてくれるの?」

「私たちはあんたを殺そうとしたっていうのに」

 神田は画面から目を離して椅子を180度回転させた。

「俺は同じことばかりを繰り返す日々に飽きてたのかもしれない。金があればいくらでも変化をつけられると思うのは間違いで、俺にその意志がなければだめなんだ」

「それとあたしらに優しくすることに関係が?」

「お前らが変化をつけてくれたじゃんか。危険とは言え俺にとっちゃ長いこと求めてた変化なんだ。正直、ちょっと楽しいって思ってたし、小豆が来てからはなんか充実してる気がする。何もかも変わったわけじゃないから惑うことはないし、立場上俺は気が楽だ」

「なるほどね。あたしらが来たのが神田にはいいことだったんだ」

 憐憫のみをもってして匿われているのだとしたら、それは改めねばならないことだ。しかし小豆は明確な理由にて神田に認められていた。

「あとはお前がわりかし好みの見た目をしてるってのがある。男は誰だって可愛い女と一緒にいたいもんだ。逆も然り」

「あたしが?」

「世の中可愛い女はごまんといる。だが俺に関与するのはこれまで1人もいなかった。俺はもはや関与するだけで心を開くほどだから、お前が俺を襲ったあの時から俺はここにいてもらおうと決めてた」

 神田は長く女を求めていたのだ。気軽に会える恋人がいたのなら、家を破壊して襲いかかった女にここまで厚意をもって接することはなかっただろう。きっと警察を呼んで終わりだった。日常が満ち足りたものであるならばその破壊者を憎むのだろうが、日常がいつ捨ててもよいようなものならば、その破壊者を好むだろう。

「端的に言えば俺はお前の見た目が好きだ」

「えっ」

 突然の告白に惑う小豆。彼女は返す言葉をすべて失い、しばらく閉口した。沈黙を断ち切ったのは万里愛の言葉だった。

「見た目が好みだから優しくするわけ?なんか不純」

「何とでも言え。俺は本当のことを言っているだけだ。どう評価されようと受け入れるしかない。万里愛、お前も同じ理由だ」

「え、私も…この見た目を?」

 万里愛が惑って閉口したので小豆が助けた。

「それはロリコンということでは?」

「なんで少女の見た目が好きって言っちゃダメなんだよ?それだけで犯罪者扱いするっておかしいよな?警戒するに越したことはないけど、まだ何もしてないよ?」

 神田はやられたからやり返しただけであり、こちらから仕掛けてはいない。ロリコン扱いされることに不服を申し立てた。

「とにかく、俺は楽しい生活をしたいんだ。そういうことだと思って手伝え」

 神田が恋愛に奥手で襲ってこなさそうだと思った小豆は見た目のことを気にして尋ねた。締め括ったはずの話が続いたので、神田はまた椅子を回した。

「神田はあたしのどこを気に入ったの?」

「人ってのは自分にないもんを求めるんだ。俺にはないその勝ち気な目とか、綺麗な肌とか、骨張ってない肉付きとか…あと俺は自分と背が近くない方が好きだ」

「ふーん…素直におっぱいって言えばいいのに」

「お前の魅力は胸だけじゃねぇよ…俺が性的にしかお前を見てないような誤解を受けるから言っとくけど、お前が俺を手伝おうとしたこととか、俺の気分を窺ってることとか、そこらへんも見てるぞ」

 神田は話していて照れくさくなってきたのでまた椅子を回して背中を向けた。それがなんだか愛おしいので、小豆は背中を指で突いてからかった。

「生きてる限り優しくしてやるから覚悟しろ。生きてる限りはな」

「神田、物件は見つかったの?」

「2、3個は。明日不動産屋に行ってみるよ」

 神田は自分の行動力が上がっていることに気付いた。彼を動かしているのは使命感なのだが、ここまで乗り気になることはこれまで滅多になかった。好みの女と一緒にいることは心に大きな余裕と元気を与えてくれるらしい。

「あたしらがやるべきことはある?」

「万事俺に任せろ。強いて言うなら家具でも調べてろ。でかすぎないやつな」

 神田は早々に物件探しを終えて日課に移行した。いつの間にか画面がゲームになっていたので小豆と万里愛は驚いた。10年以上も毎日パソコンをいじくっていれば操作に慣れるのは当然のことで、タイピングなんかは目に見えないほど速くなるのだ。


 万里愛が襲撃してから神田を襲おうとする者が絶えた。これ以上この家の外装を頑丈にする必要はなさそうだと安心しているし、小豆と万里愛も過激派からの襲撃を心配せずに外に出るようになった。この日神田は体調が悪いということで昼まで寝ていて、起きても動きが鈍かった。

「神田、あたしらあんたがいないと生活できないんだからすぐ元気になりなさいよ」

「そうよ、ちょっと暑くなったからってへたってんじゃないわよ」

 美少女2人からの励ましが彼に届くが、意思とは反して身体が上手に動いてくれない。神田は頭に冷感シートを貼って日課を始めた。体調不良でもミスをしないから経験は恐ろしい。先日小豆もゲームを始めており、神田は日課を終えた後に支援のための道具を揃えることを予定している。長くプレイしないほうがよいとは思っているが、死ぬわけではない限り続ける。

「うーん、ガワは強そうだけど中が貧弱だなぁ。効きそうな薬でも買ってくるか」

 小豆が財布を持って外出すると、万里愛がある企みをした。今なら神田を殺せるかもしれない。そう思った彼女が台所から包丁を取り出すと、神田はそれを察知して木のものさしを手に持った。

「矛盾してんだよてめぇはよォ!」

 神田がものさしを振るうと、万里愛が持っていた包丁がすっ飛んで壁に突き刺さった。衝撃波が出そうなくらいの速度で振られたものさしが剣に見えたのか、万里愛はまたへたりこんでしまった。しかし今回はおもらしをしていない。

「成長したじゃん。やったぁ」

「く、また失敗…」

「漏らしてよ」

「嫌よ!」

 神田は溜息をついて日課に戻った。万里愛は刺さった包丁を引き抜いて扉にしまうと、不貞腐れてソファに横になった。

「あーあ、神田がもっと弱ければなぁ」

「10年遅かったな。10年前お前は生まれてないけどな。そういうことだ」

 神田は日課を終えて別のクエストに出た。万里愛はそれを邪魔すれば神田が冷静さを失って殺しやすくなると予想し、背中に飛び乗って彼を妨害し始めた。

「お?」

 しかし神田は微動だにせずそれを受け止めた。9歳児の平均体重はおよそ30キログラムなので、それが当たっても動かない神田は非常に強靱だ。これまで彼は裸を見せていないから、服の中に何があるのかはわからない。

「ねぇ、私が退屈しているんだから構いなさいよ」

「ちょっと待ってていまいいとこだから」

「ねぇったらぁ」

「うるせぇな。ちょっと黙ってろ」

 神田は片手でキーボードを操作しながらもう片方の手で万里愛を拘束した。万里愛の弱い力で解くことはできず、彼女の顔は神田の脇の下に固定された。

「いたたたた、離して私が悪かったからぁ」

「反省した?」

「したした、だから早く離せ」

「なんかお前も可愛いな。やっぱり俺ロリコンかもしれないわ」

「うぐぇ」

 万里愛は良いことを聞いたと言わんばかりに次の作戦を考えて実行に移した。神田がロリコンであるならば、悩殺作戦が効くと思ったのだ。彼女は神田の注意を引くとおもむろにスカートをたくし上げ、神田の見慣れないピンクのパンツを見せた。神田が目をむき出しにして見入ると、万里愛の貫手が神田の鳩尾に突き刺さった。

「うぶぉ」

「効いた!」

 しかし神田はこの程度でやられるような男ではなかった。ついにイヤホンを外すと、キーボードから手を離してお仕置きを始めた。

「今のは痛かったぞぉ!悪い子にはお仕置きだ、ホレホレぇ」

「きゃぁ、そこ触っちゃだめぇ!」

 神田が怪力で万里愛を持ち上げると、空いた手でお尻をぺちぺち叩き始めた。お仕置きの定番行為で、尻から万里愛を処刑した。

「ヘンタイ!ロリコン!」

「嫌なら2度としないと誓え!」

「うぐ、神田のくせにぃ…!」

 神田は暴走状態に入り、万里愛の尻を揉み始めた。これは彼女に効果抜群だったようで、喘ぐような声を出したと思えば脱力してしまい、またもやパンツに染みを広げた。

「結局漏らすんかい」

「うわぁぁん神田のバカぁ!」

 神田は見蕩れているうちに万里愛に殴られたので昏倒した。万里愛の初勝利だ。そこへ帰ってきた小豆が鉢合わせ、変顔をした。

「なにこれ?また漏らしてるし」

「神田がロリコンだよぉ!」

「上品な喋りはどうした…ってか神田死んでるし」

 ズボンがふっくらしていたのですべてを察した小豆は神田を叩き起こして薬を飲ませた。

「カーペットは買わないほうがいいなこれ」

「そうだね。部屋中万里愛のおしっこの匂いで満たされる」

「じゃあ買おう」

「おしっこって臭いよ?作業どころじゃないよ」

 冷静に指摘されると恥ずかしくなるので神田はこれ以上言わずに黙ってゲームに戻った。それからは万里愛が何もしてこないので、神田は小豆がストッパーの役割を担っていることに気付いた。

後書きを書く暇がなくなったので省略します。

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