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クセモノハウス  作者: 立川好哉
20/20

第20話 神田は続くよどこまでも(終)

最終回です。

 朱福が服を買いたいから原宿に行こうと神田を誘った。原宿はアキバ系男子の神田の認識では苦手な人がうじゃうじゃ跋扈している土地であるため、彼はあまり乗り気ではない。しかし朱福が駄々っ子のように強請るので、そこまでする執念に負けて同行を決意した。「小豆連れてきゃいいのに」

「男子の意見が欲しくてさー。ってかほら、神田攻略のために神田好みの服を着て楽したいじゃん?」

「それ俺に直接言っちゃうの?俺、攻略されるの?」

「すぐに折れてくれるかと踏んでたのに意外と粘るからさぁ、ウチの中の負け嫌いが騒ぎ出しちゃって」

 朱福は委員会を脱退してから神田に好かれることを目的としている。つまりは居心地良く楽しく生活するということなのだが、そのためにあらゆる手を尽くすつもりだ。

「人ってのは変幻自在で、最初あまり好みじゃなくても見た目が変わることで好きになることがあるわけよ。ウチは神田にとって唯一無二の存在になるため、すべて試して神田がビビッとくるものを探してるんさ」

 既に居心地の良い場所を提供しているつもりの神田はあまり喉越しの良くない感じがした。既に彼女とは良好な関係だから、これ以上やることは無駄ではないだろうかと思っている。単に新しいファッションを試したいとだけ言えばスッと通ったのに。

「小豆と万里愛は遠出を嫌うのかな?それとも人混み嫌い?」

 いちおう2人にも相談したが、2人とも遠慮したとのこと。詳しい理由はわからない。

「まあでも折角2人きりなんだから、思うがままに振り回しちゃおうかな~」

「チャラ男ばっかりで辟易するんだよなぁ…」

「大丈夫だって。場違いな格好じゃないよ」

 あまり調子の良くない神田だが、原宿に着くと少し感想を変えた。

「昔ほどチャラチャラしてないね。垢抜けない中高生もいる」

「ギラギラ系はもう廃れたかなー。メイクも大変だからねぇ」

 神田が少しだけ安心して朱福に続いてメイン通りに入った。有名店が軒を連ねていて、若い女性と金持ちの中年男性のペアが続々と高級ブランドショップへ吸い込まれてゆく。

「お前もこういうのが欲しいの?」

「いや、ウチはモノの価値に相応しい貫禄がないから遠慮しとくよ。ああいうのは実績を築いた人が身につけるもんだよ」

「そうだろうか」

 朱福独自の哲学があるようなのでこれには深く触れないでおいた。朱福に連れられて入ったのは高級ショップではなく、細い道に面した地味な外装のアパレル店だ。

「爽やか系が入荷したってメルマガ来たからさー。夏に向けて新しいのをいくつか見ときたかったんだ」

 都心のビルは痩身で、ワンフロアあたりの面積が狭い。人がすれ違えない狭さの通路に立って入荷した品を見ていると、朱福がハイウエストのデニムパンツを手に取った。

「ハイウエストってすごいよね、ここ絞るからおっぱいの形が目立つ」

「そういう目的じゃないんでしょ?」

「脚を長く見せるほうだね。でも小豆に着せたら映えるよね。あの子巨乳だから」

「あいつはそれを穿くために痩せるって言ってたな。お前が着たら嫉妬するんじゃない?」

「そんな性格だっけ?」

「意外とめんどくせぇとこあるぞ。ってかお前と小豆って背丈ほぼ同じじゃね?互いの服借りてもいいんじゃないの?」

「なるほど?」

「お前が小豆の服を着ても似合うだろうよ。美少女なんだから」

「試してみるかあ…でもさっき言ったように唯一無二がいいから小豆とは違う趣向の服を着たいワケよ。でもハイウエストって好きなんだよねぇ」

「流行なの?」

「まあ一般アイテムになったよね。普通のデニムショーパンと同じ」

「ふーん…お前俺と会ったときめっちゃ短いの穿いてなかった?」

「ローも好きだよ。ウチはデニム派なの」

 朱福は細かな部分にまで目を向けてこだわりを持ちながら服を選んでいる。しばらくは大人服売り場にいた彼女だが、子供服も見ることにして2階に上がった。

「ウチ150ちょいだから子供服も着られるんだ。違和感ないっしょ?」

「そうだねぇ」

 子供向けは可愛い刺繍やピンクの糸を使ったものがあり、他との違いが大人向けよりはっきりと分かる。

「これとかよくない?」

 朱福は後ろのポケットがハート型になっているライトブルーのショートパンツを神田に見せた。

「モノを入れるのには不便しそうだけどそういうこっちゃないんだろ?可愛いと思うよ」

「試してみよー」

 朱福が着替えている間に神田は他の商品を見たのだが、子供向け服は大人向けより心を動かすものがある。

「どぉ?」

「ぴったりじゃない?子供服だとギャルから元気娘って感じになるね」

「他も見よー。神田好きなのあったら言ってね?」

「朱福ってスカートは穿かないの?」

「制服が最後だねぇ。さっきも言ったけどデニム派だから穿くとしてもデニムスカートかな」

「デニムスカートはこっちにいっぱいあるよ」

「どれどれ…」

 朱福が近くに寄ると、彼女の香りが伝わってくる。それにドキドキして硬直していると、神田は思わず床に倒れてしまった。いつもなら傾いたときに足を出して踏みとどまれるのだが、今回はそうはいかなかった。平衡感覚を奪われた感じだ。倒れてもなお視界が揺らいでいて、じきに何も見えなくなった。




 神田が目を覚ますと、彼は知らない場所にいた。彼が立ち上がろうとすると、手足が思うように動かなかった。縄で拘束されている。一体どういうことだろうか。

「朱福!」

 朱福が奥からやってきた。先程店で選んだ服を着ている。神田が意識を失ってから今までのことの説明を求めると、朱福はデニムスカートを穿いたまましゃがんで答えた。

「あんたの心をこじ開けるのさ。今のウチらは神田のガチガチな城門をブチ破るグレネード」

「ら…?」

 神田の疑問に答えるように現れた小豆と万里愛。この場所は3人が神田の本性を無理矢理に表に引きずり出すために用意したらしい。

「心を掻っ捌き合った者だけが真に結ばれる。心に障壁を残したままではいつか必ず齟齬によって対立する」

 小豆がミニスカートのポケットに紙をしまって手を後ろで組む。

「家主だというのに居候に気を遣う生活はもうおしまい。私たちは神田のすべてを受け入れる準備をしたわ。あとはあなたが曝け出すだけ」

「お前らどうしてそこまでするんだ?俺は別に気を遣うことを苦に思ってるわけじゃない…」

「でも気持ちよい瞬間が多いほうがいいでしょ?我慢は毒って言うし」

「なんでこんなことするかって?あたしら神田のパソコンの中見ちゃったの。バレてるんでしょ?神田はやっぱり我慢してた。我慢させるのはあたしらの望むことじゃないから、神田が常に解放された状態にしたいの」

 神田はわけがわからなくなって目を瞑った。これは夢だ。そうに違いない。何もかも自由だなんて、人間関係の範疇を超えている。

「お前ら最近おかしいぞ!?」

「おかしくないよ。神田が素直じゃないだけ。でも安心して、今から有無を言わさず素直にしてあげる…」

「神田の欺瞞を引き剥がして、私たちが来る前に長い間溜め込まれていた欲求を解放してあげる」

「何もしなくていい。ただ、委ねるだけ…」

 3人が一斉に神田の性的嗜好に合致する行為を始めた。小豆はブラウスを突っ張らせてブラジャーを透けさせ、万里愛はロリぱんつをスカートからチラ見せし、朱福はギャルパンティをモロ見せした。神田が歯を噛みしめながら目をギロリと剥き出しにしたのは、彼が自分と戦っている証だ。

「良いよ神田、もっと見て」

「もっと欲求を高めて!」

「理性なんて失っていいの。興奮には制限時間があるからいずれ戻ってくる。それまでに目一杯楽しめればいい」

「うぅ…ウゥ…」

 神田が目を血走らせている。そろそろ理性が崩壊して彼は人から獣になる。血流が盛んになって彼の身体が赤みを帯びてくると、それを見ている3人の興奮も高まってきた。

「神田!」

「神田!」

「神田!」

 繰り返される誘いに、ついに彼の理性が弾け飛んだ。解放されたエネルギーが彼を縛る縄を破壊し、心身ともに解き放たれた獣が動き出した。

「ウゥゥゥ!」

 彼はまず小豆に肉薄し、大きく見開いた目で彼女を見つめた。小豆の顔に一瞬だけ恐怖が浮かんだ。彼女は神田の心に触れている。この行為を止めてはならない。


 しかし、


 小豆は襲われなかった。その代わり、快音が部屋に響き渡った。


 バチーン!


 その直後、いつもの神田の声がした。大きくて脳が揺れるほど。


「簡単に身体を売るんじゃありません!!!」


 バチーン!バチーン! 


「まったくお前ら…俺のことどんだけ欲求不満だと思ってんだ!そんなにムラムラしとらんわぁ!」


 思い切りビンタを喰らった3人が呆然としている前で神田は腕を組んで説教をした。

「お前ら正気を失いすぎだっての!俺は確かにお前らのこと可愛いと思ってるけど、そんな露骨にえっちなことされたいわけじゃない!俺の心を掻っ捌くって、これじゃ下心だけしか捌けねぇじゃんか!俺がお前らのこと100下心で見てると思ったか!」

 神田は息を切らしてその場に膝をついた。まだ呆気にとられている3人は互いの顔を見合い、痛む頬を摩った。

「はぁ、はぁ…まったく、これまで通りでいいっての…えっちなことは自分でどうにかするし、お前らとやりたくなったら段階を進めるから。俺は今も昔もやりたいようにしてるんだから、あんまり乱そうとしないで」

「…私たち、間違えちゃった?」

「大間違いだ…ってかここ何処?」

「神田の金で借りた会議室だけど…」

 神田がカーテンを開けると摩天楼が連なっていた。

「うわぁ千代田区」

「そっか。神田そこまでムラムラしてなかったのかぁ…そうか…」

「ごめんなさい。なんだか私たち勘違いしていたみたい」

「ハァ…心を捌くって、こうしたら嬉しいとか、これが好きとか、こういう人だってのを知ることでしょ?AV見たのはもう構わんよ。それに傾倒するな」

「はーい…」

 なんだかションボリしている3人を連れて会議室を出た神田はもっとよい心の捌き方を教えるためにとある場所に向かった。


「鍋だー!」

「飲むぜぇ!」

「そういえば酒を飲ませるって考えたことあったわね…」

「あれやる前にこっちにしときゃよかったねー」

「気付くのがおそいね」

 神田はビールを一気飲みして少し赤面すると、反省している3人に伝えた。

「俺はお前らと一緒に楽しく暮らしたいってだけだ。それ以上のことは考えるな。自然にやることが正しい。いいか、もう一回言うぞ」

「うん、言って」

 3人が注目する中、神田ははっきりと言った。


「これからも一緒にいてくれ」


                                おしまい

この話はこれにておしまいです。お読みくださりありがとうございました。別の作品でお会いしましょう!

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