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クセモノハウス  作者: 立川好哉
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第17話 神田ルセット

 神田が朱福のために腕によりをかけるというので、小豆と万里愛も楽しみに待っていた。彼がなかなか買い物に出ないのでくたびれていたのだが、日課を終えた彼が漸く重い腰を上げるとすぐに財布と鞄を用意して追い出すように背中を押した。

「キッチン掃除しとくよ」

 ハートマークがついていそうな語気で言われたので、神田はかなりの期待が寄せられていると感じてしまい、なんてことない日なのに気を引き締めねばならなくなった。まだメニューすら考えていないというのに。


 食事は主食主菜副菜が基本で、米、汁もの、小皿の野菜にあとは魚というのが真っ先に思い浮かぶ。しかし育ち盛りの子供たちはそれだけでは足りないため、量を増やすか品を増やすかして栄養を補う必要がある。

(和洋どっちが好きとか聞いてないな…基本炒め物だし、バランス度外視だったなぁ)

 神田は料理を得意としていると思い込んでいたが、栄養士や調理師からしたら鼻で笑う程度のものしかなかった。

(最近の子って和食を嫌う傾向があるんだよなぁ…肉が少ないから背が高くならないって)

 それは神田もそうである。辛うじて平均を超えてはいるものの、大きな人を見ると羨ましくなる。理由は遺伝子だけではなく、食生活にもある。肉や乳製品を多く食べる人は背が高くなりやすいらしい。

「肉だよなぁ」

 チーズハンバーグを考えたが、作るより市販のレンチンのを買うほうが圧倒的に楽であるためやる気が起きない…というのは、ハンバーグの中にチーズを入れたものの話であり、上からかけるのはさほど苦ではない。冷凍食品のミックスベジタブルを添えたらそれも楽なのだが、今回は手間をかけるということを重視するため個々に買って調理する。インゲン、ニンジン、ジャガイモが確定した。

 挽肉を買おうとコーナーに行くと、1段上の棚に餃子の皮があるのが見えた。見えてしまった。神田は心変わりを起こし、みんなで楽しく餃子を作る会にしようと思い立った。餃子に先程の3つの野菜を添えても美味しいに違いない。神田は大量の挽肉のパックをかごに入れ、野菜売り場に戻ってニラとタマネギを取った。


 餃子を作るならあとは米だけなので買い物が楽になったと喜んでいると、小豆からメッセージが送られてきた。『オレンジジュース買ってきてー』とともに可愛いスタンプが押されていたので、最近太ってきた彼女のことを気にしながらも大きなペットボトルを入れてアイスまで買ってやった。なんならポテチまで買った。今日は肉が安い日いうことなので総額がさほど高くならず、半分以上が計画していなかった菓子類となった。




 神田が自転車のスタンドを立てる音で動き出した留守番娘たちがウェルカムバックと言わんばかりに玄関ドアを開放していたため、神田は鞄を降ろさずに紐の結ばれていないサンダル感覚の靴を脱いでそのまま部屋に入ることができた。夕飯を楽しみにしている美少女3人組の前に大量の食材と菓子を置いた彼はキッチン下からホットプレートを引っ張り出してテーブルに置いた。

「おやぁ?」

 焼き肉でもするのかと小豆は予想したが、既に答えはわかっている。餃子の皮を餃子以外に使うような発想力が神田にあるとは思えない。ということは、餃子を作るのだ。すべて神田がやってくれるわけではないのが意外だが、参加型というのは面白い。

「さぁ、ひたすら作って焼こう」

 餃子も冷凍食品のそれを温めても非常に美味しくいただけるから、腕によりをかけるのならレトルトや冷凍食品で代替できないものがよいのだが、そのことについては誰も咎めなかった。なぜなら、腹いっぱい食えればよいからである。


 夕方のニュースを見ながら皮に具を詰める作業を終えると、熱しておいたプレートに油を敷いて焼き始めた。

「久しぶりだなぁ、家で餃子作るの」

「冷食?」

「うん。めんどくせぇじゃん」

 敢えて面倒をしたのだと恩を売っておくと、万里愛が団欒を好んで諭した。

「こういう時間を大切にしたいと思うのよ」

「時間に追われる現代人らしからぬ発言だねぇ」

 時間に追われているのは日課をしなければならない神田くらいで、あと3人は食っちゃ寝するだけでよいのだから気楽なものである。万里愛は人々の心から失われつつあるものの一部を神田が持っていたことを喜び、それは彼が無職だからと決めつけることで無職が悪ばかりでないことを学んだ。

「朱福、焼き加減見ててくれ」

「おっけー」

 神田は朱福が焼けた餃子を皿に移して新しいのを焼いている間に寄り添う主を失った野菜を蒸して小皿に取り分けた。バターソテーの得意な彼だが、餃子にバターは濃すぎるという理由で味付けなしにした。その程度のことなら考え至る。


 64個の餃子がいくつかの大皿に並べられると、神田は冷蔵庫から豆乳と麦茶を出した。全員が夕飯に豆乳を飲むとは思っていないから、料理に合う麦茶を買っておいたのだ。

「64割る4で1人16個かぁ」

「そんなには食べないかな」

 神田は16という数字が大きいことをわかっていた。それでも大量に焼いたのは彼が餃子専門フードファイターだからである。彼は小学生の頃に餃子を40個食べた伝説を持つ。今ならそれを上回ることが可能だろう。

「ただまあこの餃子が俺好みかどうかはわからん」

「まあ余ったら冷蔵庫でいいっしょ」

 品質が云々とか言わないから助かる。とにかく食を楽しむことだけを考えて両手を合わせると、思ったより美味しくて箸が進んだ。

「良い挽肉だったかな」

 赤身の多いものを選んだため脂分でベチャッとせずにしっかりと肉を食べている感覚があるし、皮も良い具合の焼き加減でできたため程よくモチモチしている。これは加減を見た朱福を褒めるべきだ。

「…俺の腕前を見せたかっていうとそうじゃない気もするけど、こんなもんだよ」

「これでいいのよ。ぶっちゃけ手抜きかって思う料理ですらそこそこ美味しいんだから、神田の腕に疑いはないわ」

「あたしたちのためにそんな深い思慮をする必要はないわけだ」

 美味しそうにいっぱい食べてくれると嬉しくなるので、具を買っただけの神田はいつもより機嫌がよくなった。

「ところでなんで餃子にしたの?」

「最初ハンバーグ作ろうと思ってたんだけど、挽肉のすぐ上に餃子の皮があったもんだから」

「それでつられたわけだ。スーパーの思うがままだねぇ」

 そうやって客にいろいろと買わせるのがマーケティングである。酒の近くにつまみを買うとか、焼き鳥のパックに『今日は晩酌!』とかいうシールを貼るのは合わせ買いを促すためである。

「ぶっちゃけ俺は献立を考えるのは素人なのよ。単品でもいいし、レンチンもよく食べるし」

 これが今回の気付きである。3人の胃袋まで管理するのであれば、プロ並みのことをしなければならない。それが面倒なので朱福に任せようとしたが、彼女もそれには詳しくないという。

「本屋行って家庭科の資料集でも買ってこようか」

 それにはいくつかのレシピが載っているため、それでローテーションを組むことで健康的な食生活を送ることができる。それ以外にも食材別に栄養価を示したものもあるため、いろいろと参考になる。


 風呂に入ろうとした小豆がシャツを脱ぐと、ショートパンツに腹の肉が乗っているのが見えてしまった。

「お前ヤバくね?」

「なにが」

「腹…」

「だって神田が美味しいの出すんだもん」

 おそらく褒めているのだろうが、神田は危機的状況と判定した。厳しめの言葉をかける気が引けるのはこれまでと同じだが、冗談のつもりなら真に受けられずに済むだろう。

「クソマズいダイエットメシにするか?」

「マズいのは嫌だよ」

「…テニスでもする?」

 神田がさほど難しくないスポーツを提案すると、小豆は食いついた。テニスならできそうということらしい。

「じゃあ空いてる日予約しとくわ」

 万里愛と朱福にも相談すると、2人ともやりたいということなので予定が1つ決まった。程よい運動を定期的に行うことの重要性を4人はまだ知らないが、文字を打っている人は痛いくらい知っている。脚が殆ど動かないので血流が滞っておかしくなるのだ。

「神田は運動得意なんだっけ?まあ小豆と万里愛に勝ったってことは…得意なんだろうねぇ…」

 徐々に減速した朱福の声が2人のポンコツさを物語る。運動強度が極めて低くても勝ててしまうからだ。

「朱福は得意なの?」

「見た目ほどは得意じゃないよ」

 朱福は健康的で学校の体育ではそこそこ活躍しそうに見える。しかし平凡だったという。

「なんかいろいろ測るテストみたいなのあったじゃん?」

 一部の県がやっているもので、高いスコアをとると賞状が与えられる。

「あれオール6くらい」

 8種目で61~65点を取れればA評価となり賞状が貰えるのだが、朱福のスコアは48点であるため届かない。

「俺毎年貰ってたよ」

「すごいじゃん!やっぱ得意なんだね!」

 神田に隠れ超人説が浮上したのでそれに挑んでいた万里愛が震えた。

「当時だけどね…今はわかんない」

「得意な奴はだいたいそう言うんだよぉ」

 今は劣化したと言う神田だが、その腹を見ればさほど衰えていないことがわかる。それなのに最近鍛え始めたので、復活の兆しすらある。

「じゃあテニスは1対3でいいよね」

「いいよ」

「いいのぉ!?」

 神田の超人的な運動能力を見ることができるかもしれないので朱福は期待した。しかし神田は小豆の弛みを治すことだけを考えており、自分のことは二の次なのだった。

「ってかさぁ神田は小豆がデブるのが嫌なの?」

「ドジっ子なのにさらに不自由するかもしれないだろ?」

「そういうこと?見た目が好みじゃなくなるのが嫌なんじゃなくて?」

 自分本位だろうという朱福の予想は図星で、神田は欺瞞をやめた。

「似合う服が減るとさぁ、可愛い服を着ている小豆を見たい俺としては都合が悪いわけよ」

「んーまあねぇ…スキニー穿けなくなるし…」

 それは小豆も望んでいないだろうとは思う。ランニングの効果が今ひとつなので彼女の意気が挫けるのも時間の問題で、そうなったら痩せる気をなくしてしまうかもしれない。もう1度小豆の意欲を確認するため、風呂上がりの彼女に問うた。アイスを食べる流れにあった彼女は動きを止め、冷凍庫から遠ざかった。

「痩せたいとは思うよ。テニスが楽しければ続けるし、じゃなければ違う方法を考える」

「じゃあ俺が楽しくする。効果が出なくてもいい。楽しく運動できれば」

 神田なりの優しさなのだが、中途半端と受け取られないか気がかりだった。小豆が彼のことをわかっていたから批判はなかったが、根本的な性格改善を望んでいる可能性はある。


 風呂から出た朱福が神田の布団に入ったので寝ることができなくなった彼は仕切りをつくってその向こうでノートパソコンを使って夜勤と称したゲームを始めた。その傍らにスマホを置いてダイエットメシを検索する。世では『おからダイエット』やら『糖質制限ダイエット』やらが流行っているらしいが、糖質を制限するのはいかがなものかということで『炭水化物削減ダイエット』なるものを集中的に調べた。そこで彼は炭水化物が分解されてブドウ糖になることを知り、炭水化物を抜いてはならないことに気付いた。

(タンパク質に代替すればいいのか…じゃあ朝っぱらから肉を食うってことか)

 エネルギーになれるものは炭水化物だけではないようだ。脂肪を燃やす機能にブーストをかけてやることができれば、今の小豆についている脂肪を落とせそうだ。

 成功するかは彼女の体質にかかっているので試してみないことにはわからないが、神田は小豆の食事の満足度を下げずして炭水化物ではなくタンパク質を多めにすることを考えた。最近は小麦粉ではなく蒟蒻でできた麺があるので、まずはそれを買ってみることにした。

 クエストを終えて休憩に入った彼は次のクエストが終わったら寝ようとして横になれそうな場所を探している途中で小豆のだらしない寝姿を見た。

「カ○ゴンか」

 腹を丸出しにして仰向けに眠っている彼女を起こすためにリコーダーを買っておくべきか悩むことなく布団を掛けてやった神田はコーラを一気飲みして席に戻った。

 熟練プレイヤーなので高難度クエストもさっさと終わる。午前2時を前にして最低限のことが終わったため、歯を磨いてから身体の小さな万里愛の隣にお邪魔した。彼女は寝相がよいため、狭い布団でもぶつからない。しかしシャンプーの良い香りが頻りに鼻に入るものだから、神田はいつの間にか万里愛を抱き枕にして眠っていた。




 翌朝、神田はコンビニに行って蒟蒻麺とサラダチキンを買った。馴れた店員にダイエットかと尋ねられたので小豆のことを伝えると、ジムに通うことを勧められた。

「ライトなトレーニングなら程よく脂肪を燃やして最低限の筋肉をつけられるよ」

「ジムいいかもしれないっすね…ってか俺が行きたいわ」

「招待すると入会金タダになるからやっとこっか?」

「ちょっと相談してから決めます」

 神田も3人を護るために筋トレをしているため、知識のあるインストラクターと器具があるのならより効果的に鍛えられそうだ。その期待を持って小豆に尋ねると、あまりやる気がないと返された。

「筋トレマシンだけじゃなくてプールもあるらしいよ。入会すればコースは自由で予約すればコーチに教えてもらえるんだって」

「自由開放のほうがいいなぁ。人に教わるのって苦手なんだよね。ちゃんとできないと恥ずかしいじゃん」

 それは神田も理解できる。彼は昔スイミングスクールに通っていたが、教えの通りにできないことで恥をかいてすぐに辞めてしまった。

「明日訊いてみるわ」

「ウチはやりたいな。神田を水着で悩殺してやる」

「ビキニはダメでしょ。競泳水着かスク水だよ」

「スク水!」

 朱福は神田の好みを確認するまでもなくスマホを取り出してスクール水着を注文した。彼女がジムに入会する気を起こしたため、神田は明日決定を通知する。

「万里愛は?」

「私泳ぎは苦手なのよね」

「じゃあ俺が教えようか?教えるっても手を掴んでやるくらいだけど」

「じゃあウチが手本になるよ」

「お前多才だな!」

 ギャルは多才、これは教科書に載る。ギャルは得てして行動力の鬼であるため、いろいろなことに挑戦したり高い目標を持ったりする。それを稀代の身体能力で達成してきたのが朱福だ。

「泳ぎは昔から得意でね。200mいけるよ。速くはないケド」

 露出癖のあることしか欠点のない朱福は神田にとって理想的な女性で、なんだかドキドキしてきてしまった。その様子を見ていた小豆が嫉妬心を燃やしたため、彼女も万里愛も入会する運びになった。

ルセットっていうのはメニューって意味です。

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