第14話 神田イン記念公園
昭和記念公園という場所が立川にはある。広い花園があるだけでなく、プールとか大草原とかがあり、夏の花火大会の会場として有名だ。大草原にはステージを設置できるようになっており、頻繁にイベントが開催される。
神田たちが興味を持ったのは、毎年行われる”肉フェス”である。県内外から多くの店が小規模な屋台を開き、自慢のメニューをアピールするというものだ。ボリューミーなステーキからソフトクリームや和菓子まで様々なものを楽しめるこの催しは、神田が恋人と一緒に来たいと思っているものの1つだった。恋人ではないが同居人のできた彼は漸くこの場所に来られたというわけだ。
大草原に多数並べられたテーブルと椅子は殆どが埋まっていて、このイベントの人気を窺わせる。
「優先パスを買うと専用レーンで一般レーンより先に買えるんだってさ。ってわけで、はい」
トイレに行ったついでに優先パスを買っておいた神田はそれとパンフレットを渡して食べたいものを探させた。
「ネギ塩焼きそば食べたい」
「私はチキンステーキ!」
神田は奮発してパスを3枚買ってあるのでいちいち神田が並ばずとも優先的に料理を買うことができる。神田が場所取りをして小豆と万里愛が欲しいものを買ってくる。
「神田買ってきていいよ」
「オッス」
今日は快晴で少し暑いのだが、それが神田の気分を良くしているようだ。周りには薄着の女性がたくさんいる。
「バイトの人も涼しそうでいいねぇ」
派遣労働者がスタッフをやっているのだが、この案件に参加するとイベントオリジナルのポロシャツが貰えるらしい。普段ニートをしている友人に会った神田はそのことを聞いた。
「パンフ配って便所の場所教えるだけでいいんだぜ?これ貰えるし、時給1800円だし」
「たっか。お前が便所行きたくなったらどうするの?」
「近くにいる仲間に言えばいいだけ。行っちゃいけないなんてルールはないんだぜ。最高だろ?」
立っているのが辛くないのなら素晴らしい労働だと神田は思い、そちら側で参加してもよかったかもしれないと言った。
「お前がいるってことは恋人できたの?」
「いや、なんか居候が2人いる」
「居候?」
「うん」
神田が2人を匿うことになった経緯を話すと、友人は無職を殺す委員会の存在に怯えて派遣を頻繁に入れることにした。客が案内を求めたのでそこで別れたが、久々に友人と話せた神田は機嫌をよくして2人のところに戻ってきた。
「神田ワイン買ったの?」
「こんくらいならいける。なんか珍しい味らしいから買っちゃった。店員がギャルで怖かったけど…」
「神田はギャルに弱いの?」
最初に見たときのことを思い出すと、その答えが見えているような気がする。
「弱くはないけど得意じゃないね。めっちゃ爪デコってたし髪型もなんかすごかった」
それは怠惰な人間にはできない所業であって素晴らしいことなのだが、ビジュアル的には神田の好みではなかったようだ。
早々に満腹になってしまった3人がこのまま帰るはずはなく、腹が減るまで花園を見ると言ってゲートに向かった。ここから先は保全のために有料になっている。金持ちが入場料を払うと、初めての花園の通路を歩き出した。
「すごいねぇ…」
「手入れしてる人すごいよな。よぉこんな綺麗にできる」
「写真撮ろー」
小豆が色とりどりの花を背景に3人並んだ写真を撮ると、早速待ち受け画像にした。神田はもともと写真を恥ずかしがる人なのだが、見た目が改善されたことで嫌な気がなくなっていた。
「夏になると花火大会が開かれるんだ。たしかそろそろ優先観覧席の予約が始まるから買っとかないと」
神田は複数のスポットから花火を見てきた玄人だが、場所を最適な取れるかが他人に左右されている以上は無料の場所で最高の体験をすることを保証できない。そこで他人に有無を言わさず花火を間近で見られる有料の席をとるのだ。
「折角お前らがいるんだからいろいろ思い出を作らないと」
「そだね。1人より楽しいはずだからね」
「できそうなことがあれば遠慮なく誘いなさいよ?何でも一緒にやってあげるんだから」
万里愛がにっこり笑むと神田は頬を染めた。花よりも見ていたい彼女の笑顔のためならどんなことでも検討しよう。そんな意欲が湧いた。
なかなかに長いコースを歩き終えると、少し腹が減っていたので再び会場に入って他のメニューを見て回った。軽食とデザートを買って席で食べていると、ステージのほうが賑わい始めた。午後1時、肉フェスの中で注目のイベントが始まる。人が増えてきた会場にアナウンスが響き渡る。
『皆様お待たせしました!本日のメインイベント、人気声優・速水優香さんのスペシャルトークショーを開始します!』
会場から拍手が起こる。いまここにいる人の多くはこれを目当てに来ているようだ。声優が登場すると野太い歓声で空気が振動した。どうやらその界隈では超人気らしい。神田も知っているほどだ。
「ラッキーだなぁ。俺は声優あんま興味ないんだけど、生で見られるなんて機会は滅多にないわけで」
「ふーん…なんかオタクっぽいのがいっぱいいるねぇ」
「そりゃトップ声優だからな。よく呼べたな立川」
パンフレットを見た万里愛は目を凝らして遠くにいる速水と比較した。
「…実物のが可愛いわね」
「よく見えん。お前よく見えるなぁ」
「視力には自信があるのよ」
声優の話はさほど面白くはないのだが、司会が上手く拾っているから会場には度々笑いが起こる。ラッシーを飲みながらそれを聞いていた3人は歌が始まるというアナウンスとともに聞こえた歓声に怯えた。
「オタクすっげぇ」
「ってか数が多くない?よくみんな調べてるなぁ」
「イベントは殆ど都のほうでこっちは稀だからねぇ。人気声優ならなおのこと」
仕事や金を理由に都内まで行けないファンにとっては逃すことのできないイベントらしく、立川周辺の速水ファンが一堂に会しているようだ。それならこの混雑に納得がいく。
「やっぱ歌うまいね」
「だねぇ。ってか当たり前だけど声がいいわ」
「それな」
オタクでなくても心が少し引かれる感じがしている。美声に思わず手を止めて聴き入っていると、先程の友人がやってきた。
「俺がこの派遣いれたのはこれが理由でもあるんだよねぇ」
「なるほどね。お前声豚だもんね」
「ところでその2人が居候っていう?」
知らない人を見ていた小豆と万里愛を紹介すると、友人は嫉妬を抑えてニッコリ挨拶をした。
「神田の友達っていうからてっきり似たようなのが出てくると思ってたけどなんだ、なかなか好青年じゃない」
「ははは、ありがとう」
神田との過去の話を少しすると、終わらぬうちに友人が仲間に連れて行かれた。
「やっぱり仕事には不自由がつきまとうんだよなぁ」
神田は友人の心中を察してこの先の幸福を祈っておいた。
歌の後は質問コーナーで、ファンが次々に質問を浴びせては速水が答えてゆく。神田が最も疎いとしている女性の生活についても素直に答えるサービス精神を持つ彼女が人気なのは自分を神聖な立場に置かずにファンと同じ位置にいることを意識しているからなのかもしれない。最後は握手会で、ファンがスタッフの誘導に従って列を作り始めた。
すると突然爆音とともに黒塗りのセダンを引き連れた白塗りの高級車が会場に入ってきて、ドリフトで芝を削ったのち停車した。
「なんだぁ!?」
会場が騒然とする。声優のために来ていたオタクたちも爆音に気を引かれてそちらに注目した。その先でドアを開けて出てきたのは、高級そうなスーツに身を包んだ金髪オールバックをキメた若い男性だ。
「バハハハハ!この神田・ガブリエル・雄剛が立川の地味な公園にわざわざ訪れてやったぞ!」
豪快な笑いとともに拡声器を構えて名乗った男へスタッフが駆け寄り、ルール違反を咎めようとする。しかしその前に黒塗りから出てきた黒いスーツにサングラスのSPのような男性に止められてしまった。その中には神田(雄剛じゃないほう)の友人もいる。
「クイザン!」
神田はクイザンという名の友人をスーツ男から引き剥がそうとした。しかし鍛えられた男は力強く、片手で止められてしまった。
「お前らなんなんだよ!いきなり現れてイベント乱しやがって!」
その叫びに気付いた雄剛がまたも大きな声で会場に伝える。
「この神田・ガブリエル・雄剛より目立って良い者などおらん!愚民どもよく聞け!今からこの土地は神田グループのものだ!」
即時買収というわけだ。高級車を何台も保有し、護衛を何人も雇うくらいだし、身なりからして金持ちそうだ。神田グループというのも聞いたことがある。多数の子会社を持ち、日本有数のビッググループであるとか。神田の名前が出ないだけで神田グループ傘下であるということはよくある。
「国有じゃねぇの?買えるの?」
クイザンが疑問を呈するとスーツ男が力を込めて黙らせようとしたが、雄剛は答えてくれた。
「大衆の利益のために利用するのが正義だ!こんな地味な装いをしているより、より多くの人間が見て楽しい、遊んで楽しい、しかも万物を買うことができる…そんな場所にすることこそ大衆の利益ッ!この神田・ガブリエル・雄剛が見事に日本最大のエンターテインメント施設にして見せようではないかァ!」
とにかく煩い貴族には主役の速水も苛立っていたようで、今度は速水のスタッフが雄剛に近寄った。それも止められてしまうのは明らかだが、これで雄剛を護る者がいなくなった。
「なんで警察は来ないんだ!」
そんな声が聞こえた。雄剛は腕を組んで仁王立ちをしたまま素の声量で答えた。
「バカが!警察機構など既に買収済みよ!神田グループを舐めるなぁ!」
「いやバカはそっちだろ!警察買うとか…警察って買えるもんじゃねぇだろ!」
「バハハハハ!この世はお前が思うよりずっと汚いんだよ!金をもって人心すら掌握する、それが支配の心得だ!」
神田は少しだけその気持ちがわかるが、人を使ってこのような妨害行為をする気は全くない。楽しくのんびりした時間を潰された怒りは彼にもあり、彼は素早く雄剛に迫った。
「なんだァ庶民、この私に何か上奏したいことがあるのか?」
整形で綺麗にされた顔で睨んだ雄剛に神田が言う。
「邪魔だから帰れ」
「お前は何が起きているか分かっていないようだな…ここは神田グループの土地、貴様がここにいられるのは我々の慈悲によるものだ。帰るのは貴様のほうだぞ?」
「違うだろ妄想野郎。国有の土地は買われない。公園ってのは公の土地…お前1人で好きかってしていい場所じゃない」
「うるさいな」
雄剛は神田を黙らせるべくポケットから札束を差し出した。ざっと100万はある。しかし神田は拒んだ。
「お前はこれまでのこの場所を見たことがないのか?ここで起きたことすべてがここにいた人の望んだことだ。お前が手をつける必要はない。あと金ならもう持ってる」
「ほう?神田グループに楯突こうってか。ほら、庶民の目は私の札束に夢中みたいだぞ?」
神田が周囲を見ると確かに多くの人が雄剛を羨むような目をしている。強者に従えばすべてを望み通りにしてくれるのか?違うはずだ。資本家は常に私欲を追い求めている。大衆の利益とか言うのは、社会的要請に応えているように見せるためだ。
「お前の色に染まったイベントには興味がない。声優のトークショーにしろ花火大会にしろ、お前の影が目障りで楽しめない」
「それはどうだろう?私費で大人気の声優を呼ぶことも世界屈指の花火師を呼ぶこともできる。プロジェクト全体に出資すればより豪華で多くの人が楽しめるようになるだろう?お前の頭で考えてみろ…」
確かに金がかかっているほうが豪華だ。それは否めない。しかし神田は強引なやり方と多くの人から楽しみを奪った過程を憎んでいる。そんな彼が食い下がろうとすると、介入者が現れた。いつの間にかそこにいた集団は瞬く間に黒スーツたちを昏倒させ、整った円で雄剛を囲んだ。
「なんだ!?おい警察!早く私を助けろ!」
状況が分からなくなってきた神田に対し、小豆と万里愛は介入者の正体を知っていた。
「委員会だ…!」
「え…?」
「あいつ、もしかして無職なんじゃ…」
資本家は雄剛の父や祖父で、雄剛自身は何もしていない、2人の金で生活している無職というわけだ。それなら委員会が出てくることに納得がいく。
「なんだか分からんが俺の出る幕は終わったな!小豆、万里愛、退散するぞ!」
「お前、この先気をつけろよ!御曹司に目を付けられたんだ」
クイザンの忠告を聞いてから彼と別れた3人は混乱するオタクたちを押し退けて家に戻り、大きく息を吐いた。
人一倍疲れた神田が昼寝をしようとすると、まだまだ元気な小豆と万里愛は買い物に行くと言ってまた外出した。
「お元気だこと」
短い睡眠で回復できるだろうと予想していた彼がアラームを設定して眠りに入ると、2人が帰る前にそれが鳴った。
「よーし日課だ」
神田はどんな状況にあってもそれを忘れないゲーマーの鏡だ。求められるもの以上を常にやるのが彼のゲームの流儀で、1度ゲームの世界に潜れば無双の戦士と化してあらゆる敵を狩り尽くす。早々に日課を終えた彼は1人なのをいいことにボイスチャットを始めて仲間に合流した。近くイベントが開催されるので、その準備をどれだけ豊かにできるかがクランにとって重要となる。貢献度を常に高くしておくのがトッププレイヤーに求められていることであるため、彼は集中して効率プレイをした。
『神田くん衰えてないねぇ。現実にかまけて超絶劣化してると思ってた』
「何時間やったと思ってるんだ。そろそろCMキャラクターに抜擢されてもいいはずだが」
全年齢向け狩猟ゲームのCMに2000時間プレイした芸人が出演したのが思い浮かんだ。神田はそれどころでない時間プレイしているため、有名人になったら真っ先に声がかかるだろう。
『神田さぁイベ中何時間入れる?』
「わかんね。同居人の気分で左右されるから」
『それは困るなぁ。最低でも4は欲しい』
「深夜でもいい?」
『かまわんよ。寧ろ僕ら深夜メインだから』
そういえばそうだった。神田は自分も深夜型であったことを思い出した。今ではすっかり昼型の生活をしているが、夜にこそ起きて健康を削りながら必死にレベル上げや素材集めをしていた。
小豆と万里愛が帰ってくると、立川通りが警察車両で大変なことになっていたということを聞かされた。どうやら委員会と買収された警察との対立が予想以上に激しかったらしく、テレビをつければどこの局でも報道されているくらいになっていた。
「やべぇ奴に喧嘩売ったわけだけど、これなら俺のこと忘れてくれそうだね」
「そうね、よかったわね…いや、よくないのか?」
「ってより元仲間がいっぱい逮捕されてるんだけど」
委員会壊滅の危機を見た小豆が残念そうな顔をしている。組織を恨めど人を恨むことはない。
「ただまあ神田グループが強引に公園を買って支配しようとしたことも報道されるだろうから、国民からの評価が下がるかもね」
私欲を尽くそうとする者は必ず叩かれる。雄剛の考えは格差を増長させるもので、多くの庶民の反対に遭うだろう。
「俺は初めて委員会に勝ってほしいと思ったよ」
「クイザン、無事だといいけど…」
クイザンは訪日フランス人なので超絶イケメンで万里愛が気に入ったらしい。
後日、委員会の存在が全国に報道されたのを見た神田は将来を憂慮した。
昔やったゲームに神田(富豪)みたいに豪快なキャラがいましたが、彼は毎回ヒロインにぶっ飛ばされていました。神田(富豪)には立ち向かえる人がいないみたいです。ちなみにクイザンはキュイザンスとも読みます。




