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クセモノハウス  作者: 立川好哉
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第11話 ムッとしてギュッ

 神田は朝のうちに日課を終えてテレビを見ていた。小豆は神田を買い物に誘おうとしたのだが、彼があまりにもテレビに夢中なので内容が気になった。声優の特集だ。ライブの観客動員数が云々、グッズが云々、ブログが云々…小豆にとって有益な情報は何一つないし、どうしてここまで人気なのかもいまいち分からないままだった。しかし神田は食い入るように見ている。邪魔をしたくはないが、何がそこまで神田を惹き付けるのか知りたかったから声をかけた。

「神田ぁ、その人のファンなの?」

「そうね、曲と写真集は買ったね。あとこの人ブログで絵をアップしてるんだけど、それが可愛くてねぇぇ」

 ねっとりした早口で喋られたので小豆は少し不快に感じてムッとした。金を使うなら自分のためにこそ使ってほしい。

「その人が神田に何かしてくれたの?」

「いいや?あ、でも握手会には行ったね。笑顔で対応してくれたよ」

「へー…ふつうにいそうな声だけど」

「なんだい、気に入らないかい?」

「ううん、なんか神田ってチョロいなって思っちゃった」

 誰でも好きなものを貶されるのは快くないだろう。神田もそうであるから、不機嫌になって反論した。

「いいだろ、声優ってのは声で俺らに元気をくれるほか、こうやってライブで歌ったり握手会でファンと触れ合うことでもオタク界を盛り上げてくれるんだよ。素晴らしいことじゃないか」

「そーだね…」

 小豆は納得したような仕草を見せたが、神田の注目を集めてやまないこの声優をどこかで憎んでしまった。金だけでなく時間や心まで自分に割けというのはワガママであろう。「朝早いのね~ふあぁ」

 万里愛が起床した。彼女の睡眠時間は長く、まだ寝ている時間だから、朝早く起きた神田と小豆に睡眠を邪魔されたと思っている。

「ホットドッグ作っといたよ。冷蔵庫」

「あらありがと。いただくわ」

 万里愛がもさもさとホットドッグを食べていると、小豆が小声で尋ねた。

「ねぇ万里愛、あんた他の女に神田をとられたらどう思う?」

「誰も私から神田を奪えないわ」

「もしだよ」

「うーん…そいつは私の活動を邪魔するってことだから先に処理してから神田を殺すわ」

「そうだよね」

「?」

 小豆は機嫌を戻してスマホを弄りはじめた。万里愛が洗い物をしていた神田を呼んで小豆の奇妙な質問について意見を求めると、神田ははっきりと言った。

「嫉妬だろ。俺が声優に夢中なのが気に入らないんだ」

「だって神田はあたしらにだけデレると思ってたんだもん!」

 素直に感情をぶちまけると、神田はいやらしくニッコリして小豆を後ろから抱きしめた。

「もぉぉ可愛いなぁ小豆はぁ」

「きしょっ…あ、いや、まあいいよ神田だから。さっきは貶す感じになっちゃってゴメンね。あたしらが来る前から夢中になれるものがあったんだもんね。そうだよね。あたしら新参だもんね…」

 どこか寂しそうな声色だったので、神田は罪悪感に苛まれた。自分は決して悪いことをしてはいないのだが、小豆の不満の種となってしまった。

「会えるけど同じ場所にはいられないような気がしてるんだ。声優っていうのはアイドルと同じで不可侵な感じがある。けどお前らは違う。こうして同じ場所にいるのが当たり前だし、馴れ馴れしく触ることだってできるだろ?明確に区別してるつもりだよ」

「そっかぁ。安心した。神田に浮気されたのかと思った」

「誰がいつお前の恋人になったんだよ」

「あっ」

 小豆はついうっかり自分の所有物のように思ってしまっていたことを反省した。万里愛は呆れ顔で神田の肩に手を置いて言う。

「神田を惑わすものが多くて困るわね。ふとしたときにどこかにいなくなっちゃいそう」

「前にも言ったが俺には匿う人としての責任がある。それを放棄してどっかに行くわけないだろ。折角得た楽しい生活なんだからさ」

「神田ぁ…」

 もはやお決まりとなったこの声色の台詞。小豆はすっかり神田に心を許していたので、もっと親しくするための行動を考えた。家族のようなものだが、日本の家族はさほどベタベタくっつかない。恋人はイチャイチャするものだが、神田には明確に恋人ではないと言われてしまった。では友人か?そんな感じでもない。新しい関係に名前をつけてあげたい。

「眷属?」

「が近いか?いろんな意味あるからな」

 眷属には家族のほか、主従関係や郎党という意味もある。運命の巡り合わせによって集まった3人を表すのに最も相応しい言葉かもしれない。

「ケンゾクゥ!」

 響きがかっこいいので万里愛は気に入った。小豆は眷属だからと親しくベタベタするようになり、新たな癖が発現した。

「かーんだっ」

「なんだよ急に」

「嬉しいでしょ?ほら、小豆ちゃんだぞぉ」

「うわぁ萌え死ぬよぉぉ」

 神田が頭を抱えて転がったのでまた机の脚に頭をぶつけた。小豆はこの性格を利用できると思い、神田をうまく利用するための手段として使うことを考え始めた。悪魔が唆したのである。


 ベタベタしたい気分はすぐに去りがちで、小豆はすっかり醒めた様子でゲームを始めた。神田は友人と新イベントの攻略をしていたのだが、文字チャットだけだと会話に都合が悪いということでボイスチャットを始めた。神田がぼそぼそ喋るので万里愛は読書に集中できなかった。

「ちょっと出かけてくるわね」

「おっす」

「じゃあスマホ持ってきなよ」

「そうね。借りるわ。まあ駅前の店を見るだけだから、昼までには帰ってくるわ」

 万里愛は神田の声を鬱陶しいと感じたのだろう。神田が自分を気にせず好き勝手喋れるようにしようと思った小豆は万里愛の後を追って家を出て行った。

「おや」

 昼食のメニューを考えていなかった神田は仲間に今日の昼飯を尋ねた。全員がゲームをプレイしながら食事をするので小型の栄養食の名前が何度も挙がった。

『神田氏は何を召し上がるの?』

「パスタとかかね」

『パスタ』

「クソガキどもが腹空かしてんだよ」

『はー、子持ちは大変すなぁ』

「子持ちじゃねぇよ。ってわけで昼間は抜けるからよろ」

『がんばってパパ』

「パパじゃねぇよ」

 すべての言葉に意味があるから、神田は『パパ』という単語について深く考えてみた。もし自分が本当にパパで、小豆と万里愛が娘だったら?


 ポワンポワンポワン……


 日曜の昼。今日は仕事が休みだから、久しぶりに家でゆっくりできる。昼間からビールを飲んで、子供たちと遊んだら、夕方には同僚や大学時代の仲間と駅ビルの屋上でフットサルをする。その後バルで酒を飲んだりピザを食べたりしながら海外サッカーの試合を見て朝になったら出社する。時間ギリギリな生活だが、そうしなければ折角の休日を楽しめない。

「パパぁ、お腹空いたー」

 食いしん坊の小豆が服を引っ張って昼食を強請る。ビールに合うものがいいからバターソテーを乗せたパスタでも食べようと思い立って厨房に立つと、手伝いをしようとした小豆が戸棚にあるパスタを手に取った。俺にそれを渡そうとしたのだが、床下収納の段差に脚を引っかけて倒れてしまった。そのせいで握りしめていたパスタが真っ二つに折れてしまった。

「あわわ…」

「大丈夫?」

「折れちゃった」

「まあいいや…小豆はテーブル拭いててよ」

「はーい」

 素直だし気の利く子なのだが、ドジでよく転ぶしものを落とす。だからガラスや刃物を持たせてはならない。人が死にかねない。

 折れたパスタを茹でていると、廊下のほうから声が届いた。しばらくすると、ズボンと靴下をぐしょぐしょに濡らした万里愛が半泣きでやってきた。また漏らしてしまったらしい。この子は昔からおもらし癖があって、今でも治っていないから来年から通う学校が心配だ。

「あー、大丈夫、廊下の倉庫に雑巾あるからそれで拭いて。服は洗濯機に入れといてくれればいいから」

「ごめんなさい」

「いいよ、かぶれるから濡れタオルで拭いて着替えな」

 この子は真面目だししっかり者なのだが、これだけが欠点だ。きびきびと片付けをした万里愛は着替えを済ませてコップやお茶を用意してくれた。

「いただきます!」

 短いパスタをビールとともにいただいていると、小豆の服がどんどんソースで汚れてゆく。前掛けをすればよかったと後悔してももう遅い。

「あぁもう、丁寧に食べるの」

「難しいよぉ」

「まあ洗えば落ちるか…前掛けしな」

「うん」

 前掛けを取りに行く途中でも椅子の脚に小指をぶつけてしまう。可哀想だが治りそうにない。

 こんな厄介な特性を持つ娘二人だけれど、目に入れても痛くないくらい可愛いのだ。


 ポワンポワンポワン……


「パパってのも悪くないかもしれないな」

「ただいまー」

 小豆と万里愛が帰ってきた。手に紙袋を持っているから、きっと気に入ったものがあったのだろう。神田はゲームから抜けてパスタを茹で始めた。手際よくザルを用意して、時間が経ったら三つの皿にとりわける。ソースは市販の安いやつだが、十分に美味い。

「あたしナポリタンー」

「俺あさり」

「じゃあ私がカルボね」

 奪い合いが起きなかったので神田はニコニコしながら腹を満たし、娘のイメージのまだ消えない小豆と万里愛を見つめた。

「なに?」

「いや、さっき仲間からお前らのこと娘って言われてさ。考えてたんだよね」

「それはないわ」

「あんたみたいなのからこの美少女が産まれるわけないでしょう?」

「酷いねぇ…ってか俺に父親の素質があるとは思えない。よくて兄だろ。まだ子供だし」

 家長として家族を統率することができるのは引っ越しのときに知ったが、大人らしい振る舞いは今のところあまり見られていない。ゲームばかりしている印象しかない。

「あんたの嫁は誰なのよ」

「うーん…」

「なんであたしを見るのさ。あたしは娘って設定なんでしょ?」

「うーん…」

「私が神田の妻なんてありえないわ」

 神田はそのまま後ろに倒れた。誰かと結婚するというのがいまいちはっきりと思い浮かばないらしい。

「このままの生活が一番いいかもしんない。グダグダ過ごしてさ、それでいいんじゃない?」

「まあ、平和だし生きられるからね」

「私も最近はあんたを殺さないほうがいいんじゃないかって思い始めてきたくらいよ」

「殺さないでね…」

 神田は皿の片付けが怠くなったので万里愛に任せて昼寝を始めた。よく寝る男だ。神田が静かなので小豆は本を読み、万里愛は何をするべきか考えた。

「うーん…」

 小豆のように本を読んでもよいが、漫画ではなく図鑑や百科事典を読みたい気分だ。また外出してもよいが、いちいち小豆にスマホを借りるのが面倒だ。考えるのが嫌になってきたので、万里愛は何を思ったか神田の布団に入り込んだ。

「ん?」

「私も眠くなっちゃった」

「なんで俺の布団に?」

「敷くの面倒なの。いいでしょ?」

「狭いなぁ…」

 しかし神田は万里愛を追い出さずに再び眠り始めた。万里愛が嬉しそうに彼の背に貼り付いて寝ているのを見た小豆は朝のやつに似たモヤモヤに苛まれ、落ち着かない気持ちを紛らすために自分の布団に横になった。神田が傍にいればよかったのだろうか?今の気持ちがそれが正しいことを示しているのだが、小豆は神田に心を支配されたくないからと否定した。

(嫉妬じゃないもん…)

 それでも布団を丸めて抱きしめるようにすると心が落ち着く。小豆はそのまま眠った。


 小豆が良い匂いに誘われて起きると、部屋の真ん中に置かれたテーブルに豪華な料理が並んでいた。何事かと神田に問うと、テレビを見ている彼は右の力こぶを叩いて言った。

「キッチンが広くなったもんだからテンション上がっていっぱい作っちった」

 雑穀米、チキンソテー、トマトサラダ、生姜焼き、ミネストローネと盛りだくさんだし、どう見ても3人前以上ある。小豆は腹を空かせていたのでどうして寝たのか分からないくらい喜んで席についた。

「これまで片付けも面倒だったけどシンクが広くなったおかげでやりやすくなった。ってことは1度に複数のフライパンを使ってもいいってことだ。いやぁ、新居最高」

 神田の方も上機嫌なので、今なら自分好みのことを言ってくれると思った小豆が神田に問う。

「神田はさ、あたしのことどれくらい大切だと思ってる?」

「極めて重要な存在」

「なんか機械的だね」

「俺が他の女を見てるときお前がムッとするのけっこう好き。それだけ俺に気があるってことだろ?好意を好意で返さない俺じゃないぜ」

 神田は大人だから子供のことはすべてお見通しなのだ。小豆が万里愛に嫉妬して寝たことまでわかっている。この豪華な料理は不貞寝をした小豆の機嫌を戻すためでもあるようだ。

「お前さえその気なら、もっと腹を捌き合って何でも知ってるくらいになろうぜ。そのほうが気を遣わずに過ごせるだろ。なぁ、万里愛もそう思うだろ?」

「そうね。私は物理的に…って、もしかして私を誘導した?」

 神田は万里愛がネタにできることを言っていたのだ。彼女は神田を殺したがっているから、『物理的に腹を捌きたい』と言わせたのだ。

「どんどん晒してけ。俺は自分の不出来を知ってるからお前らに完璧を期待しない。これまでだってお前らが失敗してもよしとしてきた。そうやって失敗すら見せ合えばいいんだ」

「神田は寛容なんだね」

「だってそうだろ?自分が失敗ばかりなのに仲間の失敗を責める奴って殴りたくなるじゃん。俺は不出来なのを認めてもらいたいから、他人の不出来を認めてるんだ」

 小豆がミネストローネのスープやトマトの汁を服に跳ねさせても怒らない。自分もやってしまうことがあるからだ。『人にされて嫌なことはするな』を忠実に守っているに過ぎない。

「思ってることは隠さずに言え。俺に対応できないことはない」

「神田メシ美味しいね」

「私もそれを言いたかったわ」

「俺のでいいなんて貧乏人の舌だな、お前ら」

「神田は自分の出来をちゃんと理解してないんだよ」

 思っているより遥かに有能なのだが、それで天狗になって失敗した経験を持つ神田は謙虚なままだ。謙遜しすぎて嫌われないようにしなければならない。

 あっという間に夕飯を食べ終えた3人は風呂に入る順番を決めて別々に入った。

「神田ってさぁ」

「ん?」

 万里愛が風呂に入っている間に小豆が尋ねる。

「ロリコン?」

「違う…と思うよ?なんで?」

「よく万里愛と一緒にいてムラムラしないなぁって」

「10歳も離れてるんだぞ?俺は成人で、お前らは未成年…あ」

 神田はあることに気付いた。

「バレたら捕まるね、俺」

「未成年者誘拐ってこと?」

「うん。やっべぇ…」

「じゃあもう家族ってことにしよう。妹二人匿ってるなら大丈夫でしょ」

「そ、そうか…それでいいんだよな…」

 神田は汗をシャツで拭ってアイスで身体を冷ました。この先派手なことはできないと思いながらも、2人に心を開けば派手なことが起きるという予想があるのだった。

無理矢理に女のめんどくさい部分を捻りだした結果こうなりました。しかし嫉妬は男女問わず抱くものだと思うので、”女の”めんどくさい部分ではないのでは?とも思いました。

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