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第8話 宿に戻って休息!

本日8話目です。


「おかえりだミャ! ちゃんと帰ってこられ……ミャ」


 再び『黒猫商店地下20階支店(ナンバー省略)』に足を踏み入れた理沙(りさ)を見て、黒猫店長は驚き、そして喜んでくれた。


「何を言うのを止めたのかは大体想像つくけど……ここ、宿屋もやってるのよね?」


 理沙の問いに店長は首を縦に振った。


「一泊100マネーミャ」


「そうよね。さっき聞いた」


「部屋はさっき使ってたからわかるミャ? 朝晩のご飯とお風呂とトイレと……」


「お風呂!? お風呂あるの、ダンジョンに!?」


 理沙は黒猫店長の小さな身体を掴み、勢いよくブンブンと前後に振った。

 冗談では済まされないという尋常ではない意思を感じさせる蒼い視線に貫かれ、これまで終始笑みを崩さなかった店長の顔に戦慄が走った。


「ミャ、みゃみゃ……地下に大浴場があるミャ!」


「神はいた!」


 ゴブリンの血に塗れてドロドロの理沙にとって、それは死活問題であった。

 今も平然としているふりをしつつ、必死にその汚臭と戦っているのだ。負けそう。

 理沙に掴みかかられている黒猫もその臭いに顔を顰めているのだが、満身創痍の少女はそこまで気が回らない。


「泊まる。今から泊まる。すぐ泊まる。だからお風呂!」


「はいミャ。それじゃ100マネーよろしくミャ」


「……どうやって払えばいいの?」


 100マネーを要求されて、少女は思わず眉をひそめた。

 理沙はマネーの現物を見たことがなかった。

 ガチャから排出された分は、そのままウインドウに払い込まれたからだ。

 ゆえに……使い方がわからない。


「ちょっと待つミャ」


 理沙の手を逃れた店長がカウンターに戻って肉球ハンドで机をバンバン叩くと、そこに新たなウインドウが現れた。


『宿泊しますか? (1泊100マネー) はい/いいえ』


「はい、はい、はい!」


 間髪入れずに『はい』を選択する。

 あまりの速さに手の動きが見えない。


「毎度ありがとうございますミャ。それじゃ早速……」


「お風呂に案内して」


「あ、はいミャ。部屋は後でいいミャ?」


「お風呂が先」



 ★



 当たり前と言えば当たり前だが、大浴場は広かった。

 テレビアニメで見たことのある銭湯と酷似している。男女別。混浴無し。

 木製の椅子があり、蛇口があってシャワーがあって……本当に銭湯そのものだった。

 ファンタジックな店の構えとの噛み合わなさは違和感マックスだったが、それは些細な問題と捨て置いた。


 そしてこれまた当たり前だが、この大浴場は今のところ理沙のためだけに存在するのである。感動ものだ。

 ダンジョンがこの世に現れてまだ24時間すら経過していない。地下20階まで潜ってくる奇特な人間なんて、そうそう居るものではない。

 得体のしれない液体(シャンプーとトリートメント、そしてボディーソープを兼ねているとのこと。ファンタジーアイテムだ)で身体を念入りに洗ってシャワーで流す。

 ゴブリンの血液が残っていないか、鏡に映った自身の裸体をしっかりチェックしながら何度も何度でも繰り返す。乙女の執念が怠惰を許さない。

 やがて汚れも臭いも完全に消え去ったことを確認してから、広い湯船に足から浸かる。


「うわぁ……溶ける……これはヤヴァイ……」


 気持ちいい。

 今まで入ったお風呂の中でも、間違いなく最高。

 圧倒的なまでの快楽に身を委ねていると、濃密すぎる一日の記憶が蘇ってくる。

 ファンタジックな新世界の到来、突然のダンジョン入り、モンスターからの逃走。

 命からがら辿り着いた黒猫商店での人生賭けた11連ガチャ、そして――初めての戦闘。命の奪い合い。

 アップダウンの激しい展開に晒された心と身体から、わずかに濁ったお湯の中に疲れが溶け出していく。


「ふぅ……それにしても……」


 ピシャッとお湯を顔に掛けながら、ふと考える。

 今この大浴場は――黒猫商店自体が理沙の貸し切り状態となっている。

 このシチュエーションをごく自然に受け入れていたが、よくよく考えてみると自分と同じような状況の人間――街を歩いていて唐突にダンジョンに飲み込まれた人間――はもっと沢山いてもおかしくはない。

 しかしここには理沙以外誰もいない。それが意味するところは……


「……アタシは運が良かったってことよね」


 口にしてみて実感する。

 しかし、それはただの幸運ではない。

 自分が懸命に足掻いた末に掴み取ったもの。

 だから――後ろめたく思う必要はない。そのはずだ。

 ……難しいことを考えるのはよそう。理沙は頭を振って再び風呂の快感に埋没した。

 


 ★


 

 汚れた装備品の洗浄は無料でサービス。仕上がりは翌朝。

 お風呂に入る前に黒猫店長から説明は受けていた。

 浴場を後にした理沙は、脱衣所に備え付けられていた簡素な下着とバスローブを纏う。

 肌触りは悪くないが……先ほどまで身につけていたほとんど裸の防具よりも頼りなく感じる。

 このフロアは戦闘禁止という話だし、今は理沙しかいないから構わないのだけれど……今後お客が増えた場合はどうなるのだろう?

 自分が心配することではないようにも思えたが、せっかくサービスしてもらっている以上、地上の人間が気にしそうなところはアドバイスしておいた方がよさそうだ。

 あの黒猫は親切ではあるが、乙女の心の機微には疎そうだった。


「ウチの自慢のお風呂はどうだったかミャ?」


「控えめに言って最高。すっごく気持ちよかった!」


「それはよかったミャ」


「あ、それでちょっと気になったんだけど……」


 先ほど思いついた点を黒猫店長に伝えると、


「うむむ……そこまでは考えてなかったミャ。教えてくれてありがとミャ」


「どういたしまして」


 この程度で役に立てたのなら何よりであった。

 そのついでにアイテムウインドウを開き、収納しておいたアイテムを実体化させる。


「……これ見てもらってもいい?」


 汚れた石。ゴブリンからドロップした魔石らしきものを手渡すと、猫は目を細めて、


「ゴブリンの魔石ミャ」


「それ、ここで買い取ってもらえるの?」


「当店では魔石やドロップアイテムの買取も承っておりますミャ」


「ちなみにそれは何マネー?」


「普通のゴブリンの魔石だから、ひとつ20マネーになるミャ」


「20……」


 よどみない店長の答えに理沙は素早く脳内ソロバンをはじく。

 一匹あたりドロップする魔石がひとつと仮定すると、一日5匹倒せば宿には泊まれるということだ。

 ファーストバトルの流れを思い出すと、かなりのヒヤヒヤ展開だった……まぁ、『ピンクシュート』が決まればどうにかなりそうではあった。

 今日はその初手から怪しかったのだけれど。できれば単独行動しているモンスターの不意を打って魅了を決めたいところだ。

 

「これは買取で良いミャ?」


「ええ、お願い」


 これで理沙の残金は220マネー。

 あと2日は宿暮らしができる。あと2日しか宿暮らしができない。

 明日は今日以上に頑張らなければならない。野宿は御免だ。


「それじゃ、ご飯ミャから食堂に案内するミャ」


「は~い」



 ★



 部屋に戻った理沙は、ベッドに身体を投げ出した。

 石造りの壁と天井、簡素な木製のテーブル。どれもこれも非現実的な現実。

 たった一日で世界が大きく変貌したことを実感させられた。

 食堂で供された夕食はパンとサラダ、そしてシチューだった。

 パンは地上でもおなじみの香ばしい芳香を漂わせる焼きたてのもの。

 外はパリッと中はフワッと。とても美味であった。

 サラダは……見たことのない野菜らしきものばかり。瑞々しくて、酸味の利いたドレッシングがとてもよく合っている。

 そしてシチュー。外見も味わいも地上のビーフシチューを彷彿とさせるものだった。ただし中に入っていた野菜も肉も知らないものばかりだった。

 運ばれてきた食事をひと目見た時には『結構ボリュームあるな』と思ったけれど、ペロリと平らげてしまった。

 元々大食らいな方ではない理沙としてはカロリーが気になるところではあるものの……これからのダンジョン活動を思えば必要なエネルギー摂取であると割り切るしかない。


「そう言えば……」


 身体を清め、腹を満たしてひと息ついたところで思い出したことがあった。

 

「マニュアルがどうこう言ってたわよね。確かステータスウインドウの……」


 ベッドに身体を横たえたままウインドウを展開。

『マニュアル』とイメージすると新しいウインドウがポップアップ。


「うわ……」


 文字だらけだった。めっちゃ分量が多い。

 思わず顔を顰めてしまう。


「これは後回し。他には何かないのかしら?」


『何でもいいから機能オン』などと適当に念じると、さらに選択肢が出現した。

 割とアバウトに対応してくれるのは親切だと感心させられる。

 新たに出現したのは……


『Eちゃんねる』:匿名の大型掲示板群。

『E-tube』:動画投稿システム。


 但し書きには『今後も新サービスの実装にご期待ください』などと記載があった。


「『E』つけとけば何でもアリとか思ってそうね……」


 注釈はなかったが『E』は『Earth(地球)』の意味だと推察される。

 それはそれとして、現代日本に生きる理沙にとっては、どれもなじみのあるサービスばかり。

 著作権とかどうなっているのか心配になってくるが……


「アタシが考えることじゃないか」


 早速それぞれの項目をチェック。

 まだ初日だけあって、どれもそれほど多くの書き込みはなかったものの、それでも世界中の人間の興奮が十分に伝わってくる。

 こうして地下20階でウインドウを眺めている理沙も、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 命の危険はある。スリルがある。きっと対価もあるのだろう。そう信じるに足るだけの体験だった。


「ふあ……」


 ウインドウに視線を走らせていると……程なくして眠気が襲いかかってきた。

 急激な環境変化に身体が睡眠を求めている。


「エイプリルフールの冗談……じゃないのよね」


 自分でも全く信じていないことを口にしつつ、理沙は睡魔に身を委ねた。

本日はあと2回更新する予定です。

残り2話は掲示板回

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