第4話 人生賭けた初回無料11連ガチャ!
本日4話目です。
矯めつ眇めつ自分のステータスを眺めてみるも、ヘボいものはヘボいまま。
理沙を取り巻く状況はまったくもって好転しない。
「そんな顔をするなミャ。何かスキルとかないのかミャ?」
黒猫の問いに、理沙は力無く首を横に振った。
金色の髪がサラサラと流れる。
「スキルはないわね……このギフトって何かしら?」
ステータスには『ギフト:コスプレ』とある。
理沙はコスプレイヤーである。両親から引き継いだ資質と環境の発露……否、くだらない言い訳は不要。趣味である。生きがいかもしれない。
ある時は世界を救う勇者に、またある時は美貌のヒロインに。物心ついたころからテレビや漫画やゲームやらの登場人物に憧れてきた。
いずれ自分も彼らのようになりたい。幼少のみぎりより抱いていた夢は夢で終わることなく――コスプレという形に昇華された。
本日ダンジョンに放り込まれる直前にランニングしていたのも、コスプレのための身体づくりの一環であった。だらしない身体を人目に晒したくはない。
まだ若いのに、かなり深みに嵌ったオタク少女だ。将来が心配もとい嘱望されるルーキーである。
「ギフトはみんなが生まれつき持ってる才能のことミャ」
「才能?」
コスプレが才能?
意味が分からない。何かの隠語だろうか?
「詳細を見てみるといいミャ」
「……どうやって?」
「頭の中で『詳細出ろ~』って念じればいいミャ!」
「なるほど……それじゃ早速」
理沙が念じると『ギフト:コスプレ』の詳細が明らかになった。
――――
ギフト:コスプレ (ユニーク)
・身に纏っている装備によって能力に補正がかかる。
・特定のセット装備によって専用のスキルを使用可能になる。
――――
「ユニークだって」
呟いた声に黒猫店長が反応する。
ぴょこっと飛び出していた耳が、そして髭が揺れた。
「ユニークは特別な効果を持ったスペシャルなギフトミャ!」
「……当たりってこと?」
「モノによるミャ。どんなギフトか聞いてもいいかミャ?」
「別にいいけど……装備を身につけると強くなったり専用のスキルが使えるようになるんだって」
異世界の住人であるケットシー氏に『コスプレ』という概念をうまく説明する自信がなかったので、大雑把に効果を伝えるだけにとどめる。
……装備品を身につけると強くなるのは当たり前のように思えるのだが。
実際に口にしてみて『このギフト、ひょっとしなくてもハズレなのでは?』という疑念が頭をよぎる。
思考がネガティブに寄っていることを自覚させられて、さらに深いため息が零れそう。
「ふぅむ……これはチャンスかもしれんミャ」
「え? チャンス?」
理沙の思惑とは真逆の単語が黒猫の口から放たれた。聞き捨てならない。
キラリと瞳を輝かせた店長に、その言葉の意味を問い返す。
「そうミャ。ウチの店では最初に来てくれたお客さんに、記念として無料でガチャを引いてもらってるミャ」
「ガチャ」
サラブレッド・オタクの理沙には耳慣れた単語だった。
大体どういう意味なのか聞かなくてもわかる。
そして店長の言いたいことも理解できた。
「要するに、ガチャで強い装備を引けたら生き残れるかもしれないってことね?」
「おお、察しが早いミャ! お客さん、なかなかできるミャ!」
「ええ……まぁね……」
曖昧に言葉を濁す。
地球のアップグレードとは一体。
あの『御使い』だか『主』だかは、全人類にガチャを回させようとしているのだろうか。
数ある人間文化の中から、よりにもよって何故にそんなものを参考にしてしまったのか。
せめてサブスクにしてほしかった。定額課金でレアアイテムゲットしたい。
「ちなみに、ガチャは何回引けるの?」
「初回無料ガチャは10連+1回ミャ!」
「11連か……」
いかにもチュートリアルガチャ。
「引き直しは?」
理沙の問いに黒猫は首を横に振った。
「リセマラは無し……と」
当然アカウントの作り直しもなし。
アカウント=人生。
人生は一回こっきりである……はずだ。作り直せたらある意味怖い。
「ガチャの種類はどんなのがあるの?」
「種類? ガチャはひとつだけミャ」
装備品やアイテム、マネーなど色々入っているとのこと。
「闇鍋かよ」
理沙のギフトを考慮するならば装備品専用のガチャが良かったのだが、そこまで都合よくはいかないらしい。
「他に質問はないかミャ?」
「えっと……そうね、天井はいくらかしら?」
今はあまり関係ない話題であったが尋ねずにいられなかった。
ガチャにまつわるこれまでの経験が、金髪の少女(15)を突き動かしたのだ。
なお『天井=最高レアが確定で手に入るまでに必要な金額』である。
「……天井?」
しかし理沙の希望もむなしく、黒猫店長は首をかしげて不思議そうな声を上げる。
金色の視線は部屋の天井に向いていた。明らかに意味を理解していない。
黒猫ガチャに天井は実装されていないらしい。ガチャは闇鍋、天井は無し。そこはかとない悪意を感じる。
「それじゃ、排出率は?」
「それなら教えられるミャ! えっと……ノーマルが70%でレアが20%。それからSレアが9.9%でSSレアが0.1%ミャ」
「クソ過ぎる!」
理沙は思わず天を仰いだ。最高レア排出率が0.1%で天井無し。しかも闇鍋。これは間違いなくクソガチャ。炎上待ったなし。
――いや、落ち着け……落ち着け、私!
薄い胸に手を当てて深呼吸。混乱に拍車がかかりまくった思考をどうにかこうにか整理する。
排出率から鑑みるに、ひょっとしたらSレアがひとつ引けたら十分戦えるぐらいのバランスになっているのかもしれない。
……地下21階で理沙を追い詰めたオークを思い出すと、とてもそこまで楽観的に考えられないわけだが。
「でも引かないよりは引いた方がいいミャ?」
「……ええ、そうね」
理沙は頷いた。頷かざるを得ない。
強力な装備品をゲットしないと戦えない。戦えなければマネーが手に入らない。
マネーが手に入らなければ……ここを拠点としてダンジョン脱出を図るどころか、宿に泊まることもできない。
そして理沙は――なにも持っていない。
ゆえに今ここでガチャを回さないという選択肢はない。
戦ってマネーをゲットして、戦ってマネーをゲットして……その先にあるものが――脱出。
実にシンプルな流れである。導入は限りなくクソだったが。
黒猫店長が両手を掲げると、そこに『ガチャ1回:1000マネー』『ガチャ10+1回:初回無料』と表示されたウィンドウが浮かび上がる。
表示から察するところ、11連ガチャの価格は本来10000マネーのようだ。
10000マネーがどれだけの価値を有しているのかはわからない。
ただ……今の理沙が稼げる金額でないことは容易に想像がつく。
何しろゼロが4つもあるのだから。ちなみに理沙は所持金/ZEROである。
理沙はオタクだ。
いくつかのソシャゲを触ってきたしガチャを回したこともある。爆死したこともある。両親にメチャクチャ怒られた。
しかし……今回のガチャは格が違う。かかっているのは理沙の人生だ。外したら……もう両親と再会することは叶わなくなるだろう。
目を閉じると、いつも優しくて、そしてちょっと厳しい両親の顔が脳裏に浮かぶ。
ふたりは今どこにいるのだろう? 世界が変わってしまって……ふたりとも無事なのだろうか?
――パパ、ママ……
ゴクリと唾を飲み込む。『ガチャ10+1回:初回無料』のボタンに伸びる指がメチャクチャに震えている。
父のコレクションにあった某世紀末救世主伝説の主人公的なムーヴだった。
視界が狭まり、呼吸が乱れる。胸の奥では心臓が爆発しそうな勢いで鼓動を繰り返している。
凄まじい緊張感。オークから逃走していたときとは別種の、しかし圧倒的なプレッシャーに押しつぶされそうになる。
「できれば早くしてほしいミャ」
「わかってるわ。わかってる……」
プルプルと手を震えさせているのは黒猫店長も同じだった。
もっとも、こちらは単に腕を上げ続けて疲れているだけだろう。
――やるしかない……やるしかないのよ!
大きく大きく息を吸い込んで、ふ―っと長く深く吐いた。
ゲロ吐きそうなところを、気合でぐっと飲みこんだ。
指の震えが治まり、ガチャボタンを見つめる瞳が焦点を結ぶ。
「何が出ようと怨みっこなし。アタシにガチャを回させたことを、せいぜい後悔するがいいわッ!」
理沙の白くて細い指が『ガチャ10+1回:初回無料』ボタンに触れ――強く押し込んだ。
ボタンが弾けて11個の輝く光が虚空に射出され、円を描いて目にもとまらぬ速さで回転する。
その回転が少しずつ遅くなり、だんだんと光が薄らいで個々の球体が視認できるようになってくる。
「ちなみに『白=ノーマル』『赤=レア』『金=Sレア』『虹=SSレア』ミャ」
11連ガチャはSレアがひとつ確定とのこと。
Sレア確定は有難いけれど……なぜそんな細かい仕様まで人間の文化を参考にしているのか?
理沙は機会があれば『主』とやらに聞いてみたくなった。
機会があれば、の話だが。
徐々に光が弱まり……そして消えた。
宙に浮かんでいる11個の玉の色は――白が7つに赤が3つ、金がひとつ。
「さ、最低保証……」
理沙は愕然とした。
最低保証とはガチャが保証する最低限のレア排出。今回の場合はSレアひとつ。
ソシャゲだったらよくある光景だ。残念なことに、ここはファンタジックな現実だった。
「よりにもよってこんな時に……」
小さな手のひらで顔を覆う。泣きたい。
せめて使えるものが出てくれ。そう祈らざるを得ない。
「残念だったミャ。気を落とさずに……ミャ?」
慰めの言葉を掛けてくれる店長が、排出された珠を見て首をひねる。
その金色の瞳の輝きは……宙に浮かぶ白い珠のひとつに注がれている。
沈黙する店長を指の間から見つめていた理沙も、つられてその白い珠に目をやると――珠が震えているではないか!
「……何これ?」
「……たミャ」
「え?」
「来たミャ! 来た来た来たミャミャミャ!」
「え? もしかして……」
理沙はオタクだ。
いくつかのソシャゲを触ってきたしガチャを回したこともある。爆死したこともある。
その経験が……理解させる。今、目の前で起きている現象を! この演出を!
排出された最低レア珠が震えて――ひび割れて――内側から溢れる光の色は――虹!
「キタ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ! SSレア!」
少女の白くて細い喉から迸った声はもはや絶叫に近い。
極限にまで高まった緊張感が、圧倒的なカタルシスへと変換される。
ガチャを引いてよかった。麻薬じみた快感が理沙の小さな身体を熱く焦がした。
……完全にダメ人間の発想であった。こういう奴はいずれまたガチャを引いて爆死する。
「やったミャ、お客さん!」
「キャ―――――! 店長、アタシやったわ! いぇ―――――い!」
理沙と黒猫店長は互いに抱きしめ合って喜びを交わす。
約束された未来の爆死は置いておく。
今はこの奇跡を祝いたい。
「それじゃ早速……オープンミャ!」
店長の言葉と共に11個の珠がひと際大きく輝き、中に封じられていたモノが正体を顕わす。
――――
ポーション (N)
100マネー (N)
ポーション (N)
100マネー (N)
ダガー (N)(装備品)
100マネー (N)
プチデビルビキニ(R)(装備品)
プチデビルブーツ(R)(装備品)
ハイポーション (R)
フルポーション (SR)
ピンクハート (SSR)(装備品)
――――
「こ、これは当たりなの?」
おそるおそる理沙が尋ねる。
マネーとポーション類はともかく、肝心の装備品がよくわからない。
ビキニって水着のアレ?
メチャクチャ守りが薄そうなんだけど。
SSレアのピンクハートに至っては……装備品であること以外何もわからない。
――ピンクハート……ハートって心臓?
少女は胸に手を当てた。
脂肪の塊は薄く、しかし柔らかな感触を伝えてくる。
その奥から確かな鼓動を感じる。ロックバンドのドラムのように激しい鼓動を。
「お客さん……気を強く持つミャ」
「え?」
黒猫店長は理沙の肩をポンポンと叩いた。
薄い布を通して感じるぷにぷにの肉球がちょっと気持ちいい。
しかし……そのあまりにも神妙な声が、今はとても恐ろしい。
「……気を強く持てって……ひょっとして……」
「その……何と言えばいいかミャ、みゃ、みゃ~」
「ハズレア?」
理沙の乾いた声に、黒猫は形用しがたい表情を浮かべた。




