第32話 実は地上とも遣り取りがありました
本日は2話投稿となります。
これが1話目です。
「これで……ラスト!」
気合とともに振り下ろされたバトルアックスが、膝をついたホブゴブリンの脳天をカチ割った。
汚らしい液体をまき散らしつつ光の粒となって消えた後には、いつものとおり魔石が残る。
「こっちもっ!」
ひと房の黒髪を靡かせた少女が、石畳の通路にわだかまる闇を薙いだ。
この一撃で上半身と下半身を真っ二つにされたゴブリン、その数3匹。
じゃがーのーと理沙と剣士瑞希のコンビは、もはや地下17階に敵なしであった。
経緯はどうあれ、隻眼のオークを討伐したことがふたりにとって大きな自信の源となっている。
理沙の傍に大きすぎる棍棒を担いだゴブリンはいない。
彼のゴブリンは死に瀕して魅了スキル『ピンクプリズン』の効果によって命を繋ぎ、理沙専用の『モンスターカード』となって少女の中で眠り続けている。
毎朝目覚めるたびにカードの状態をチェックするのだが、HPの回復がとにかく遅い。
あれから5日が経過しているというのにHPはようやく10に到達したところ。
『一度死亡スレスレになってしまっているから、十分に回復するまでは呼び出すべきではない』というケットシーの助言に従ってはいるものの、そのあまりにも遅々とした回復速度に金髪の少女はストレスを溜め続けている。
そのフラストレーションの捌け口は、もちろん地下にたむろしているモンスターたち。彼らにとってはたまったものではないだろう。理沙の知ったことではないのだけれど。
もちろん、ふたりはただ闇雲にストレスを解消しているわけではない。
レベル上げのためだけに戦っているわけでもない。やるべきことは色々と山積み状態なのだ。
もともと地上脱出のために準備していた大量の薬品は、ゴブリンの命をギリギリまで持たせた結果失われており、これの補充がまず第一。
これまで前衛の経験が少なかった理沙の戦闘訓練も大きな理由のひとつである。
安全地帯でない地下19階で初めての野宿も体験済みだ。理沙と瑞希が交代で見張りを行い一夜を過ごした。
念のため地下20階への階段のすぐ傍で寝起きしたし、この階層には基本的に雑魚ゴブリンしかいないはずなのだが……ふたりとも十分な休息が得られたとは言い難い状況だった。
地上への脱出を図る前に、あと何度か経験を積む必要があるだろう。
脱出計画を進める一方で頭を悩ませている問題もある。
オーク討伐によって理沙も瑞希もレベルがさらに上がったものの、そこから後はどうにも手ごたえがないのだ。
さらにホブゴブリンたちを楽に倒してマネーをゲットできても、使い道が段々となくなってきている。
黒猫商店の品揃えはなかなか充実せず、理沙たちの装備は一向に更新されていない。
ここへ来て、どうにも強化に頭打ち感が出てきたことを認めざるを得ない。
だったらいっそのことオークが歩き回っている地下21階にチャレンジしてみるかと階段を降りたはいいが……これまでと全く異なる重苦しい深層の空気に耐えられず早々に退散する羽目になった。
「ゲームだったら最下層のボスを倒したら脱出できるとかあるんだけど……」
「今の私たちには難しそうですね」
「ええ……」
あのオークと同等以上のモンスターと戦いながら見果てぬ最下層へ降りるぐらいなら、たとえ遠かろうが普通に地上を目指した方がマシだと意見が一致した。
ふたりで通路を警戒しながら、黒猫店長が持たせてくれた弁当を口に運ぶ。今日は冷めても美味しいホットドッグ。プリプリのソーセージにマスタードとケチャップがたっぷり。
「自衛隊の方はどうなっているって?」
口元を指で拭った瑞希が尋ねてくる。
「あっちは地下11階だったかしら」
理沙はホットドッグを頬張りながら天井を見つめた。
★
瑞希と出会った直後のことである。
『Eちゃんねる』の救援要請スレに、動画と合わせて書き込みをした翌日の夜。
自室の戻って日課のスレ巡回を行っていた理沙の蒼い瞳がある一点に吸い寄せられた。
【ロリ】更級理沙スレその3【ツインテール】
「あ、アタシのスレが立ってる……」
理沙はオタクではあったが、それほど目立つ存在ではなかった。
モブオタクである。匿名掲示板に自分のスレが立ったことなどない。
経緯はどうあれ、自分の名前が冠されたスレを目の当たりにして、胸が熱くなった。
――とは言うものの……
見るべきか見ざるべきか。
ベッドの上で理沙は煩悶し――そして好奇心に負けた。
おそるおそるスレッドを開くと、そこは想像以上のカオス空間であった。
書き込みの大半は理沙の容姿を褒め称えるもので、中にはかなり性的なものもあった。恥ずかしいやら照れくさいやら、誰も見ていないのをいいことにベッドの上で身をくねらせた。
15歳の少女がたったふたりでダンジョンの奥に放り込まれていることを真剣に心配する書き込みがあり、これはただのイタズラだと揶揄する声があり、『E-tube』の動画の信頼性に対する賛否があった。
――まぁ、こういうもんよね……
頬を赤らめつつ書き込みを遡っていくと、予想どおりスレッドの発端は件の動画だった。
顔と名前を出して動画を投稿すると決めたときに、こういう展開になるかもしれないとは思っていた。
露出の多い『プチデビルシリーズ』を纏った自分が周りからどう見られるか、わからない理沙ではない。それでもロリ呼ばわりはちょっとイラっとした。難しい年頃である。
タイムスタンプを確認すると、救援要請スレに動画を投稿してから理沙スレが立つまでの時間、僅か5分。
「ははは、こやつらめ……」
いかにもな流れに、実のところ少し安心した。
と言うのも……肝心の救援要請スレの方では理沙の動画があまり話題になっていない。
もともと機能不全を起こしていたスレッドだから仕方がない……と諦めてしまってはリスク覚悟で動画をアップした意味がない。
何はともあれ理沙たちの話題を単独スレッドで語り続けてくれるのは助かる。
しばらく様子を見てから瑞希と相談し、固定のハンドルネーム(コテハン)をつけて書き込みを行うことを決めた。
――――
【ロリ】更級理沙スレその4【ツインテール】
384、リサ
アタシが見てないと思って好き勝手やってくれてるわね
――――
その書き込みに対する反応は劇的なものだった。
『本人降臨キター』
『偽物乙』
『それもアタシだ』
などなど……
信じてもらえないだろうなとは思っていた。
逆の立場だったら、自分だって容易に真に受けたりはしない。
だから――理沙はあらかじめ決めていた書き込みを行った。
――――
666、リサ
動画その1○○○○
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――――
667、リサ
動画その2○○○○
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668、リサ
動画その3○○○○
――――
続けざまに動画を投下。
内容は地下での生活を語ったありふれた(?)トークがひとつ。
そして――実際に地下19階でゴブリンと戦っているところを撮影したものをふたつ。
『え、ガチ?』
『マジ本人!?』
『ロリ可愛い美少女キター』
『黒髪で巨乳の剣士とか、これはくっころ案件』
……あとの方はともかくとして。
その後も定期的に動画を投稿することによって、『リサ』が『更級 理沙』本人であることを証明し続けた。
日々の進捗状況や自分たちの能力、出現するモンスターとその対策などなど話題に事欠くことはなかった。
ほかのスレッドを見る限りでは、地上ではダンジョンは各国の軍隊(日本の場合は自衛隊)によって封鎖されており、一般人が中に入ることはできない状態らしい。
と言うのも、ダンジョンができたあの日、理沙のように巻き込まれた形ではなく自らの意思でダンジョンに潜った一般人が多数いたのだ。
彼らは一様に『E-tube』で生配信を行い(ダンジョンではインターネットが使えない)、その大半が公衆の面前でむごたらしく命を散らせていった。
状況を重く見た各国政府は異例の速さで軍隊(日本の場合は自衛隊)をダンジョンに派遣して即日これを閉鎖。
テレビやラジオ、インターネットなどあらゆるメディアを通じて、国民にダンジョンに足を踏み入れないよう連日のように要請のコメントを繰り返した。
だからこそ、みな飢えている。
この新しい世界の最先端のフィールドであるダンジョンの情報に。
そんな状況だからこそ、齢15の金髪ツインテール少女が毎日のように更新する動画にアクセスが集中した。
理沙は動画を投稿する傍ら、スレに集う住民の質問にも可能な限り答えるようにした。
スレ民との交流を進めると同時に、救援要請動画のアドレスを何度も張り直した。
もともとこの動画の信憑性を高め、興味を持ってもらうことが目的だったのだ。スレ民とのやり取りに熱中し過ぎているのは本末転倒。
そして連日沸き立つスレに、ついに待ち望んでいた書き込みが行われた。
――――
【ロリ】更級理沙スレその64【ツインテール】
459、内藤二曹
こちら陸上自衛隊鷹森駐屯地の内藤二曹です。
更級さんたちの救援活動が正式に開始されることになりました。
つきましては隊員がおふた方のもとにたどり着くまでの間、身の安全を最優先に考え、拠点に立てこもっていただけませんか。
――――
自衛隊がふたりの救援活動を行うというアナウンス。
理沙たちの地元である鷹森市にはもともと陸自の駐屯地があることは知っていた。
自衛隊のお膝元で声を上げ続ければチャンスはある。見込み通りの展開だ。
しかし、念には念を入れることは忘れない。
――――
541、リサ
自衛隊? 本物?
こんなこと言いたくないけど、証拠はあるの?
――――
この手の掲示板で厄介なのは、書き込みが本物であるか否かを確認することが難しいということ。
理沙は複数回の動画を投稿することで真実味を演出した。
対する自衛隊の反応は――想像以上に早かった。
――――
563、内藤二曹
疑われるのはもっともです。
こちらも動画を投稿します。
○○○○
○○○○
○○○○
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すかさず投稿された動画にアクセスすると、どこかで見たような自衛隊の衣装(迷彩服)に身を包んだ3人の人間が敬礼していた。
真ん中に直立しているのは、あまり自衛隊らしくないと言っていいのか……垢抜けた印象の女性。見た感じ年齢はまだ20代。
浅黒く日焼けした肌、後ろでひとまとめにされた黒い髪と黒い瞳。日本人の特徴を備えつつも日本人離れしているように見える顔立ち。
人懐っこい笑みに何処となく違和感を覚える。動画での自己紹介によると、このエキゾチックな女性が『内藤二曹』とのこと。
件の書き込みの主が女性だったことは、理沙にとっては少し意外だった。
彼女の後ろに控えているのは筋骨隆々としたいかにも堅苦しそうな大男と、ちょっとチャラめの細身の男。
迷彩服の三人は自身の所属する部隊と官名を名乗り、身分証を明らかにした。どうやら偽物ではないようだ。
――――
620、リサ
動画見たわ。疑ってごめんなさい。
それで救助に来てもらえるって話だけど、どれくらいかかりそう?
――――
――――
680、内藤二曹
信じていただいてありがとうございます。
我々は現在4チームで鷹森ダンジョンを進行中です。
現在第3階に降りる階段を発見しました。
ゴブリンと呼称されるモンスターを排除しつつ前進を続けています
――――
この書き込みがなされたのは、理沙たちが地下17階に挑んでからしばらく後のこと。
地下では少女ふたり(とゴブリン一匹)がホブゴブリンを相手に奮闘しているのに、自衛隊が地上からおっとり刀で駆けつけながらゴブリンと戦っているという状況にスレが荒れた。
『自衛隊遅いよ、何やってんの!?』と。
理沙としても悩みどころではあった。
自衛隊が助けに来てくれることは素直にありがたい。
しかし、いくらなんでも彼らの歩みが遅すぎる。
いつまで待てば地下20階まで助けが来るのか……
――――
740、リサ
助けに来てもらえることは感謝するわ。
でも、アタシたちはアタシたちで攻略を進める。
マネーを稼がないと宿に泊まれないし
――――
『内藤二曹』は、その後も何度も理沙たちにダンジョン攻略を思いとどまるよう根気よく書き込みを続けた。
しかし理沙は理沙で戦わなければならない事情があることを伝え続けた。
拠点となる地下20階で引き籠るにしても、稼ぎがゼロでは追い出される。身も蓋もない地下のルールだ。
あまり直截的には口にしなかったものの、自衛隊の救助を待っていてはいつになったら地上に戻れるのか気が気でないという思いもある。
理沙も瑞希も一応この春から高校生になったはずなのだが、まったく学校に通うことができていない。このままでは留年までありうる。
21世紀の日本に生きるごく普通の高校生(?)として、それは望ましい展望ではない。悪いことしてないのにダブりなんてたまらないんですけど!?
理沙の懸念するところに自衛隊側も気が付いたようであった。
その証拠に、スレに書き込まれる自衛隊の進行速度が明らかに上がっていったのだ。
そこにいかなる力が働いたのか、いまだ15歳の少女に過ぎない理沙には想像もつかない。
――――
【ロリ】更級理沙スレその108【ツインテール】
332、リサ
早く助けに来てくれるのは嬉しいけど、そっちは大丈夫なの?
――――
これまで頻繁にスレッドでやり取りしていた『内藤二曹』からの返答はなかった。
それが隻眼オークを討伐して二日後のことである。
以後は『名無しの自衛隊員』を名乗る書き込みが淡々と進捗を書き込んでいる。
現在は地下11階を攻略中とのこと。互いの距離は……あと少しのところまで来ている。
互いに手を伸ばせば届きそう。でも、その『あと少し』をいかにして詰めるか、そこが問題なのだ。
新しい世界の新しいルール、そして新しいフィールドたるダンジョンが相当な曲者であることは、もはや周知の事実であった。
2話目は掲示板回になります。




