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第3話 お約束のステータスオープン!

本日3話目です。


『地下20階』


 喋る黒猫からもたらされた情報は、疲労の限界に達していた理沙(りさ)から容易に意識を奪っていった。

 ……次に目が覚めた時、少女はベッドに寝かされていた。

 ゆっくりと見開かれた視界に入ってきた天井は年季の入った木製で、チラリと視線を傾けてみると、そこにはやはり木製のテーブル。

 

――夢、だったの?


 ほんの一瞬そんな考えが頭をよぎりはしたが、すぐさま意識は現実に引き戻された。

 自宅のベッドはもっとフワフワでフカフカだし、部屋はここまで殺風景ではない。

 付け加えるならば、心配そうにのぞき込んでくる二足歩行の黒猫など飼っていない。


「アタシ……」


 上体を起こして軽く頭を振ると、ツインテールが解かれた金髪が波打つように揺れた。

 身体を見下ろすと、オークに引き裂かれたスウェットの残骸は脱がされており、小ざっぱりした貫頭衣を纏っていた。

 理沙にはこんなものを身につけた覚えがないので、誰かに着替えさせられたのだろう。

 そしてこの場にいるのは理沙を除けば……思わずジロリと黒猫を睨んでしまう。


「そんな目で見られても困るミャ!」


「……そうよね。裸よりマシだわ」


 これはきっと親切の類だろうと納得し、追及は諦める。

 いくら喋ると言っても相手は猫だ。気にすることはないと何度も自分に言い聞かせた。


「アタシ、どれくらい寝てたの?」


 理沙の問いに、黒猫は3時間ほどと答えた。

 疲れ切っていた割には短いな、と寝ぼけた頭で独り言ちる。

 ……まぁ、危険極まりないダンジョンの中で寝入ってしまうのもどうかと思う。

 この黒猫からは敵意の類は感じないが、そうやって懐に入り込んできてグサリ……なんてことがあるかもしれない。

 でも、自分を心配してくれる黒猫の言葉にも仕草にも、疑わしい点は見当たらない。

 疑い出したらキリがない。


――斜に構えるのも考えものね……


「遅くなったけど、具合はどうかミャ?」


「具合……悪くないわ」


 軽く手足を動かしてみても違和感はない。とりあえずわかる範囲ではあるが。

 気を失う寸前と比較しても、少しでも休めたお陰か今の方が大分マシである。


「よかったミャ。いきなり倒れたからびっくりしたミャ!」


「それより、ここはどこ……じゃなくて、ここは何なの?」


 ここはどこかと問えば、きっと答えは『ダンジョンの中』と返ってくるだろう。

 外の景色は地上にしか見えないけれど、理沙の知る限り近所にこんな場所はない。ならばきっと地下なのだろうと当たりをつける。

 ……『実は異世界ミャ!』とか言われると、あまりに唐突な展開過ぎて途方に暮れてしまいそうだ。


 兎にも角にも……問題はそこではない。ここはダンジョン、それでいい。諦めるし受け入れる。

 重要な点は、なぜモンスターが徘徊する(と思われる)ダンジョンに、こんな平和っぽいエリアがあるのか。

 つまり『ここは何?』ということになる。『どういう場所?』と言い換えた方が良いかもしれない。

 黒猫は理沙の問いに首をかしげ、


「だからここは『黒猫商店地下20階支店』だと言ってるミャ」


 言葉は通じているのに意味は通じていない。

 種族の差か? それとも単に説明不足なだけか?

 どちらもありそうだ。


「いや、それはもう聞いたけど、そうじゃなくって……」


「じゃあ、何が聞きたいのかミャ?」


「えっと……」


 黒猫の問いに理沙はしばし黙考。そして溜め息。

 きれいな言葉でまとめることを諦めて、ひとつずつ疑問をぶつけていく。

 その結果――


 ・ここはモンスターが入ってこられない安全地帯。揉め事御法度。

 ・『黒猫商店』はその名のとおり商店であり宿屋であり、その他さまざまなサービスを提供している。

 ・もちろん有償。地獄の沙汰も金次第。

 ・世界各地で発生したほかのダンジョンにも支店が存在する。


「だから、正確には『黒猫商店ダンジョンナンバーXX地下20階支店』になるミャ」


『地下20階』を強調するのは止めてほしかった。

 しかし苦言を真正面からぶつけるのは理不尽であろうし、自分を助けてくれた相手に対して失礼であろう。

 少女はモヤモヤしたものを胸に抱えながら話題を変える。


「ふ~ん、それであなたはいったい何者なの?」


「自分はケットシーミャ」


 その種族名は理沙の記憶(と言うか知識)に存在するものと一致した。

 猫人と呼称されることもあるが、実際は妖精の一種とのこと。

 主にダンジョンで商店を経営しているらしい。

 黒猫はなぜか胸を張った。今の説明のどこに自慢する要素があるのか、よくわからなかった。


「……ということは、地球アップグレードの人が言ってた『主』の知り合いだったりするわけ?」


 この問いに黒猫は首を横に振った。


「だったら、あなたたちはどこからやってきたの?」


「妖精界ミャ! 自分たちは『御使い』様と契約してこの場所をお借りしてるミャ!」


 妖精界とは文字どおり妖精が住まう世界。

 ヒトの世界とは異なる理によって形作られた世界であり、このネコは『御使い』と呼ばれる存在(『主』に代わって先ほどの宣告を行った声)と契約しているという。


「じゃあ、『御使い』さんの顔を見たことは?」


「ないミャ! お手紙で『いい場所があるからお店出してみない?』って誘われたミャ!」


 想像以上に杜撰(ずさん)な経緯だった。

 他人事ながら心配になってくるほどに。

 少なくとも『地下20階』という立地はダメだろうと思うのは、理沙が地上の人間だからだろうか。


「お客さん、そんなことも知らんかったのかミャ?」


「知らないわよ。当たり前みたいに言われても困るし」


「でも、基本的なことはマニュアルに書いてあるミャ」


「マニュアル? 何それ、どこにあるの?」


「どこって、ステータスから見られるミャ……もしかしてステータスの確認もせずにここまでやってきたミャ?」


 黒猫の眼差しが胡乱(うろん)げだった。

『アンタ何やってんの?』と金色の瞳が語っている。

 まったくもって心外だった。


「し、しかたないでしょ! いきなりダンジョンに放り込まれてオークに追いかけられたんだから!」


 むしろここまで無事(?)に生き残った自分を褒めてもらいたいくらいなのだが。

 チュートリアルもなしに地下21階に初心者を投げ込むとかどんな運営なのか、文句のひとつも言いたくなる。

 その旨を正直に告げると、


「当店では不具合に関わるクレームは受け付けておらんミャ」


 黒猫は露骨に目を逸らせた。

 理沙も別に黒猫が悪いとまでは思っていない。

 このケットシーはゲスト的存在であり、悪いのはホスト役の『主』だか「御使い』だかであろう。

 

「まぁいいわ。それよりステータスよ」


 気を取り直して目を閉じる。

 薄い胸に手を当てて軽く息を吸って、再び目を見開いた。

 心臓はドキドキ、テンションはアゲアゲ。少女は叫ぶ。


『ステータスオープン!』


 理沙の声と共に、眼前の空間にウィンドウが広がった。ガッツポーズ。

 ゲームの画面が現実に顕れたようで……想像してはいたけれど、やはり驚きも感動もひとしおである。

 なお、理沙はその手の創作物をかなり摂取していたので、疑問や不信は特に抱かなかった。


「ちなみにステータスは基本的に本人以外には見えないミャ」


「例外はあるってことね?」


「……黙秘するミャ」


――鑑定スキルみたいなものがあるのかしらね。


 両親から受け継いだ知識とソウルが、アップグレードされた地球の新ルールに対する理解を速めてくれている。


――ありがとう、パパ、ママ。


 理沙はここに居ない両親に心の中で感謝した。方向性はともかくとして。

 年明け以来顔を合わせていないふたりを想い、その安否を願った。


「とりあえず、今はアタシのステータスを……」


 そして自分のステータスに視線を走らせる。


――――


 名 前:更級 理沙 (さらしな りさ)

 種 族:人間

 年 齢:15

 職 業:女子高生(?)


 身 長:149センチ

 体 重:41キログラム

 体 型:75-54-80


 ギフト:コスプレ

 スキル:なし


 レベル:1

 H P:20/20

 M P:10/10


 攻撃力 :5

 守備力 :5

 素早さ :7

 魔法攻撃:5

 魔法防御:5

 運   :10


 装備品:なし


――――


「ギャ――――――ッ! 閲覧禁止!」


 理沙は反射的にステータスを閉じた。


「だから本人以外には見えんミャ」


「それはそうだけど……酷くない、これ?」


「ひょっとして……弱いのかミャ?」


「体重とかスリーサイズとか、デリカシーなさすぎ!」


 少女はベッドの上で頭を抱えてのたうち回った。

 黒猫の視線を感じる。これは……残念なものを見る視線。


「……その辺はマスクできるミャ」


「え、本当? どうやるの?」


「隠したいデータを指でなぞればいいミャ」


 身長や体重、体型あたりの重要度が低いデータは秘匿できるとのこと。

 だったらイチイチ載せるなと文句のひとつも言いたくなるところだ。


「……よかった。『御使い』だか『主』だかをぶん殴ってやろうかと思った」


「そんな理由で反逆するのはオススメせんミャ」


 生暖かい眼と呆れかえった声。

 この黒猫は乙女を理解していない。多分オスだ。


「で、どうミャ?」


「う~ん」


 再びステータスを開いてひとつひとつの項目をチェックする。

 ギフト、スキル、そして各種ステータス……

 いまだこの新しい世界のルールや基準を理解できているとは言い難いが、


「ハッキリ言って弱い……と思う」


 自分の能力を数値化されて見せつけられると、ため息が出てしまう。数字は嘘をついてくれないから。

 これまでに理沙が目にしてきたラノベやネット小説の冒頭では、しばしば主人公たちがステータスを見て盛り上がるシーンがあったけれど……あれは強いからこそ物語になると思い知らされた。

 理沙のステータスは……かなり厳しい。こんな数値を見せられても悲しみが増すばかりだ。

 黒猫店長曰く、ここはダンジョンの地下20階。

 ごく普通に考えればダンジョンという奴は、地下深く潜れば潜るほど強い敵が出てくるはず。

 つまり現在の理沙は敵陣のど真ん中でレベル1スタートとなるわけで、


「これは詰んでるんじゃ……」


「そこまで絶望するほどかミャ?」


 心配そうに見上げてくる黒猫に向けて、おずおずと頷く。

 下層から上がってきた人間がそんなに弱いはずがない。

 きっとそれがダンジョンで商売を営む者の常識なのだろう。

 このケットシーには理沙を取り巻く状況が上手く伝わっていないようだ。


「ちなみに、ここって救助が来るまでタダで待たせてくれたりは?」


「ウチは商店だからお金は頂くミャ」


「お金って、円? それともドル?」


 理沙はお金を持っていない。

 ウエストポーチに財布を入れていたけれど、オークに捕まりそうになった際に引きちぎられてしまった。

 あれを今から回収して来いと言われると……

 オークの威容、自身に向けられていた悪意と暴力を思い出し、全身から変な汗が出てくる。

 身体が強張り、口の中がカラカラになる。

 しかし、これは理沙の杞憂に終わる。


「ウチが扱っているのはマネーだミャ」


「マネー?」


 理沙はオウムのように黒猫店長の言葉を繰り返す。

 マネーと言えばお金の英訳だが……この話の流れから察するに、


「ダンジョン……というか、このお店専用の通貨か何かかしら?」


「そうミャ。ウチ以外でも提携店ならどこでも使えるミャ」


 どっちにせよ、手持ちがないことには変わりなかった。

 開始早々ダンジョンの奥に放り込まれ、ステータスは残念、装備もお金も何にもない。

 襲いかかってくるモンスターはやたらと好戦的で狂暴。あと強そう。

 

――クソゲーかな?


 理沙は(いぶか)しんだ。

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