第22話 瑞希はいかにして戦うべきか?
「私、どうやって戦えばいいと思いますか?」
風呂から上がったふたりは部屋着に着替え、食堂でテーブルを挟んで向かい合っていた。
今日の夕食のメニューは名前も知らない魚のムニエルと謎野菜のスープ。そして焼きたてのパン。
『この魚はどこからやってきたのか?』という疑問はあったが、それを言うなら野菜やパンも似たり寄ったりなので考えるのは止めた。
暖かくて美味しくて栄養バッチリ。お腹いっぱい。それでいいじゃないか。
愚にもつかない世界設定にツッコミを入れるのは置いといて、今は瑞希の問題である。
「そうねぇ……」
腕を組んで天井を見上げる。
パーティーメンバーが増える。これもまたRPGの醍醐味のひとつ。
新キャラはどういう能力を持っているのか、どういう風に育てるのか。
既存の面子とうまくかみ合うか。誰も気づいていない運用法はないか。
考えることが増えるというのは厄介なことであり、同時に楽しいことでもある。
板張りの空を暫し眺め、頭の中でアイデアをまとめていく。そして――その全てを捨てた。
再び瑞希に向き直り、口を開く。
「それは……瑞希が自分で考えなきゃダメだと思う」
理沙の答えに、瑞希は大粒の黒い瞳を潤ませた。
突き放されたと思ったようだ。
「あ、ちが……そう言うことじゃなくてね」
「……じゃあ、どういうことなんですか?」
口をとがらせる瑞希の態度にヤバみを感じる。黒い瞳が剣呑な輝きを放っている。
ゴクリと唾を飲み込んだ理沙は慌てて脳内に浮かび上がっていた論点を整理し、ひとつひとつ解説を始めた。
「目下のところアタシたちの目的はこのダンジョンからの脱出。これはいい?」
瑞希は頷いた。
不承不承と言った体で。
「でも、仮の話だけれど……いや、仮の話だったら困るんだけど、アタシたちが無事に脱出できたとして……それでハッピーエンドってことにはならないと思う」
理沙の言葉に瑞希の瞳は困惑の色を浮かべている。
「アップグレードされた新しい世界はダンジョンがあって、マナがあって……きっと地上だって、アタシたちがこれまで暮らしてきた世界とは根本的に別のものになっちゃうはず」
あの『声』はダンジョンを『マナ生成装置』と呼称していた。
ならば今はダンジョンの中だけに存在している(と思われる)マナは、遠からず地上にも散布されるのだろう。
その結果……これは理沙の推測に過ぎないが、いずれ地上世界は現実とファンタジーが入り混じったモノになる。
何の根拠もないけれど『Eちゃんねる』でも大体同じ意見が多数を占めている。
世界を守るためにダンジョンを破壊すべしという声も上がっているが……ダンジョン暮らしの少女としてはその案は現実的ではないと言わざるを得ない。
「つまり何が言いたいかというと……地上にもモンスターが現れて、アタシたちはそいつらと戦うことになるんじゃないかな、と」
おそらくこれからの世界に生きる人間は、ダンジョンやモンスターと切っても切れない関係を強制的に築かされる。
瑞希は口を閉ざしたまま、目だけで理沙に話を続けるよう促してくる。
「そこにあるのは命のやり取りで、だからアタシたちは自分が満足する……と言うか納得できる選択肢を自分で選ぶべきだと思うの」
幾つものRPGをプレイしてきた理沙にとって、今このダンジョンを突破するために欲しい戦力は割と明白だ。
回復魔法に攻撃魔法の使い手、そして罠を解除する盗賊のポジション。
アタッカーは下僕ゴブリンが育っているようだから、前衛ならば盾役が欲しい。
でも、それらの役割を瑞希に押し付けるのは違う気がする。
世界がアップグレードされた4月1日以来、理沙はダンジョンの中で生きて、戦って、誰かの命を奪ってきた。
一歩間違えれば、どこかで殺されていてもおかしくなかった。『死』は常に少女の傍にあった。
この新しい世界では、誰にとっても『死』が近い。かつて『死を想え』と謳ったのは誰だっただろう?
そんな『死』が身近にありすぎる世界だからこそ、そこに生きる人間は誰もが自分の意思で進むべき道――それは戦い方から生き方まで広範にわたる――を定めるべきだと思ったのだ。
理沙は当面の間は瑞希と行動を共にするつもりではいるが、ずっと一緒にいられるという保証はない。
……想像したくもないけれど、これからの探索行で先に脱落してしまう可能性は否定できない。
瑞希がひとりきりになった時に、あるいは瑞希が自らの『死』と相対した時に、後悔してほしくなかった。
流暢とは言い難い語り口だった。途切れ途切れになりながらも、どうにかこうにかそこまで言葉にして――
「ううん、違う。そうじゃない。死と真正面から向かい合えば、きっと誰だって後悔する。自分以外の誰かのせいにだってしたくなる。黙って死を受け入れられるとか、それなんて聖人って話……だから、きっと……えっと……」
少女は頭を振って自身の言葉を否定した。黄金のツインテールが緩やかな弧を描く。
心の中に答えはあるのに……ニュアンスを歪めずに伝える適切な表現が思いつかない。語彙力のなさを痛感させられる。
瑞希は言葉を詰まらせてしまった理沙の意思を汲もうと、金色の眉を寄せた少女の顔をしばらくの間じっと見つめ続けた。
瞑目。そして――
「理沙さんのおっしゃりたいことを完全に理解できたとは思いません。でも、理解したいとは思います」
その上で、と瑞希は続ける。
決意を漲らせた黒い瞳が蒼い瞳とぶつかり合う。
「私は……戦いたい。モンスターなんかに負けたくありません。自分の道は、自分の手で切り拓きたい」
凛とした声。
黒い眼差しの先でギュッと手を握りしめる。
『切り拓く』と瑞希は決めた。
誰かに任せるのではなく頼るのでもなく、自らの手で。自らの意思で。
黒髪の少女が選んだ道は――アタッカーだった。
★
「瑞希はこれまでどんな暮らしをしてきたの?」
黒猫店長が運んできてくれた食後のコーヒーを啜りながら、そんな話を振ってみた。
進むべき道筋は定まったものの、ひと口にアタッカーと言っても使う武器から戦い方までバリエーションは様々。
瑞希の15年の人生の中に、モンスターとのバトルの参考になりそうな経験があればと淡い期待を抱いてのことだ。
……どんな経験だよ。理沙は金色の髪を弄りながら心の中で突っ込んだ。
「私は神社の生まれで……子どもの頃からずっと両親や祖父母を見て育ってきました」
アタッカー志望の少女の実家は神職だった。
どこか世間ずれしていない様子ではあったが、まさかそっち系とは。
いきなりの誤算に理沙は顔を引き攣らせた。
――いやいや、宗教関係者がバトルって展開はよくあるから……
これまでに読み込んできた漫画やラノベを思い出し、強引に自分を納得させた。
「みんな優しくておおらかで、でも時々厳しくて……」
長いまつ毛を伏せて、揺れる琥珀色の水面を見つめつつ、黒髪の少女は言葉を紡ぐ。
朝は早くに目を覚まして水垢離、そして境内の掃除。
神社の娘として様々な祭事について教わる日々。
学校では真面目に勉強や運動に励んできた。
『優等生』と呼ばれたこともあると、はにかみながら付け加えた。
「神社で鷹森って、鷹森神社?」
理沙の言葉に瑞希は頷いた。
鷹森神社は理沙たちが住まう街の最も大きな神社である。
年末年始には大勢の参拝客が訪れ、ローカルテレビの取材もやってくる。
その時期には一家揃って聖地有明に足を運ぶ理沙にとってはあまり縁がなかったが、地元民として名前ぐらいは聞き知っていた。
とりあえずここまで聞いた限りでは……あまり戦闘の役に立ちそうな情報はない。
「ギフトは『生存本能』だっけ? どんな効果なの?」
瑞希は首を横に振った。
「それがよくわからないのです」
『よくわからない』と答える瑞希の言っていることの方がよくわからなかった。
「ジーっと見つめたら詳細が表示されるはずだけど」
「『いかなる時にも生還を諦めない。それは魂に刻み込まれた定理』だそうです」
「……何それ」
「さぁ……」
持って回った書き振り。意識高い系か。
具体的な性能が記されていない、クソみたいなフレーバーテキストだった。
もちろん本人の前でそんなことを口にはしない程度の分別はある。
「ネガティブな意味ではなさそうよね」
「ですね」
ふたりしてうんうんと頷くも、結局のところ何の指針にもならないことに変わりはない。
理沙のギフトである『コスプレ』のテキストと同一人物が執筆したように見えない。
ひょっとしたら設定担当あるいはライターは複数存在しているのだろうか?
世界に秘密に迫りそうな重要な疑問だったが……ぶっちゃけ、どうでもいい。
「う~ん……だったら、瑞希に『こういう風に戦いたい!』って言うのがあれば、そんな感じでやってみたらどうかしら?」
「……考えるのが面倒になってません?」
ジト目で返される。
図星だった。
「まさか。『なりたい自分を目指す』ってのは大切かなって」
とってつけたような言い回し。舌がくるくる回る回る。
いいことを言っているようで実際は何も言っていないのと同じだ。
しかし当の本人は理沙の言葉に思うところがあったようで……
「小学生の頃……クラスのみんなが遊んでたゲームがあって、でも私は買ってもらえなくて」
「どんなゲームだったの?」
「えっと……主人公はどこにでもいる普通の村人で、村に祭られていた伝説の剣を抜いちゃって、異世界からやってきた魔王と戦う話だったと思います」
「ああ、あれか」
日本人なら誰でも知っているような国民的RPGだった。
理沙はプレイしたことがあった。もちろんクリアしている。
「伝説の剣を構えた主人公がカッコいいなって……変ですよね?」
「え、どこが?」
頬を赤らめる瑞希に素で返す。割と本気で恥ずかしがるポイントがわからなかった。
古今東西、物語の主人公に憧れるというのは別に珍しい話ではない。
現代にあってはゲームがその役割を担っているということだ。
「と言うことは、瑞希は剣士希望?」
瑞希はこくんと頷いた。
『剣士』と聞いて、理沙の脳裏に閃くものがあった。
「だったら、この剣使ってみる?」
ウインドウを操作して『魔剣ストームバイト』を出現させる。
ホブゴブリンの腕を容易に切り裂いた魔剣は、鞘に納められたままでも得も言われぬ迫力がある。
「それは理沙さんの……」
「理沙。呼び捨てでいいから」
理沙の方は割と初めから瑞希を呼び捨てている。
同い年に『さん』付けされるとむず痒くて仕方がない。
どさくさ紛れに呼び捨てするよう、提案を滑り込ませておく。
「でも、理沙さ……ううん、理沙。その剣は理沙の大切なものなのでは?」
「大切って言うか……売るのは勿体ないと思うけど、このまま倉庫の肥やしにしてても意味ないし」
必要なら使ってもらった方がいい。仲間の戦力向上は歓迎すべきことだ。
『魔剣』『Sレア』などソウルを響かせる要素は多々あるものの、理沙としてはどうしても自分の手元に置いておきたいアイテムではない。
カウンターの方からチラチラ向けられる金色の視線はスルー。
「持ってみてもいい?」
「どうぞどうぞ」
理沙に促されて、瑞希は魔剣を手に椅子から腰を上げる。
わずかだが期待があった。
ステータス補正が後衛寄りのプチデビルな自分では扱いきれないこの魔剣、すらりとした長身の瑞希なら扱えるのではないかと思ったのだ。
だけど――
「重い……」
瑞希の口から零れたのは、理沙が剣を手にしたときと同じ言葉。
――剣を扱うスキルはないし経験もない。無理なのかな……でも……
『Eちゃんねる』の書き込みを思い出す。
木刀で素振りしていたら、いつの間にか『技能・剣』を習得していたというアレだ。
「最初は重いかもしれないけど、そのうち慣れるんじゃないかな?」
しれっとそんなことを宣わってみた。悄然としていた少女は身体を震わせ、顔を上げた。
キラキラと瞳を輝かせる瑞希を見ていると……ちょっとだけ罪悪感が湧いた。




