表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/42

第20話 救援要請

「それで、私はこれからどうすれば……」


 黒猫店長に慰められて立ち直った理沙(りさ)に、ベッドの上から瑞希(みずき)が問う。

 透き通るような声は震え、瞳は不安げに揺れている。無理もない。


更級(さらしな)さんは」


「理沙でいいわ」


「……理沙さんは、このダンジョンを脱出するために上に向かっているんですよね?」


「ええ」


 頷いてみせると、瑞希は無言で視線を落とした。黒い瞳はシーツに波打つ皺をただ見つめている。

 彼女の目には理沙がどのように映っているのか、その内心を窺い知ることはできない。

 しばしの沈黙の後、俯いていた顔を上げた瑞希は真っすぐに理沙と向かい合って口を開いた。


「そのために戦ってるんですよね、あの化け物たちと」


 やや青ざめた唇から放たれた声には、切羽詰まった感情がにじみ出ている。


「ええ」


「……絶対に、戦わなければダメですか?」


 張り詰めていた声は、ここに来て急速にトーンダウン。消え入りそうな弱々しい響きが耳朶を打った。

 瑞希が何を考えているのか、なぜそんなに震えているのか、金髪の少女には手に取るようにわかる。

 なぜなら、それは――かつて理沙自身が通ってきた道だから。


「と言うと?」


 あえて素っ気なく先を促すと、瑞希は視線を外して部屋の中をぐるりと見回した。

 その白い手はギュッとシーツを握りしめている。

 モンスターに追い回された恐怖に心がやられているのだろう。

 やがて彼女の瞳は室内のある一点――この店の主人であるケットシーに向けられた。


「助けが来るまで、ここに住まわせてもらうことはできませんか?」


「マネーさえ支払ってもらえれば、いつまでいてくれても大歓迎ミャ」


「マネー?」


 黒猫の言葉に、瑞希は首をかしげた。

 ダンジョンのアイテムを売り払って手に入れる通貨だと理沙が付け加える。


「ひとり一日100マネーでここに泊まれることになってる」


「100マネーというのは、高いのでしょうか?」


 理沙は首を横に振る。


「ゴブリン――あの小さな奴の魔石5つ分。今のアタシなら楽勝」


 ダンジョンに初めて落っことされた頃ならともかく、今の自分ならふたり分の200マネーでも簡単に稼げると続けた。


「だったら……」


「でも、ここは地下20階。いつまで待てば助けが来るのかわからないのよ」


 生活する分には困らない。

 ただ、いつまでここに居ればいいのか予測が立たない。

 さすがに死ぬまでずっとここに……と言うことにはならないだろうが、残念ながら見通しはよくない。


「助けを呼べたりはしないんですか?」


「そういうサービスは承ってないミャ」


「……できないことはない」


 黒猫店長は否定し、理沙は曖昧に答える。


「できるんですか!?」


「まぁ、その……理屈としてはできる」


 理沙はウインドウを操作して『Eちゃんねる』を表示させた。

 瑞希にも操作を教えて掲示板を見るよう指示する。


「これは?」


「いわゆる匿名掲示板って奴……えっと、わかる、わよね?」


 瑞希は首を横に振った。

 黒髪が重たげに揺れる。


「え、マジで?」


「はぁ」


 念のために尋ねてみただけなのに、まさかこんな反応を返されるなんて……想定外にも程がある。

 21世紀の日本に、インターネットの知識をロクに持ち合わせていない若者がいるとは……

 世界アップグレードだのダンジョンだのよりも、理沙にとっては瑞希の存在の方がよっぽど驚きであった。

 

――箱入り娘かよ?


――箱入り娘っぽいな。


 理沙はひとりで納得した。そんな自分に怪訝な眼差しを向けてくる瑞希に言いたいことは色々あったけど……

 とりあえず、この『Eちゃんねる』は世界中の人間が同時に閲覧し、書き込むことで情報を共有できるサービスであると教えておく。

 しかも匿名でもコメントの投稿は可能だと付け加えた。むしろ匿名性こそが売りであると言い添えることも忘れない。

 実際は色々とややこしいアレコレがあるのだが、一気に説明しても混乱させてしまうだけだろう判断し、説明は最小限にとどめておいた。

 瑞希は興味深げに宙に指を走らせている。いかにもたどたどしい仕草が、初めてインターネットに触れた若かりし頃の己の姿を彷彿とさせる。ほっこりした。


「この『救援要請スレッド』ってのがあるでしょ?」


「……ありますね」


 しげしげと中空を眺めながら瑞希は頷いた。


「ここに書き込めば地上でスレを見ている誰かに、アタシたちの状況を知らせることができるんだけど」


「だけど?」


「ちょっと問題があって……」


 頭を掻きながら理沙は大きく息を吐き出した。

 これから話す内容は……まぁ、ありがちと言えばありがちなものではあるのだが、メチャクチャ気が重くなるエピソードなのだ。説明メンドクサイ。

 でも、黙っているままだと瑞希を納得させることはできない。


――どうせ言わなくても気づくだろうしね……


 長々と掲示板のログを追う徒労を思えば、ここでキッチリ伝えておくほうが良かろう。

 腕組みをしたまま、理沙は再び口を開いた。


 地球アップグレードに伴って、いきなりダンジョンに放り込まれた人間は理沙たちだけではなかった……らしい。

 不運にも初っ端からハードモードを強いられた人々は、インターネットを介さない新たな通信手段――中でも匿名掲示板の存在を知るや否や、先を争うように助けを求める書き込みを行った。

 これが『救援要請スレ』の始まりである……と言われている。

 

「それの何が問題なのですか?」


「匿名掲示板の問題は――情報の真偽を確かめる術がないこと」


 4月1日以降、地上は大混乱に陥っている。それは他のスレを覗いてみれば一目瞭然。

 日本は比較的安定を保っている方だが、だからと言って3月31日までの平穏な日常が続いているわけではない。

 政治家も役人も自衛隊も警察もみんな不眠不休の体制で、唐突に降って湧いた一大事に当たっている。

 そんな中で誰もが閲覧できる『Eちゃんねる』に書き込まれた救援要請は、到底見過ごせるものではなかったわけで……

 危険を覚悟で救援に向かった自衛隊員がスレで指定された座標で発見したものは――ただの民家だった。最初の一件は超がつくほどのド田舎だったと言う。

 どこからともなくダンジョンが現れたのなら、目の前の民家がダンジョンになっている可能性もある。

 不安と緊張、そして言葉にし難い嫌な予感をないまぜにした隊員が呼び鈴を鳴らした。時刻はちょうど日付が変わる頃合い。

 中から出てきたのは――どこにでもいそうなただの人間。何と言うことはない。家の住人だった。

 深夜の来訪者に対する胡散臭い眼差しと噛み合わない会話、眠たげな顔に込み上げてくる苛立ちの表情を目の当たりにして……隊員たちは否応なく理解させられた。


 あの書き込みがただのガセネタだったということに。


 似たような案件が頻発し、そのたびに出動し、そして失望する。どれだけ疑わしかろうと無視はできなかった。

 非常事態にも拘らず、否、非常事態であるからこそ、この手のイタズラを繰り返す者が後を絶たなかった。

 どこもかしこも手が足りない状況が続いている。自衛隊も警察も余計な人員を割く余裕などない。でも……

 状況は現在も継続中。救援要請スレッドは『Eちゃんねる』でも1,2を争うほどのグダグダっぷりを見せている。

 救援要請を書き込んだところで信じてもらえるか、仮に信じてもらえても今度はいつになったら助けに来てもらえるか、カオスすぎて見通しが立たない。


「何と言うことを……」


 インターネットに巣食う闇に触れたことのなかった瑞希は言葉を失ってしまった。

 毎日『Eちゃんねる』をチェックしてきた理沙は、その一部始終を目にしてきた。

 実は初めてこの黒猫商店で泊まった夜に、理沙自身も書き込みを行っていた。

 いくつかは安否を気遣ってくれる好意的なレスが付いたのだが……結果は御覧の有様。

 少女の小さな叫びは荒れ狂う流れに飲み込まれてしまい、いつまでたっても助けの手が差し伸べられる様子はない。

 だからこそ、理沙は救援要請スレを頼ることなく自力脱出を目論んでいるのだ。


「人の悪意の底が見えませんね」


「まあね」


 理沙と瑞希、いまだ世に出ることのないふたりの少女は、ダンジョンの地下20階で顔を突き合わせて切なげに吐息を零した。



 ★



「それでも……少しでも可能性があるのなら試してみるべきではないでしょうか?」


 溜め息からの重苦しい沈黙を経て、瑞希は声を絞り出した。

 理沙としても否やはない。

 生き残るために、そしてダンジョンを脱出するために最善を尽くすべきとは思っているのだ。

 とは言うものの……ムムムと唸り、金色の眉を寄せつつウインドウを睨む。

 

「やっぱやるなら『E-tube』かしら……」


「これは一体どういう機能なのですか?」


「動画投稿サイト……のパクリね」


「パクリですか」


 瑞希は不快げに眉を寄せた。

 実際のところ『Eちゃんねる』もパクリなのだが、それを指摘するのはめんどくさいのでやめた。

 彼女が『パクリ』という言葉を知っていることにも驚いたのだけれど、それを口にするともっとめんどくさいことになりそうなのでやめておいた。


「アタシたちで動画を投稿して、アドレスを『Eちゃんねる』で拡散すれば、救援要請の信用度が少しはアップするかも」


「だったら、どうしてやらなかったのですか?」


 瑞希の声には若干の非難が混じっている。

 地下17階でサバイバルしていた自分とは異なり、安全な拠点を確保して活動していた理沙には、動画を投稿する余裕ぐらいはあったのではないか。

 漆黒の瞳に揺れる光が、理沙の蒼い瞳に訴えかけてくる。


「自分の姿が映った動画を載せたくなかったのよ」


 理沙は自分の見た目が人並み以上に優れているという自覚がある。

 瑞希も理沙とは別ベクトルのハイレベルなルックスを誇っている。

 そんな女子高生ふたりが素顔を晒して動画を投稿する。

 世界のアップグレードがどうこう以前にトラブルの予感しかしない。

 インターネットの投稿動画すら一度拡散すれば完全消去は不可能と言われている。

 この『E-tube』なるシステムを利用した動画を抹消することは……やはり不可能だろう。

 そして投稿する動画の内容が問題だ。

 救援を要請する動画の性質上、容姿以外にも個人情報を晒さざるを得ない。

 そこを隠してしまうと一気に信憑性が失われ、イタズラと思われてスルーされる。

 しかし、個人情報を世界中にぶちまけることの危険性は想像に難くないわけで……


 言葉を選びつつ問題点を説明すると――瑞希は意外なほどに素直に理解を示した。

 際立った容姿を持つだけあって、この手のトラブルの知識もしくは経験があるようだ。


「でも……」


 握りしめたシーツの皺が深くなった。

 瑞希は覚悟を決めているようだ。どれだけ理沙が止めても、遠からず目の前の少女は動画を投稿するだろう。

 だったら――


「アタシもやるわ、動画投稿」


「え……でも、理沙さんは……その、とても可愛らしいので……」


 躊躇いがちに言葉を濁す瑞希に、理沙は柔らかく微笑みかけた。


「たとえお世辞でも褒めてくれてありがと。でも、ここでアンタひとりにリスクを背負わせるなんて、カッコ悪すぎ」


「……すみません」


 自分につき合わせる形で理沙を巻き込んだことに罪悪感を覚えているようだ。

 根っからの善人気質の少女だった。これは捨て置けない。

 そんな瑞希だけを衆目に晒して自分もちゃっかり便乗しようだなんて、ダサすぎる。

 無理・無茶・無謀は承知の上。瑞希がやるなら理沙もやる。後のことは……地上に戻ってから考えればいい。


「謝らなくていいわ。アタシは単に問題を先送りにしてただけ」


 理沙は青い瞳を天井に向けた。その眼差しは木製の板のさらに上を見ている。

 ダンジョン脱出までに19の階層を駆け抜ける必要がある。1階層あたり1時間として――19時間。大雑把に考えて約1日。

 たったひとりで休むことなく、モンスターひしめく迷宮を突破することの難易度の高さは、とっくの昔に痛感させられている。

 下から理沙たちが昇り、地上から救援部隊が降りてくる。その形が理想であることはわかっていた。


「今までアタシは現実から目を逸らし続けてきた。それはもうオシマイってことよ」


 腹を括った理沙はプチデビルに相応しい笑みを浮かべた。

 それは瑞希に余計な心配を掛けまいとするためのものであり、自身を鼓舞するためのものでもあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ