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第16話 現れた人影 その1


「もったいない気もするけど、まあいいわ」


 翌日、再び地下18階を探索しつつ理沙(りさ)は呟いた。

 ゴブリンを先行させてマップを埋めているさなかのことであった。


 結局『魔剣ストームバイト』は売らなかった。黒猫店長の物言いたげな視線はスルー。朝食時にはテーブルの真向かいからじっと見つめられたけれど、強気な笑顔で跳ね返した。

 今朝方ウォーミングアップを兼ねて振り回してみたものの、『技能・剣』に相当するスキルを持たず、そして非力な理沙にとってはあまりしっくりくる武器ではなかった。

 一度や二度なら振るうことも可能ではあろうが、命を預けるに足るというほどではない。

 持ち歩くには重い魔剣は理沙のアイテムウインドウの中に眠っている。

 宝の持ち腐れという気はする……でも、財政面で比較的安定している現状、焦って取り返しのつかない選択をするよりは保留の方が良かろうと判断した。


「使い続けていればスキルが手に入るのかしら?」


 その声に答える者はいない。

 ゴブリンは『何か言ったか?』と言った風体で首をかしげているが、何でもないと理沙が答えると再び前に向き直った。

『Eちゃんねる』のスキル検証を行っているスレッドに『毎日木刀で素振りしていたら、いつの間にか『技能・剣』を習得していた』という書き込みがあったことを思い出したのだ。

 理沙はこれまでに何回かダガーでモンスターを仕留めてはいるが、『技能・短剣』スキルを習得してはいない。

 掲示板の書き込みが出鱈目なのか、個人ごとに武器種との相性があるのか、あるいは単に試行回数が少ないのか。

 いずれにせよ今すぐどうにかなる問題ではなさそうだし、あえてモンスターと接近戦をする気にもなれない。

 当面のメインウェポンは鞭でよかろうと割り切った。こちらはスキルのおかげか、はたまた相性か、想像以上に手に馴染んでいる。自分にそっち系の才能があったのかと逆に悩むくらいに。


 本日の探索も実に順調。どんどん地下18階のマップは埋まっていく。

 昨日支払った魔剣の鑑定料が補填できるくらいには、魔石も集まっている。

 宝箱がなくとも、ドロップアイテムがなくとも、やはり地下18階は美味しい。

 順調すぎるほどに順調な探索行と言って差支えは無かろう。そして――ついに階段を発見。


「……さて、どうしたものかしら」


 このまま地下18階で探索を続けていてもマネーは稼げる。

 ただ……目の前の階段から妙な気配を感じる。階段を見ていると、あるいはその奥に思いを馳せると居ても立ってもいられなくなるような。

 ダンジョン脱出に対する焦りからくるものではなく、『今日はこの階段を登るべき』という程度の緩やかな予感めいた何か。

 曖昧な感覚に身をゆだねるべきではないと理性は告げているのだけれど、直感が『行け』と囁いている。

 悩む。

 マンネリはモチベーションの低下を呼ぶ。無謀なチャレンジは危険を招く。

 どっちもそれなりのリスクがあって……熟考の末に少女は結論を出した。


「様子を見てみて、ヤバそうなら速攻で引き返す。それでいいわね?」


 すぐ傍で理沙を見上げてくるゴブリンに語りかけると、小鬼は何度も首を縦に振った。

 階段に足を踏み入れ、壁に手を当て、一段一段ゆっくりと歩みを進める。

 そして到達した地下17階は――騒がしい空気が満ち満ちていた。


「え?」


 実際に音が鳴っているわけではない。通路は相変わらず静かなままだ。

 でも、この階層は地下18階までとは明らかに雰囲気が異なっている。

 どう言い表せばよいのだろうか……空気がしきりにかき混ぜられているような……とにかく気分が落ち着かない。

 空気が動いているということは、何かが動いていると言うわけで。

 これまでの地下19階、地下18階に比べてモンスターが活発に蠢いているのかもしれない。

 ゴクリと唾を飲み込んで、通路の先にわだかまる闇を睨み付ける。


――進むべきかしら、退くべきかしら?


 状況は悪化してはいない。まだ階段を登ってきたばかりで、そもそも足を踏み入れてすらいない。

 いずれは地下17階も探索する必要があるわけで、地下18階を安全に探索できていて疲労を覚えていない今は、チャレンジのタイミングとしては悪くない。

 せめてどんなモンスターが闊歩しているのかだけでも見定めておきたい。『敵を知り己を知れば……』という奴だ。

 攻略サイトも何もない現状、情報を求めるならば自分自身で確かめるしかない。


「行くわよ!」


 覚悟を決めた。

 退路は常に確保しつつ、慎重に進んでいく。もちろんゴブリンを先行させる。

 ややあって――足を止めたゴブリンが尖った耳をピクピクと上下させた。

 今のところ通路は一本道。前方に曲がり角。

 少し遅れて理沙も追いつき……立ち止まって耳を澄ます。

 すると――


「……足音? 数が多いしバタバタしてる。ゴブリンじゃないのが混ざってる。これは……」


 音がだんだんと近づいてくる。奥に見える曲がり角の向こうから。

 何が接近してくるのか?

 姿を直接目にすることができなくて、どうにももどかしい。これだからダンジョンって奴は……


――どうする? 進む? 迎え撃つ?


 判断は一瞬で迎撃を選択。

 あらかじめ発動させている『ピンクシルエット』の効果時間はまだ十分残っている。

 右手はブラックウィップを構え、左手の指をピストル型に固めて『ピンクシュート』の準備。

 両脚を軽く開いて、心持ち重心を前に。

 ゴブリンは――何も言わなくてもこん棒を構えている。

 ここのところ命令しなくても、勝手に動いてくれている。このゴブリン、日を追うごとに頭が良くなってきているような。気のせいだろうか。

 まるで自分がゴブリンを調教しているみたいだと場違いな感想を浮かべつつ曲がり角に視線を送ると、通路を照らしている光の加減で大きな影が壁に映された。


「え?」


 角を曲がって現れた影は――理沙より頭ひとつ背が高くて、ボサボサの黒髪を振り乱していて。

 ボロボロになったワンピースは、元はきっときれいな純白で。

 血と汗と泥に汚れた顔は必死の形相を浮かべているけれど、よくよく見れば造作は整っていて。

 どこからどう見ても、相手は自分と同じ――


「……人間?」


 しかも女性だ。

 相手の方がひとつかふたつ年上に見える。

 でも……ここは地下17階。『本当に人間か?』という疑問はある。

 姿を変えるモンスターが化けていると言われた方がまだ信用できる。


「ゴブリンと……悪魔!?」


 理沙の声と、曲がり角から姿を現した相手の声が重なった。

 この場には理沙と魅了済みゴブリンと、目の前の女性しかいない。

『悪魔』が誰を指しているか一瞬わからなくて……そして理解が及んだ次の瞬間、


「誰が悪魔か! アタシは人間よ!」


 咄嗟に怒鳴り返した理沙を見て、黒髪の女性は目を剥いた。美人顔に似合わない表情だった。

 女性は驚愕し、理沙に向かって駆け寄ろうとして足をもつれさせて転倒。痛々しい音が通路に響き、そして沈黙。

 近くによって様子を窺うと、襤褸切れと化したワンピースから大小さまざまな傷が覗いて見えた。

 傷口は明らかにまともでない色合いをしていて目をそむけたくなる。化膿しているのか、腐っているのか、あるいは……

 いずれにせよ理沙を欺くためのカモフラージュなどではない。ガチのケガだ。


「ちょ、アンタ大丈夫!?」


 理沙の問いに答えはなかった。

 女性は辛うじて息はしているものの意識はすでになく、はた目には死体と変わりない。

 これまでヒトの死体を目にしたことはなかったけれど、この女性には死が近づいている。そう直感した。

 半ば反射的にアイテムウインドウを開き、最初の無料11連ガチャでゲットしたSレアアイテム『フルポーション』を実体化。

 コルクを開けて中身のうち半分ほどを女性の口に突っ込み、もう半分を大きな傷に優先して振りかけていく。

 回復薬はシュワシュワと音を立てながら傷に反応して煙を発生させる。女性は苦しげに顔を顰めはするものの目を覚ますことはなかった。

 ぎゃあぎゃあと喚くゴブリンの声を苛立たしげに聞き流しつつ、心の中は緊急事態に恐慌状態。


――これ、ヤバいんじゃ!?


 フルポーションはSレアの消耗品。

 HPをフルに回復し、ほとんどのケガも治す強力な薬品という触れ込みだ。

 それをブッ込んだのに、持ち直す様子がないというのは……


 理沙は混乱していた。だから気付かなかった。

 この女性は通路の奥から逃げてきた。

 逃げてきたと言うことは、追いかけてくる者がいると言うこと。

 女性の看護にかかりきりになっていた理沙の背中を影が覆う。


「え……キャッ!?」


 振り向いた理沙が目にしたのは――飛び掛かってくるゴブリン。

 右手には紫色の液体が塗布されたボロボロの短剣が握られている。

 その刃が自分に向けて振り下ろされる様子をスローモーションで見つめて……短剣ゴブリンは真横に吹っ飛ばされた。

 お馴染みのこん棒ゴブリンが横から短剣持ちに体当たりしてくれたのだ。

 目にハートマークを浮かべたゴブリンがいたところには、ボコボコに殴打された犬が横たわっており――光となって消失。

 理沙が女性に意識を向けている間に接近してきたモンスターと、自分の判断で戦ってくれていたようだ。


「た、助かった? ありがと!」


「ギャア!」


 感謝の言葉を述べるも、ゴブリンは理沙の方を見ようとはしない。

 小鬼の視線の先には――短剣を握りしめた同族の姿。

 これまでに見たことのない武器を持ったゴブリン。短剣とこん棒はどちらが強いのだろう?

 地下で戦闘経験を積んできた理沙にも、にわかには判断できない。

 援護しようと鞭を握りしめたその時――あまり耳にしたくない音が耳朶を打つ。

 音は闇の向こうから聞こえてくる。認めたくはない。しかし、これが現実。


「ウソ……」


 通路の奥から音がやってくる。敵の増援だ。

 今度の人影は――3つ。数だけなら大したことはない。

 理沙の腰ぐらいの矮躯――ゴブリンが2匹。武器は何も持っていない。

 問題はその後ろ。理沙よりも大きくて、しかしゴブリンと酷似したモンスターが1匹。

 大柄な体躯に隆々とした筋肉。手には大きなこん棒を携えている。

 

「……ホブゴブリン?」


 小さな唇から零れた呟きに、ホブゴブリン(仮)は醜悪な笑みを浮かべた。

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