第12話 レベル上げは基本!
本日2話目の更新となります。
理沙は地下19階に続く螺旋階段を登りながら脳内で作戦会議を行っていた。
……と言っても、それほど大したものではない。配られた手札が少なすぎて選択肢がないのだ。
単独行動しているゴブリンに『ピンクシュート』を放って魅了状態を付与。
すかさず同士討ちをさせて(場合によっては自分も参戦して)レベルアップを目指す。
展開が悪くなったら即逃走。引き際を誤ってはならない。できれば階段付近で戦いたい。
昨日の戦いを思い出すと――2匹以上との同時バトルは避けたいところ。
可能な限り早く魅了を駆使して手駒を増やす必要がある。
ネックになるのは頼みの綱の『ピンクシュート』の射程距離。最大5メートルは短い。
「危ないのよね……外したらマジヤバい」
そんなことを考えていたものだから、気が付くのが遅れた。
階段を登った先――地下19階の入り口に佇む小さな人影に。
足元ばかりに注意が行っていた理沙が頭を上げると――
「え?」
階段の先に待ち構えていたゴブリンと目が合った。
フィクションの世界から出てきたかのような、くすんだ緑色の肌に覆われた小さな身体に醜い顔立ち。
濁った瞳は虚空を彷徨い、開かれた口からは涎が垂れていた。
粗末な腰蓑を纏い、手にはこん棒を握りしめている。
「ひっ!?」
咄嗟に右手の人差し指を突きつけはしたものの、腰は引けてしまっている。
いつでも階段に逃げ込めるように重心は後ろ寄り。
しかし――
「……襲ってこない?」
異様な光景を前に理沙は眉を寄せた。
昨日の奇襲とは異なり、今は真正面からのエンカウント。
至近距離での遭遇なのに、この小鬼は動かない。
じっとゴブリンを睨み付けていた理沙は、あることに気が付いた。
「こいつ……ひょっとして昨日の?」
ゴブリンの顔を見分けることはできない。
でも、その手に持っているこん棒に見覚えがある。
「魅了状態じゃないみたいだけど……」
ゴブリンの瞳にハートマークは浮かんでいない。
訳がわからない。
「まぁ、襲ってこないのなら……『ピンクシュート』」
身体の中から血の気と言うか熱がスーッと抜けていく感覚。MP消費によるものと思われる。
指先から放たれた桃色の光は、狙いを過つことなくゴブリンに直撃。そもそも避ける気配がない。
澱んだ瞳にピンクのハートが輝き、ゴブリンは奇妙なダンス――昨日見たMP吸われそうな奴――を披露し始めた。
「アタシを待ってたとか……まさかね」
自分の口から零れた推測を一笑に付す。
何はともあれ、最大の懸案事項であった手駒を無事ゲットできたことは喜ばしい。
今のところはそれで充分だった。
★
「これ、どれくらいの間効果が続くのかしら?」
石の通路を先行するゴブリンを見つめながら、ふと呟きが漏れた。
このまま連れ歩いているうちに魅了が切れて、いきなり襲いかかられるとピンチに陥る。
殆どゼロ距離からの奇襲を許す形になってしまうから。自身の戦闘能力に全く自信が持てない理沙としては気にせざるを得ない。
「どれくらいで魅了が切れるのか、ちゃんと調べて……って、時間わかんないじゃん」
時計代わりのスマートフォンは21階でなくしたウエストポーチの中。
ダンジョン内部で時間を確認できるのは、今のところ黒猫商店の時計だけ。
目の前のゴブリンに魅了をかけてから、どれくらい時間が経過したのかすら調べることができない。
「購入リストに時計を追加……っと」
前を歩いていたゴブリンが歩みを止めた。
何事かと近寄ってみると、通路の先に――小さな人影。
ゴブリンだ。数は1匹。武器の類は見当たらない。
「さて、どうしたものか……」
あちらはまだ理沙に気付いた様子はない。
少しだけ作戦を練る時間がありそうだ。
魅了済みのゴブリンは理沙に視線を向けており、従順に命令を待っている。
まず考えられるのが、あのゴブリンにも『ピンクシュート』を掛けるパターン。
手駒がふたつに増えれば戦力的に安定感が増す反面、ドロップアイテムにも魔石にも期待できない。つまり儲からない。多分レベルも上がらない。
魅了したゴブリン同士を争わせるという手もあるが、だったら最初からハート目ゴブリンに襲わせても大して変わらない気がする。
MPを確認するためにステータスを表示させると『MP 23/15(+10)』と記載されている。
地下19階に上がったばかりの『ピンクシュート』から体感30分ほどは歩いているはず。
頭の中でソロバンを弾いてみると……MPは10分ごとに1回復するといったところか。いずれにせよ無駄撃ちは避けたい。
頭数をむやみに増やすと、上書きの際にMPをゴッソリ持っていかれることになる。それでは緊急事態に対応できない。
となると――
――行きなさい!
ゴブリンに攻撃命令を念じてみるも――反応なし。
「行けッ!」
理沙は魅了済みのこん棒ゴブリンに命令を発する。
その声に応じてこん棒持ちが飛び掛かり、通路の奥にいたゴブリンがこちらに気付いて動き出す。
――口に出さないと命令できないって、奇襲は無理ってことじゃないの!
ままならない思いを抱いたまま始まった戦闘は――あっけなく終了した。
ゴブリンのこん棒が鈍い打撃音と共に敵手の頭蓋に叩き込まれると、相手はそのままノックダウン。
馬乗りになったゴブリンはそのまま殴打を続けて3発目でジエンド。
敵ゴブリンは光の粒子となって消失し、その場には魔石が残された。
「あれ、思ったより楽勝?」
ステータスを開いてみるも、さすがにレベルは上がっていなかった。
レベル1からレベル2になるためにゴブリン1匹分のマナが必要なら、レベル2からレベル3に上がるためには、より大量のマナが必要になるだろう。
あっという間に戦いを制したこん棒ゴブリンに目を向けると……理沙の視線に気が付いたらしく、またもや奇妙なダンスを踊り始めた。その瞳にはハートマークがしっかり浮かんでいる。
「まだ大丈夫そうだけど……念のため『ピンクシュート』」
3たび桃色の光線を受けたゴブリンは、恍惚の表情を浮かべた。
★
地下19階の探索は順調に進んだ。
昨日とは異なり現れるゴブリンはいずれも単体で、すべてこん棒ゴブリンにボコられて消えていった。
朝方に立てた『一日100マネー以上稼ぐ』という目標は容易に達成できそうだ。
4匹目のゴブリンを倒したところで理沙の腹が鳴った。魅了済みのゴブリンしか傍に居なかったとはいえかなり恥ずかしい。
マップウインドウ(オートマッピング機能付き!)を開いて地下20階への階段前まで戻り、腰を下ろして黒猫店長が持たせてくれたお弁当――ハムと卵のサンドイッチ――を頬張る。
お尻に感じる石畳の冷たさに眉をしかめていると、ピンクハート目のゴブリンがじっと自分を見つめてるのに気が付いた。正確には手元のサンドイッチを凝視していた。
「……食べる?」
食べかけを差し出してやると、嬉しそうにゴブリンが齧り付き――ついでに理沙の手をべろりと舐めしゃぶった。
ニュルっでグチョっで生暖かいその感触……やけにエロい。変な鳥肌が立った。
「キャッ……この、油断も隙もない」
ゴブリンの口から引き抜いた手を高く掲げて、そのまま脳天に手刀を落とす。涎で汚れてベトベトの手は異臭を放っているが、遠ざけたくとも遠ざけられない。
布の類を何も持っていなかったので、仕方なくお尻から太腿あたりで拭うと、床に溜まっていた砂粒が肌に張り付いて気持ち悪さが増した。
イラっとしつつ犯人を睨み付けると……理沙の目の前で土下座していた。モンスターにも土下座の概念があるらしい。
このゴブリンには曲がりなりにも(正確にはものすごく)助けてもらっているわけで、そんな姿を見せられると怒る気にもなれない。従順な手駒は少女にとって文字どおりの命綱だ。
念のため二度とやらないように何度も釘を刺した。日本語あるいは人間の言葉が通じているのかは不明だが、攻撃命令を受け付けているところから意思の疎通はできるものと期待する。
昼食後、再びゴブリン退治を再開……と言っても午前中とあまり変わりはない。
どういう仕掛けかはわからないけれど、通路には再び獲物もといゴブリンの姿があった。
どこかに巣でもあるのか、あるいはダンジョンが産み出しているのか。前者だとモンスターを絶滅させればダンジョン内に安全地帯が確保できる反面、収入が失われてしまう。
「痛し痒しよね……」
恐ろしい魔物に跋扈されても困るけど、現実的には後者の方がありがたいということになってしまう。
強くなりさえすれば、どれだけモンスターがリポップしても蹴散らせるようになるだろうから、きっと今しばらくの辛抱……のはず。
「やはり、暴力は全てを解決するッ!」
相変わらずこん棒ゴブリンは大活躍で、理沙の仕事は定期的に『ピンクシュート』で魅了を上書きしつつ、魔石を拾うだけ。
黒猫店長が持たせてくれた魔石を入れる袋がずっしりと重みを伝えてきたところで探索終了。
地下20階への階段の前まで戻って来てから稼ぎをチェック。獲得した魔石は20個。400マネーである。
「思ってたより稼げてるわ」
装備の充実は早くなりそうだ。それなりの数を倒しただけあってレベルも3に上がっている。今日の探索は大成功と言っても良かろう。
ゴブリンを置いて階段を降りようとして……視線を感じた。振り返ると寂しそうに理沙を見つめるゴブリンと目が合った。
互いの目線と角度から察するに、このゴブリンは今しがたまで黒いビキニが食い込んだ白いお尻を凝視していた模様。
咄嗟にお尻を隠しつつ距離を開けると、露骨に残念そうな顔を見せてくる。
――このセクハラゴブリン……いや、ゴブリン的には普通?
ゴブリンはエロくて当たり前。紳士的なゴブリンなんて聞いたこともない。
奇怪な形相をしてはいるし、ときどきイタズラを仕掛けてきたりエロい視線を向けてきたりはするものの、今のところ実害はない。慣れればこれはこれで愛嬌がある……かもしれない。
――アタシのために戦ってくれてるのよね……でも、う~ん……
ここはダンジョンの奥深く。救援に期待できる状況ではなく、戦力は少しでも多い方が良い。
『ピンクシュート』の射程が5メートルである点を鑑みれば、自分から魅了されにきてくれるモンスターはありがたい存在だ。
魅了スキルに依存せざるを得ない今の理沙にとっては、割と冗談抜きで生命線とも言える。
大した手間もかけずに手懐けることができるのなら、……多少のオイタは許容する方向で考えた方が良いように思えてきた。
探索疲れと緊張のせいかテンションがおかしくなっている気がする。
この判断は間違っているだろうか?
どうせ相手はモンスターだ。人間ではない。お付き合いだって、多分このダンジョン限定だろう。
もちろん一線を越えようとすれば――太腿に括り付けたダガーをブッ刺す。そこに躊躇いはない。
「大丈夫……よね?」
問いかけてみても、応えてくれる者はいない。ゴブリンは変わらず虚ろな眼差しを向けてくるだけだ。
『Eちゃんねる』への書き込みも考えなくはなかったものの……理沙が置かれている状況を正しく把握して真剣に答えてくれるかどうか、はなはだ疑問だった。
決断も、その結果もすべて理沙に跳ね返ってくる。
いざ問題が発生してから誰かに文句を言ってもどうにもならない。
しかし、背に腹は代えられない。かかっているのは自分の命だ。
「覚悟決めろ、アタシ!」
小さく、しかし力強く呟く。まるで自分自身を説得するかの如く。
軽く息を吐いて腹を括り、表情を作る。もちろん笑顔だ。とびっきりの奴。
「じゃあ、また明日もよろしくね」
慣れないセクシーポーズからウインクと投げキッスをプレゼントすると、ゴブリンは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね回った。
昨日よりもリアクションがオーバーだ。この様子なら明日も期待できそうだ。
――これで良し!
手ごたえを感じた少女は、ゴブリンの視線を背中(とお尻)に感じつつ、石造りの階段を降りて行った。




