第1話 地球がアップグレードしたらしいけど、それどころじゃなかった件
新連載始めました。
少女たちの現代ファンタジー冒険譚、お楽しみいただければ幸いです。
しばらくの間は毎日更新する予定です。
6月18日追記
第1話の内容を差し替えました。
話の大筋は以前と変わりありません。
『この星に住まう全ての者たちに告げる』
凛としたその声が世界中の空に鳴り響いたのは、西暦20XX年4月1日午前12時(日本標準時)のことだった。
大地は断え間なく振動し、大海は荒れ狂い、そして大空では雲が不可思議にのたうち回っている。どう見ても地球がヤバい。
ちょうどお昼時を迎えていた日本だけでなく、おはようからおやすみまであらゆる挨拶を交わし合っていた世界各地の人々は驚愕し、地にひれ伏し、空を仰いだ。
――これはいったい何事か!?
有史以来、人種・民族・国家・思想などの様々な垣根を越えて、地球上の全ての人の意志が初めてひとつになった記念すべき瞬間である。
確かに今日は世に言うところのエイプリルフールではあるものの、さすがにこのトンデモ現象をジョークの類と解釈する者はいない。
声に含まれる荘厳な圧力と、地球丸ごと使った盛大な仕込みをこなすことができる存在なんて、迂闊に口にすることも憚られるホニャララぐらいしか思いつかない。
常日頃オカルティックなアレコレに対して否定的な見解を持つ科学の子らでさえ、一瞬にして宗旨替えせざるを得ないほどの『何か』を本能的に直感させられてしまった。
『この星に住まう全ての者たちに告げる』
人々の思いを余所に、声は再び同じ文言を繰り返した。
そして――
『今この時を持って、この星は次のステージへアップグレードされる』
★
『この星に住まう全ての者たちに告げる』
突然訪れた天変地異の前触れと思しき一連の現象が世界を覆いつくしたその時、理沙はちょうど日課のランニングの途中であった。
日本の関東圏、S県は鷹森市に居を構える15歳の少女である理沙は、この春から始まる高校生活への期待に胸を膨らませていた。
……というのは比喩的な表現であり、残念ながら彼女の胸は薄く平坦であった。
付け加えるならば身長は同年代の平均である157センチを大きく下回る149センチ。
本人は150センチと強弁しているが数字は嘘をつかない。体重はトップシークレット。
母親から受け継いだ眩い金髪は、頭の左右でふたつに纏められている。いわゆるツインテール。
やや釣りあがった瞳は、やはり母親譲りの蒼。ノーメイクでも艶やかなピンクの唇にシミひとつない瑞々しい肌。
顔立ちはやや幼さが残るものの造作は整っており、彼女を美少女と呼ぶことに異論を唱える者はいないだろう。
金髪ツインテールのロリ。わかりやすい属性盛り盛りの少女であった。
それはともかく。
地面の揺れを感じて足を止め、ピリピリと張り詰めた空気に違和感を覚え、見上げた空の異常な光景に息を呑んだ。
明らかにおかしい。何か……途轍もないことが始まろうとしている。
東京は有明の地にそびえ立つ巨大構造物で年2回開催されている世界レベルの某祭典にて運命の出会いを果たした日本人の父とロシア人の母から血と魂を受け継いだ少女は、先ほどまでとは全く異なる期待にテンションが爆上がりであった。
ウエストポーチから取り出したスマートフォンを操作し、すかさずSNSや匿名掲示板をチェック。
『おはよう。今の声、何?』
『え、映画の撮影とか?』
『真っ昼間から幻聴が聞こえてきたんだが……』
『あなた疲れてるのよ』
『まだ新年度始まったばっかりなんだが』
『くっ、これは俺を外へ追い出そうとする罠に違いないッ!?』
洪水のように溢れかえる書き込み。次々とアップされる世界各地の映像。
一部に物悲しいアレコレが見受けられたものの、『声』が聞こえるのは理沙だけ――あるいは日本だけでないこと、そして世界中が大混乱に陥っていることは理解できた。
いざ周りに目を向けてみると、理沙と同様に姿勢を低くした人々は互いに身を寄せ合い、老若男女を問わずスマートフォンで情報を収集しつつ、固唾を飲んで様子を窺っている。
傍からはふざけているように見えなくもないが、毎年のように地震や大雨など様々な災害に見舞われている国の住人だけあって、緊急時のリアクションには妙な場慣れ感がある。
カラスやスズメはギャアギャアピイピイと鳴き喚き、犬は不気味な唸り声と共に空を睨み付けている。世紀末的演出が凄い。なお猫は優雅に昼寝していた。
共通しているのは、誰もが『声』の続きを待ち構えているという点。動物は……よくわからない。彼らと言葉を交わすことのできる人間がいないから。
理沙もまた空を見上げ、話の続きを待つことにした。いつでも逃げ出せるように身構えながら。ちなみに、どこへ逃げるつもりなのかは自分でもわかっていない。
『今この時を持って、この星は次のステージへアップグレードされる』
――アップグレード? 次のステージ?
『ずいぶん大仰だな』というのが最初に抱いた感想であった。
とはいえ、状況はすでに大袈裟というレベルを通り越している。
首をかしげる理沙の思いなど気に留めることなく『声』は一方的に言葉を紡ぐ。
『アップグレードに伴い、いくつかの機能が開放される。傾聴せよ』
理沙は素直に頷いて、耳を澄ませた。
物心ついたころからドリーミングな世界への憧憬を育んできたとはいえ、基本的には真面目な少女である。
ただし……その薄い胸の内で脈打つ心臓は、先ほどからガンガンにビートを刻んでいる。
『ひとつ、この星の全土にマナが散布される。マナは生命・非生命を問わず、あらゆる存在を新たな階梯に押し上げるものと心得よ』
――マナキター!
両親から優れた容姿とオタクソウルを継承した理沙は『マナ』という単語に熱烈に反応した。小さくガッツポーズ。
理沙の与り知るところではないが、世界中のあらゆるところで小さなお友達から大きなお友達まで一斉に狂喜乱舞していた。
チラリと視線を動物たちに向けてみると……彼らは種族を越えて互いに顔を見合わせている。訳がわからないと言ったところか。
『ふたつ、この星にマナを散布するための施設として、ダンジョンが設置される』
――ダンジョンキター!
理沙は『ダンジョン』という単語に熱烈に反応した。
世界中の小さなお友達から大きなお友達まで、これまた一斉に狂喜乱舞した。
動物たちは……やはり状況を理解できていないようであった。昼寝していた猫はようやく目を覚まし、マイペースに顔を洗っている。
『みっつ、マナ生成装置であるダンジョン設置に伴う危険性を鑑み、『ステータスシステム』を開放する』
――ステータスキター!
理沙は『ステータス』という単語に(以下略。
世界中の小さなお友達(以下略。
動物(以下略。
『なお、ダンジョンは汝らに成長を促す試練の場でもある。我らが主はあらゆる生命のさらなる進化を希求している。各員の健闘を期待する』
以上。
そして沈黙。
地球全土を覆っていたプチ天変地異は、いつの間にか跡形もなく消え失せていた。
雲間から差し込む春の日差しが暖かい。緊張に強張った人々の頬を優しい風が撫でていく。
まるで何ごともなかったかのように、一瞬で世界は平穏を取り戻した……かに見えた。
人々は更なる説明を求めて空を見上げ続けたが、『声』が再び響き渡ることはなかった。
後は自分たちで考えろと言うことか。いくら待てども返事がなければ、自然と悟らざるを得ない。
放り出された感があるものの、いつまでも雛鳥の如くぽかんと口を開けているわけにもいかないことぐらいは、言われなくとも理解できる。
――ふ~む……
色々と気になることがある。
例えば――最後に『声』が語った『我らが主』とは何者か?
まぁ、一般人に過ぎない理沙が考えたところであまり意味はないのかもしれない。
信仰厚き人たち――宗教関係者とか――にしてみれば大問題なのだろうけれど。
ハーフではあるものの、理沙はそのあたり典型的な日本人であった。
正月には神社へ参拝し、夏には先祖の霊を迎え、ハロウィンではトリックオアトリートして、クリスマスには七面鳥でお祝いする。
そういうどこにでもいる日本人である。しかも若い。思考はわりと柔軟な方であった。
「さて……これからどうしようかしら?」
陽光を浴びて輝く金色の前髪を右手で弄りつつ独り言ちた。
ジョギングを続ける気分ではなくなってしまった。
この急展開、さっさと家に帰って対策を練るべきだとは思うのだけれど……
「パパもママも日本にいないし……う~ん」
理沙の両親は仕事で海外を飛び回っている。別に今日はたまたまと言うわけではなく、大体いつもそんな感じだ。
年頃の娘をソロで放置するのはどうかと思わなくもない反面、信頼されているのだと解釈することもできる。
たまに顔を合わせる時には、すこぶる仲良し家族なのだが……15歳という年齢は色々と難しい。
「とりあえずステータスの確認でも……」
『声』は言った。『ステータスシステムを開放する』と。
漫画やラノベに詳しい理沙にとっては慣れ親しんだ設定だ。地味にアガる。
早速『ステータスオープン』と唱えようとしたその瞬間――視界が捻じ曲がった。
「え?」
突然の違和感。突然の異変に、金髪ツインテールの少女は慌てふためき体勢を崩す。
とてもじゃないけど立っていられない。地面に手のひらと膝をついて身体を支える。
平衡感覚が失われた。頭がフラフラして身体がグルングルンする。
そして――フッと重力が消失。
――これは……もしかして……
これまでの『現実』ではありえない展開だが、理沙には思い当たるところがあった。
先ほどの『声』が言っていたではないか。つまりはそういうことなのだろう。
『ダンジョンを設置する』
おそらく、その想像は正しい。自信があった。
何故なら、ほら……肌にうららかな春の太陽を感じない。
むしろヒヤリとした冷気が頬を撫でてくるではないか。
手のひらから伝わる感覚はアスファルトのそれではなく、とても硬い石のようで。
頭を上げると――豚と目があってしまった。
正確には豚の頭をした二足歩行のモンスター。
凶悪な面構え、スモウレスラーを思わせる重厚な体躯。背丈はゆうに2メートルを超えている。
隆々たる筋肉をたっぷり乗せた2本の腕。右手には分厚い人斬り包丁を握りしめている。
空を飛びそうにはなかったが、どう見てもただの豚ではない。
「……オーク?」
可憐な唇から咄嗟にこぼれたその言葉は、ファンタジーではおなじみの魔物の名前。
二足歩行の豚面。怪力で、凶暴で、そして精力旺盛。
よく女騎士が『くっ、殺せ』とか言わされる18禁的なアレだ。
そして理沙は少女――とびきりの美少女だった。金髪ツインテールのロリ美少女である。
――この展開……薄い本が厚くなるわね。
まるで他人事のように考えてしまう15歳。将来が心配ではあるが……今はそれどころではない。理沙はギリギリで正気に返った。
オークはひと際大きくいななき、涎を垂らしながら強面を凶暴に歪めた。醜くつぶされた片眼がツワモノ感を強調している。
豚面に浮かんでいる不気味な笑顔が獲物に向けられるモノだと、言葉は通じなくても本能的に理解できてしまった。
追う物と追われる者の構図。オークが追い、理沙が逃げる。その関係性が一瞬にして構築された。
「いきなりハードモードぉぉぉぉ!?」
飛び跳ねるように起き上がった理沙は――そのままオークに背を向けて全力ダッシュ。
薄暗い闇が支配するダンジョンの中を一心不乱に逃走開始。
反射と本能に突き動かされるままに足を動かす。考える余裕はなかった。
背後からドスンドスンと鈍重な足音が追跡してくる。その圧力に恐れ慄き、混乱が加速する。
――ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!
どこへ向かえばいいのかわからないままに、理沙はただひたすらに走り続けた。
それだけが唯一の正解と信じて。
「こんなところで終わってたまるものですかぁ~~~~~~」
鈴を転がすような少女の声が、石畳の通路に響き渡った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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これホント、作者にとっては物凄いパワーを貰えますので!