表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/35

05 何の成果も得られず

 その日、結局俺たちは何の成果をあげることもなく、気持ちが落ち着いたところで帰ることにした。


 駅前のバスに乗り、彼女の家の前まで送る。

 とあるバス停で降り、歩いて十分ほど。


 それまで新浪が何かを喋ることはなかったものの、常にその手は俺の腕を掴んでいた。


「今日はその……ごめんなさい」


 最後、別れ際に言ったその言葉に俺は首を振る。


「これに懲りたら、もう金輪際関わるのはやめてくれ」

「ううん。それだと私の気が済まないし明日も手伝う」


 返ってきた提案に、俺はもう一度首を振った。


「いやいや……わかっただろ? 邪魔になるだけだ」

「私にも何かできると思う。だから、明日も手伝う」


 真っ直ぐに見つめてくる瞳。

 その純粋さが尚更厄介だった。

 それでも彼女の決意は固いのか、真結び閉じられた唇は意思の強さを如実に現している。


「……なら、その格好は止めてくれ。男からしたらナンパしてくれと言ってるようなものだ」


 せめてもの抵抗を口にすると、新浪は微笑んで「わかった」とだけ言った。


「じゃあ、また明日。時間は今日と同じでいい?」

「……迎えにくる。時間は七時半」

「そんな、そこまで――」

「何かあってからじゃ遅い。責任は全部俺が持つ……と言いたいところだが、残念ながらその能力が俺にはまだないんだ。だから、出来る限り最善を尽くす」


 新浪は少しだけ不服そうだったが、諦めたのか浅く息を吐いた。


「黒井くんって真面目だね」

「それを真面目に取るのなら、不真面目な奴等はたぶん全員死んでるぞ。最悪を想定して最低限を押さえてるだけだ」


「そういう所が真面目なんだよ。終わらせ屋なんて……もっと悪い人たちだと思ってた」

「まぁ、人間関係を終わらせるために悪どい手段に出る"終わらせ屋"も少なくない。結局、金を出す依頼人がお客様だからな。彼らを満足させるためなら、相手方はどうなったっていいという奴等もいる」


「……そっか」


 新浪は呟くように言い、少しうつむいていた顔をあげる。


「もう行くね。さすがに遅いし」

「あぁ」


 彼女は小さく手を振ってから背中を向けた。

 それを確認してから俺も帰路につこうとする。


「――あっ、それと!」


 不意に後ろからそんな声がして振り向く。

 そこには駆けてきた新浪の姿が至近距離にあって、その勢いのまま彼女は、俺の頬に唇を押し付けたのだ。


「今日のお礼! ありがと! じゃあねっ!」


 離れた彼女は、まるで突風のごとく捲し立てて走り去る。暗くてよく視認できなかったが、その表情はなんとなく赤くなっていた気がした。


「お礼……ね」


 その頬を触る。

 もし、俺が普通の男子高校生だったなら天にも昇るような嬉しさを味わっていたのかもしれない。


 だが、心は冷めていた。

 新浪が嫌いなわけじゃない。ただ、熱を持つ部分が俺には欠けてしまっているだけのこと。

 そのことに罪悪感さえ抱く。


「帰るか……」


 そのまま俺は家へと帰った。

 出迎えてくれた栞は「夜遊びだぁ」「不良だぁ」などと母さんや父さんに言っていたが、二人は気をつけるようにと笑顔で注意するだけ。

 こんなことは今に始まったことじゃない。

 終わらせ屋を始めてからは、わりと頻繁にあること。

 裏で何かしていることには流石に気づいているだろうが、追求まではしてこない。


 それは、俺がちゃんとした成績を残しているからこそなのだろう。


 言われたことに歯向かったことはない。

 親と喧嘩したのなんて記憶にすらない。


 だから、俺は自由でいられた。

 そのことに間違いにも(・・・・・)感謝すらしているほど。


 だから、俺は優等生の笑顔を彼らに向けて演技する。


「気をつけるよ。遅くなるときは連絡もする」


 そしたら、彼らはもう何も言ってこない。それを確認してから、自室に戻ったのだった。




◆◆◆




 翌日。


「何してんだ……お前」


 登校すると、下駄箱の前で深呼吸をしている四島がいた。

 

「やぁ、幾人。今日も空気が美味しいね!」

「空気が美味しいって……ここ下駄箱だぞ」


 美味しいというよりは、少し臭い。

 それを大きく吸い込んでいる四島に俺は若干引いてしまう。


「昨日さ、僕犯されそうになっただろ? それくらい積極的な女の子たちがいるのなら、下駄箱にラブレターの五つや六つ入っていてもおかしくないと思うんだ?」

「今時ラブレターって……」


「まぁ、僕にも心の準備ってものがある。だからこうして緊張をほぐしていたわけなんだけど……やっぱり吸い込んだ空気の中には恋の臭いがプンプンしてるよ」


 爽やかな笑顔で何を言っているのか。


「馬鹿なことやってると遅刻するぞ」


 もはや構うことすらアホらしくてさっさと履き替えた。

 それに四島は慌てて自分の下駄箱を開ける。無論、ラブレターなど入っているわけがない。


「……なるほど。引き出しの方かッッ!」

「お前のポジティブさだけは見習うべきなんだろうな」


 その後、教室に入った俺と四島。


 だが、やはり四島の引き出しにもラブレターは無かった。


「おっかしいな……これ教科書詰め込み過ぎてるからかな?」


 彼の引き出しには、全ての教科書とノートが詰め込まれているため、ラブレターが入る隙間すらない。


「それとも奥の方……?」


 彼はバラバラとその教科書たちを周辺の床に散らかして奥の方を探るが、やはりそんなものはない。

 そして少し考えた四島がとった行動。


「ちょっとごめんよ。もしかしたら、僕の引き出しに入らなくてこっちに入れたのかもしれない」

「えっ、おい、なんだよお前……ちょっ!?」


 それでも諦められなかったのか、四島は隣の奴の引き出しに手を突っ込んで教科書を掻き出し始めたのである。

 とんだとばっちりだ。


 そいつの教科書たちもバラバラと散らばり、引き出しの持ち主は迷惑そうな顔をしている。


「賽の方にはない?」

「ないな」

「んーおっかしいな。ん? こっ、これは!!?」


 そうやって散らばった教科書の中、四島は18歳未満閲覧禁止の本を見つけて喫驚の声をあげた。


「おはよー! 間に合ったぁ!」


 ちょうどそこへ、テニス部の朝練を終えた林道がばったり。

 エロ本を両手に興奮している四島と、それを見て固まる林道。


「……四島……あんた、なんてものを学校に」

「ん? いっ、いや! 違うんだ! これは僕のじゃない! ほら、こんなもの僕が見るわけないだろ!」

「さいってぇ!!」


 パチンッと綺麗な音が教室に響く。


 どうやら……今日も平和な一日になりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ