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04 イチャイチャ張り込み

 午後八時。

 駅前には会社帰りのサラリーマンたちが未だポツポツと歩いていた。

 結局、新浪についてのことは解決しないまま彩芽さんの事務所を出てきてしまう。ただ、彼女が「好きにしたまえ」と言った言葉で、なんとなく吹っ切れてはいた。


 そんな中、LINEで連絡を取って待ち合わせ場所に現れた新浪に俺は絶句する。


「お前……なんだよそれ」

「ん? なにが?」

「その格好」


 いや、これは俺は悪い。

 何をするのか。それを話してなかった俺が悪いのだ。


 そこには、まるでデートでもするかのような私服姿の新浪。

 可愛さステータスに全振りしたその格好は抱きつきたくなる衝動に駆られても、一緒に仕事をしようなどとは到底思えないファッション。

 生足を際立たせるミニスカートの攻撃力は異常で、顔の良さも相まってか、すれ違えば二度見してしまうほどの印象を与えた。


「というか、それでよく家を抜け出せたな?」

「たぶん家族は、私が猛勉強してると思ってる。部屋の扉にも入らないよう貼り紙してきたし」

「バレた時がヤバいな」

「それよりも、こんな時間に何するの?」

「あぁ」


 俺はスマホを取り出して、地図アプリを起動させる。

 依頼人である川栗さんの話では、たしか駅からそう遠くなかったはずだ。


 それを頼りに歩きだす。新浪はとことこと後ろをついてきた。


 そして。


「――ここだ」


 見上げたビル。ビルの名前も前情報と一致している。


「ここは?」

「あぁ、依頼人の職場だ。まずは依頼人の言っていた事が事実かどうかの確認をする必要がある」

「たしか……同僚の不倫だったよね」

「マジで聞いてたんだな。まぁ、そういうことだ」

「それってどうやって確認するの?」

「現場をカメラにおさめる」


「えっ!?」


「それしかない」

「じゃあ……まさか潜入捜査でもするの!?」

「そんなわけあるか。そもそも高校生の俺らが入れるわけがない」

「じゃあ……どうやって」


 そう言った新浪に俺は笑みを浮かべる。

 

「待つんだよ。聞いた話では勤務終了は午後八時」

「まさか……」

「そのまさかだ。その同僚が不倫している現場をカメラにおさめるまで、ここで耐久するんだ」


 そのために俺は、同僚という人の情報を川栗さんから教えてもらっていた。

 名前は樋口(ひぐち)啓子(けいこ)。写真もあるため顔もわかる。

 あとは、待つだけ。


「待って。それビルの中で行われていたら意味なくない?」

「なくもないが、わざわざ職場に残ってイチャイチャするよりも外でイチャイチャするほうが周りにはバレにくい。まぁ、そこら辺は賭けだな」

「……もし今日ダメだったら?」

「ん? 明日があるだろ?」

「明日がダメなら?」

「明後日があるじゃないか」

「まじ?」

「まじ」


 それに新浪は苦笑い。もしかしたら、それで帰ってくれるのかと期待したのだが……。


「結構ちゃんとしてるんだね。私も頑張らないと!」


 結構ちゃんとやる気を出されてしまった……。


 そして。

 待ち始めて三十分は経っただろうか?

 ビルの入口が見える離れた路地で、俺と新浪はジッとしていた。

 季節は春。最近は暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は冷え込む。体を動かしてないからなのだろう。しきりに新浪は手や足を動かしていて、しまいには俺に抱きついてきた。


「うぅ……さぶっ」

「そろそろ帰ったほうがいいんじゃないのか?」

「ここまで居て帰れないよ」

「風邪引くぞ」

「……いいよ別に」


 そうして体にまとわりつく新浪。

 俺は無視してビルの入口に集中していたのだが。


「――ッッくしゅん!」


 彼女のくしゃみで、ため息吐き出す。


「嫌じゃなかったら中にはいれ」


 そう言い上に着ていたコートの前を開いてやると、新浪は返事もなくするりと中に入ってきた。

 そのままコートを閉じてやる。


「へへへっ。あったかあったか」


 笑った彼女の吐息、熱を至近距離で感じる。

 もし学校の奴等にでも見られたらアウトだろう。

 何故、イチャイチャ現場を抑えなければならない俺がイチャイチャしてしまっているのか。もはや訳がわからん。


「あー……ちょっとトイレしたい、かも」


 そうやって待っていると、唐突に新浪が告げた。

 通りで先程からモゾモゾしていたわけだ。


「たしか、その辺の公園に公衆トイレあったぞ」

「ついてきて欲しいんだけど」

「馬鹿か。その間に出てきたらどうする?」

「まぁ、たしかに」


 新浪は渋々俺のコートを出て、公園の方に向かった。

 それを横目に、ビルの方へ視線を戻す。


 そうしてしばらく待っていたら、写真と全く同じ女性がビルから出てきた。

 しかも、その隣には壮年の男性が一人。


「くそっ……こんな時に」


 急いで新浪のLINEに通話をするが繋がらない。トイレに言ってから、既に十分は経っていた。


 その間にもターゲットはどんどんビルから離れていく。


 どうする……どうする?


「……これは俺が悪かったな」


 俺は、諦めて公衆トイレに向かった。







 廃れた公園には広さのわりに遊具は少なく、設置された街灯まで寂しさを醸し出していた。


 その奥にポツンとある公衆トイレ。

 その付近で新浪の後ろ姿を見つける。


「お――」


 声を掛けようとしたが、彼女の前に男が三人いるのを見つけてしまい止めた。


「えー、いいじゃんちょっとくらい」

「ほんと! この通りだから、ね?」

「オメェのお願い軽すぎっから」


 仲良さげな三人は、冗談混じりに新浪を囲っている。


「……ごめんなさい。本当に用事があるので」

「待ってよ。連絡先くらい教えてくれてもよくね?」


 新浪は何とか逃げようとしていたが、巧みに彼らが逃げ道を塞いでいる。

 それはナンパというより、脅迫にも見えた。


「つかさぁ、君いくつ? こんな時間に遊んでるのバレたらヤバいんじゃないの?」


 ニヤニヤと男の一人が言って、それに二人が「若く見えるよねー」「学生じゃね?」なんて便乗する。


 あまり良い展開ではなさそうだった。

 どうするか……。


 スマホを握りしめて緊急連絡先を見つめる。

 もしもの時のために警察に連絡したとして、彼らはすぐに駆けつけてくれるのだろうか。

 いや、それよりも無事に保護されてとして何と言い訳をする? だが、そんなことを言っている時間もなさそうだ。


 三人……。


 なにか飛び道具があれば、三人相手でも勝てそうだが今の俺には……。


 そうして無意識に触ったポケット。

 その膨らみに気づいて俺はハッとする。


 あるじゃないか……。俺には――おにぎりが。


「――おーい! お前何して……んの?」


 すぐに駆け出して新浪へと声をかける。そして、今初めて気づいたかのように男たちへと視線を移す。


「黒井くん!」


「あ? ……なに、もしかして彼氏きちゃった?」

「んだよ、男いんじゃん」


 二人がつまらなさそうにぼやいた。その反応から、うまく新浪だけを連れて離れられそうではある。


「すいません……ほら、行くぞ」

「う、うん」


 ホッとしたような顔。そんな新浪の手を掴んで無理やり離れようとしたその時。


「なぁ、待てよ。……君もこんな時間に彼女連れて遊んでちゃいけないんじゃないの?」


 そんなことを言った男が、離れようとした新浪の反対の手を掴んだのだ。


「なにか証明書見せてよ。警察の代わりに俺らが職務質問してやるから」

「あの……放してください」

「終わったら放すよ。ほら、何か見せて?」


 彼は気味の悪い笑みを浮かべていた。

 その瞳の奥にはどこか怒りのようなものを感じる。


 いや、怒りというよりは悪意。それが彼にある以上、どうしたって俺たちを無事に逃すつもりはないのだろう。


 それを促しているのは、ナンパが成功しなかったことへのイラつきなのか、ナンパを邪魔されたことに対する怒りなのかは分からない。

 ただ、その心根にあったのは、ひどく歪んだ何かなのだとは分かる。

 おとなしく諦めてしまえば良いのに……きっと彼には無理なのだろう。世間一般的に言われている"諦めの悪さ"。それが時に美談とされるナンパにおいて、彼は大きな勘違いをしているようだ。


 それを美談としているのは『失敗してもへこたれない精神』を指している。何度ダメだったとしても、その度に立ち上がることのできる強さこそが美しいと誰かは言ったのだ。


 だが、今の彼はそうじゃない。


 失敗することを恐れ、失敗する原因こそを悪としていた。

 だから、邪魔した俺に悪意をむける。平然と正義面をして警察の真似事をやってのけようとする。


 それは間違っていた。

 諦めの悪さを大きく勘違いしていた。


 だから……俺はもう口論をすることを止める。

 そして、少しでも勝率というものを引き上げるために先手を打つことにしたのだ。


「ほら、持ってるでしょ? 免許証とか。まぁ、学生証でもいい――モガッッッ!?」


 悪びれることない彼の口めがけて、俺はポケットから取り出したおにぎりを思い切り押し込んだ。

 おにぎり効果で、ここから三十秒は俺のターン。


 そして、突然のおにぎりに驚いて口を開けていた二人にも、寸分の狂いなく二つおにぎりを取り出して押し込んでやったのだ。


「――アガッ!?」

「――ングッ!?」


 突然口に押し込まれたおにぎりを取るべく、男が新浪の手を放す。


「走れ!」


 その瞬間を逃すことはない。

 俺は叫んで駆けだし、新浪も引っ張られるように走り出した。


 それから、どこをどう走ったのかは覚えていていない。


 ただ、必死だったことは確かだ。

 体力が続く限り走り続けた俺たちは、隠れるように閑静な住宅街の路地裏に逃げ込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 息が荒い。

 彼女もそうなのか、呼吸は重なる。

 そして、新浪は言葉もなく俺に抱きついてきた。


 走ったばかりで体は熱い。寒さを(しの)ぐためでないことは確か。


 ただ、俺の体を締めつける力が……微かに震える腕が……言葉などなくても、何を言いたいのかはわかる。


 俺たちは会話もなく、ただその場でそうしていた。

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