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最終話 終わらせ屋への加入


 結局、俺が彩芽さんにした依頼は中途半端なまま終わった。


 いや、継続中といったほうが適切だろうか?


 俺が最終的に目論んでいたことは未遂に終わり、その可能性だけは潰えてはいないのだから。



――今後、そちらを利用することはないです。私が満足するような結果ではなかったので。もし今後も商売を続けたいのならご参考までにどうぞ。顧客の満足度を考えることも大切なことですよ。



 ふと、そんな事を最後に吐き捨てて言った依頼人の事を思い出す。


 まさか、あんな捨て台詞に共感する日がこようとは思いもしなかった。


 目の前でほんのり湯気をたてるお茶をボンヤリと眺めながらそんな物思いに耽る。茶碗を触ってみるがちょうど飲める程度の温度になっていた。ズズズ……うまい。


「――ええ……はい、わかりました」


 そして、そのお茶を煎れてくれた者は現在、電話で通話をしながら反対の手でメモ用紙にペンを走らせていた。

 そのペンは一通り走り終わると、まだ走り足りないといった様子で細い指の上をくるくると舞う。


 今度は、その綺麗に描かれる弧をボンヤリ見ていたら、いつのまに通話が終わったのか、今度はカタカタとパソコンのキーボードを叩く軽快な音が聞こえてきた。ズズズ……やはりうまいな。


「助手をもうひとり連れてくると言ったが、嘘を吐いたようだね?」


 そんな声のほうを向くと、彩芽さんがディスクに座ったまま俺を睨みつけていた。もちろん、彼女の手元にもお茶がひとつ。


 これは新浪が事務所に持ち込んできた最高級の代物だ。


「まさか新浪がこんなに働けるなんて思ってもみなかったんですよ。……たしかに助手一人分は嘘でしたね」


 そうやって肩を竦めてみせたのだが、彩芽さんの表情は変わらない。


「違う。連れてきたのは、仕事もロクにせずただボォーっとお茶を飲んでるだけの怠け者という事だ」


 そこでようやく、彩芽さんが俺に対して怒っているのだという状況が飲み込めた。


「いやいや、俺のほうが先にいたでしょ?」


「そうだ。先に居たからこそ、いろいろな仕事を教えてあげたんだ。そして、今その仕事を多くこなしているのは新浪のほうだ。なら、私の認識が間違えてしまったとしても不思議ではないだろう? 私の見立てでは、黒井……君のほうが先にここにいて、彼女よりも多くの仕事をこなしてるはずだったからね」


「なるほど……。じゃあやっぱり怒りの矛先を向けるのは俺じゃなく新浪ですね」


 しかし、俺は彩芽さんの視線に動じることなく、今もパソコンに向かう新浪のほうを指さした。


「なぜかね?」


「それだと、俺みたいな怠け者を連れてきたのは新浪ってことに――」


 彩芽さんの眉間に深いしわが刻まれたので、それ以上言うのをやめた。


 しかし、刻まれたしわが戻ることはなく、その怒りが今にも口から飛び出ようとしたところで、運良く新浪が彩芽さんに話しかける。


「彩芽さん、今依頼がきて」

「……見せてみなさい」


 助かった。


 いつのまにプリントしていたのか、おそらくさきほど打ち込んでいた依頼人資料を渡された彩芽さんは俺から視線をその紙へと移す。


 少し前まではメモ用紙に書いて、口頭で彩芽さんに伝えていた作業。たしかそう教えたはずだったのに、新浪は勝手にノートパソコンまで持ち込んで作業を効率化させてしまった。

 その資料はもう一枚コピーされているようで、彩芽さんが資料に目を通している間、新浪はもう一枚をファイルに挟んで棚に片付けている。そういえば、あの棚もう少しゴチャゴチャしてなかったか……?


「黒井、仕事だ」


 そんな新浪の仕事ぶりを眺めていたら、ようやくお声がかかった。声音はすこし怒っているようだったが、俺は怒られるようなことは何もしていない。むしろ、俺が彩芽さんにお願いした依頼を、現在進行系で遂行中なのだから怠けているというのも違う気がする。


「新浪も一緒に行きなさい。黒井に従っていれば特に問題はないだろう」

「わかりました」


 俺は最後にお茶を飲みほして立ち上がると、新浪は既に小さなショルダーバッグを肩にかけて傍に立っていた。


「行きましょう」

「……お、おう」


 新浪は俺が提案したうち、終わらせ屋の仕事を手伝うという選択肢を選んだ。


 その後、彼女は事務所で仕事をしはじめたわけなのだが、彩芽さんや俺から教わったことを瞬く間に吸収して今に至っている。


「黒井くんって彩芽さんに信頼されてるんだね」


 事務所を出たところで新浪がそんなことをポツリ。


「信頼?」

「うん。事務所内でのことは教えてくれてるけど、依頼人との接触に関しては何も教えてくれないから」

「教えるつもりあるから、こうして一緒くたにされてるんだろ?」

「でも、黒井くんははじめからそれを教えられてたんしでしょ?」

「なんでそう思った?」

「黒井くんが事務所内での仕事をしてるの見たことないし、してた形跡も見当たらないから」

「あー……」


 なるほど。たしかに、俺は終わらせ屋に入った直後から依頼と直接的なことを教えられた。いまさっき新浪がやってたことなんて、二次的な作業に過ぎないと思っている。


「信頼されてるというより、タイミングの問題だと思うがな。新浪が先にいたら、今頃俺が棚の整理とかしてたと思うぞ?」


 そう言ってやったのだが、新浪はどこか納得していない様子。


「それに、俺は彩芽さんが言った通りにしてるだけだから信頼も何もない。今だって依頼人に会って話を聞いて依頼料の見積もりをするだけだ。そんなの誰にだってできる」


 追加でそう言っても、新浪はゆっくりと首を振った。


「誰でも良いなら黒井くんに頼んだりしないよ。だって、たぶん彩芽さんがそれをする方がきっとスムーズだもの」

「俺が高校生だから?」

「そう」


 高校生だからという言葉を口にするとき、心臓が一瞬跳ね上がった。もしかしたら……、そう遠くない未来で新浪は俺が隠している事にたどり着いてしまうかもしれない。なにせ、彼女は教えられたことを次々に吸収していく人間だったから。


「だから、ちょっと不思議でもあるんだ」

「不思議?」

「なんで私が、そんな仕事に関われるてるのかってこと。たぶん、それは黒井くんが隠してることと関係あるんだよね?」


 どうやらその遠くない未来は案外物凄い速度で迫ってきているのかもしれない。高校を卒業まで持つだろうか……。


 俺はすぐに答えられなかった。そして、それこそが肯定の意だと気づいていながらも何も言えずにいた。


「まあ、それはゆっくり考えるからさ!」


 そんな俺を不憫に思ったのか、新浪は笑って終わらせようとする。そのことに安堵したが、同時に敗北の味もした。


「ちなみにだが……、俺がこの仕事に関わるようになったのは、全てを終わらせようとしていたからだ」


 だから、それは敗北を認めたくないささやかな抵抗だったのかもしれない。


「終わらせる?」

「というか、彩芽さんにはそう見えたらしい。あながち間違いじゃないが、俺は自殺するほどの勇気はなかったから見当違いではあるな?」


 その説明で、全てを終わらせるという言葉の意味を理解したのか新浪の目がほんの少し大きくなった。


「何もかもがどうでも良かったんだ。終わったっていいし終わらなくたっていい。俺にとっては全てが対等であり、公平であり、何もかもが右か左どちらかの扉をただ理由もなく選び続ける作業に過ぎなかった」


 淡々と動く口のせいで、歩みが止まっていた。


 新浪は俺を追い越した数歩先で振り返ったまま黙っている。


「そういう人間はこの仕事に向いていると彩芽さんに言われたんだ」


 彼女は「何を言えばいいか分からない」という顔をしたまま、やはり何も言えずにいた。


「これはお前に隠していることへのヒントでもある」


 だから、ニヤリと笑って助け舟をだしてやる。敗北の味は随分と薄れていた。


「ヒントをくれるくらいなら、答えを教えてくれたっていいのに」

「答えにたどり着きそうな奴になんかヒントは教えないぞ。教師や先生たちがそうやって優しくなるのは、生徒があまりにも見当違いの方向に突っ走ってる時だけだ」

「じゃあ、私のさっきの推測は間違いだったってこと?」

「さあ?」


 とぼけてみせたら新浪は頬を膨らませた。


 言えるわけがない。実際は、新浪が想像以上に真実に辿り着きそうだから、ミスリードしようとしているだけなんだから。


「……」


 ミスリード……? 俺が?


「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 不思議そうに見つめる新浪の問いに我を取り戻した。


 そして、思わず笑ってしまいそうになる口もとを必死で抑えた。


 だってそうだろ? 俺は……新浪に真実を告げて、彼女の義父を断罪することを願っていたはずだ。ミスリードなんてする必要はない。


「まあ、いいや。行こう?」


 不思議そうに俺を見ながらも、新浪は再び歩きだす。俺はそれに慌ててついていく。


 もしかしたら……これで良かったのかもしれない。


 と、そんなことを思った。


 俺は、頑なに自分が気に入らない悪を成敗しなければならないと考えていた、だが、心のどこかでは、それが先延ばしになったことを喜んでいるのかもしれない。


 それは、俺が考える新浪のためでも、彩芽さんが説いた新浪のためでも無い。


 きっと俺自身が望んだ、俺のため。


「黒井くん……?」

「うわっ!? なんだよ、いきなり」

「それはこっちのセリフなんだけど……」


 怒ったような表情をする新浪の顔がすぐ近くにあった。

 

 どうやら、俺はまた考え事に夢中になって立ち止まっていたらしい。


 顔を覗き込んできた新浪があまりに近くて、驚いた拍子にバランスを崩してその場にひっくり返ってしまうと、呆然とした彼女はそれを見てクスクスと笑った。


 そんな新浪を下から睨んでいると、「ごめんごめん」と尚も笑いながら差し出された手。


 それに俺は怒るべきなのに、彼女の楽しそうな笑みを見ていると到底そんな気にはならなかった。むしろ――。


「まだ考え事しておく?」

「いや、もう必要ない」

「また勝手に立ち止まられたら迷惑だけど」

「とりあえず、結論はでたから」


 彼女の手を取って立ち上がると、尻もちをついた後ろを屈んで払う。


 それは、赤くなっているであろう顔を隠すためでもあった。


 思い出される新浪からの問い。



――期待、してもいいのかな……?



 それを肯定したのは、あくまでも彩芽さんの提案を遂行するために過ぎない。


 しかし、実はそうではなかったのかもしれない可能性に気づいてしまって顔が熱くなっていた。



 俺が、俺のために新浪の傍で力になることを望んだ理由。



 立ち上がるときに新浪の手を握った自分の手の指先が、血管を通る血に沿ってドキドキしていた。


 その鼓動が全身に回ってしまわないうちに、結論を頭の隅に追いやり俺は新浪の背中を追う。


 何もかもがどうでもいいと選び続けていた作業。

 おそらく、これからもそうだろうと思い込んでいた人生。


 それは、新浪に終わらせ屋の仕事がバレたことによって、多少の変化をもたらしたらしい。

【あとがきとお詫び】

今作品、裏でやっている仕事が学年トップクラスて可愛い女子にバレました。をお読みいただきありがとうございました。そして、約2年間も更新を滞らせていたこと申し訳ありません。


新浪晴香の終わらせ屋加入は、この作品を書き始めた時に思い描いていた結末ではあったものの、そこに至るまでの展開については大きく変更を致しました。


話の流れから気づいた方もいるとは思いますが、改めて説明すると、本来は『黒井賽が痛快に新浪の義父を成敗する』というのが大筋でした。それを変更したのは、「それを果たしてハッピーエンドと呼べるのだろうか?」と作者自身疑問を抱いてしまったためです。


以前のあとがきでも書いたように、この問題には彼らがまだ高校生であるという事実がネックになっており、大学生や社会人設定として初めから書き直すことも考慮したのですが、元来作者は、しがない村人が魔王を倒すファンタジーに憧れ、警察でも探偵でもない一般人が凶悪な事件を解決するサスペンスを好みます。ですから、たとえ設定を変えて書き直したとて、おそらく彼らには手に負えないほどスケールの大きな問題を課しただろうと思い踏みとどまりました。そして、急遽考え直した展開は当時作者が自信を持って書けるほどの顛末ではなく、お粗末な未熟さが露呈することを恐れて長い期間放置をしてしまいました。


本当に申し訳ありませんでした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結お疲れ様でした。 [一言] この作品については知らなかったので、最近の更新を期に読んでました。 終わらせ屋…結構難しい題材だなと。 ありがとうございました。
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