03 相談
放課後。チャイムが鳴った瞬間に隣の四島が嬉しさを爆発させた。
「っしゃぁ! 賽。僕らの新たなる青春を祝って、二人カラオケにでも洒落混もうぜ!」
「すまんな、新浪と約束がある」
「えっ!?」
「カラオケには一人で行ってくれ」
「えぇぇぇッッ!!」
「うるさいぞ」
そう言って俺は、ポケットから裸のおにぎりを取り出して四島の口に詰めてやった。
彼は「モガモガ」と言いながらも黙ってしまう。
ちなみにだが、おにぎりというのは三十秒以内で食べきることができない物らしい。その効果が持続しているうちに俺は教室を出る。
男たる物、やはりポケットにはおにぎりを忍ばせていなくてはならない。
「あっ、黒井くん!」
そんな時、ちょうど新浪が廊下を駆けてきた。
その姿は羽が生えたように軽快で、振り撒く笑顔は天使のよう。
「……じゃあ、バラされたくなかったら行こっか?」
そんな笑顔のまま彼女は悪魔の囁きをしてくるのだ。
「楽しそうだな」
「うん。昨日からわくわくしてたの。まさか身近にそんな人がいたなんて思わなかったから」
「隠してるだけでわりといるぞ。こんな世の中だからな」
「ふぅん? そうなんだ」
終わらせ屋は表に出ている仕事ではないものの、ネットで探せば見つけることができる。
今や人間関係で悩む者たちは少なくない。そして、それが原因で自ら命を落とす者たちも少なくない。
社会の闇が作り出した職業。しかし、闇は闇でも人の命を救うこともある。
「どこに行くの?」
下駄箱で靴を履き替えながら聞いてくる新浪。
そのすらっとした太ももに一瞬目を奪われたのは仕方のないこと。
学年でもトップクラスの美少女。
あながち間違いではないのだろう。
「話は手短にしたい。これからやらなきゃいけないこともある」
「それってさ、その件のこと?」
「他に何があるんだ……」
「じゃあ、それ見たい!」
「いや、邪魔なんだが」
「邪魔しない!」
「いや、存在が邪魔」
「じゃあバラすよ?」
すぅっと新浪の目から光が失われていく。
それは本気の目。
「……全部それで要求通すつもりか?」
「仕方ないよ。見られちゃったんだから、私に」
そう言い、無言で問い詰めてくる視線。
俺は悩んでいたが、ため息を吐き出す。
もはや諦めるしかなかった。
「絶対に邪魔はしないでくれ……」
「やったー!」
ピョンピョンとその場で嬉しさを露にする新浪。スカート太ももスカート太もも……あぁ、黒、スカート、太もも、スカート……。
仕草は子供っぽいのに、とても大人な物を履いておられます。
「とっ、取り敢えず二十時に駅来れるか?」
「二十時ね? なんとか抜け出してくる」
新浪は親指を立てる。
「言っておくが……制服のまま来るなよ?」
「大丈夫大丈夫! というかLINE交換しようよ」
彼女はそう言ってスマホを取り出した。俺も鞄からスマホを取り出し連絡先を教える。
まさかこんな形で女子の連絡先を知ることになるとは思わなかった。
「じゃあ、また後でね!」
嵐のように去っていく新浪。なんとなくだが……これから先もこうして無理やり要求を押し通されるような気がして怖い。
「……対策しとかないとな」
俺はいましがた交換したばかりの連絡先を見ながら、無意識に呟いていた。
「――ただいま」
「お兄ちゃんおかえりー」
そうして帰った家。そこでは中学生である我が妹、黒井栞がテレビを見ながら出迎えてくれた。
家族には、俺が終わらせ屋をしていることは秘密にしてある。
仕事の代金については完全な振り込み制だが、もちろんその口座をつくったのは親じゃない。無論、まだ未成年である俺がつくれるはずもない。
「兄ちゃんすぐに出るから、母さんたちが帰ってくるまで家は絶対に開けるなよ」
「ほいー。……あれ? もしかして晩御飯まで帰ってこない系?」
「帰れないな。それも伝えといてくれ」
「悪くなったねぇ。少し前まではすごい真面目だったのに」
リビングのソファからひょっこり顔を覗かせる栞。
どこで覚えてくるのか、最近は大人びた言動をすることが多い。
「真面目だろ。成績は落ちてない」
「まぁ、そこは本当に凄いよね」
「お前もちゃんと勉強しておけよ。成績が悪いと、俺みたく自由を得られない」
「それは……たしかに」
栞は三年生だ。
今年から受験生になった。そのことに本人も焦りを感じているのか、俺がけしかけるとテレビを消して二階の自室へと上がってしまう。
勉強をするつもりなのだろうが……まぁ、漫画と掃除との格闘だろうな。
俺はそのまま家を出ると鍵をかけ、とある場所に向かう。
それは街中にあるビルの一室。
扉の前には『終わらせ屋』の看板があった。
そこは、俺みたいな個人で仕事を請け負っている終わらせ屋ではなく、ちゃんと事務所を持っている終わらせ屋。
そして、ここには俺をこの道へと引きずり込んだ張本人がいる。
その人こそが、仕事で使う俺名義の口座を所有しており、仕事の仕方や様々なことを教えてくれていた。
一応、周囲に誰もいないことを確認したうえでピンポンとチャイムを鳴らす。
ここを出入りしているところはあまり見られたくない。
俺は、この事務所へは極力立ち入らないようにしていた。
そうやって待っていると、ようやく扉が開く。
「なんだ……お前か」
そこには、眠そうに目を擦る髪の長い女性が一人。
「彩芽さん……寝てたんですか」
もう夕方だというのに……この人の生活リズムはどうなっているのだろうか。
欠伸をする彼女は、そのまま扉を大きく開き俺を招き入れてくれる。
「まぁ、入りなさい。お茶でもだそう」
そうして俺は、事務所の中に入った。
「ちなみに、何の用だね?」
キッチンでやかんに水を入れた彼女は、そのままコンロに置いてカチカチと火をつける。
「同じ学校の生徒に終わらせ屋していることがバレました」
「なるほど。それで?」
「いや、それでって……」
てっきり怒られるのかと思ったが、普通に返されてしまったことに困惑してしまう。
「まさか、私に助言を求めにきたわけでもあるまい」
「その、まさかなんですけど」
俺は素直に白状する。
新浪に稼業がバレてしまったこと。そこから起こりうる予想や今後どう動くべきかを、俺は彼女泉堂彩芽さんに聞きにきたのだ。
「ふむ。では、相手はなんと言っている?」
「興味があるから仕事を見せてほしい」
そう答えると、彩芽さんはフッフッと笑った。
「私も仕事柄、バレてしまった時に嫌な顔をされることは多々あるが……そうか、興味を持たれてしまったか」
「はい。それでついてこようとします」
「なかなか面白いな? そいつは」
何故彼女はそんなにも楽しそうなのか理解ができない。
「終わらせ屋のことは学校側も知らないことです。もしバレたら彩芽さんにも迷惑がかかるかもしれない」
「それを危惧してここに来たわけか。殊勝な心がけじゃあないか」
「ですが、バレないようそいつを現場に連れていけば、間違いなく邪魔になります」
「なぜ?」
「何故って……おそらくショックを受けるはず」
「ふむ」
沸騰が近いのか、室内にやかんの溢れそうな蒸気音がしている。
彩芽さんはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「一つだけ言っておこう」
「……なんですか」
「もし、君が終わらせ屋をやっていることが学校側にバレたとする」
「はい」
「そしたら、転校すればいい」
「転校……」
「元より終わらせ屋は、そういう手段に関してはプロフェッショナルだ。それと私に迷惑がかかることはない。私はそういうことも兼ねて、君に終わらせ屋を勧めたのだからね」
笑みを崩すことなく彼女は言い切った。
そのことに俺は安堵する。それは俺の知りたかったものではなかったが、求めていた答えであるような気はした。
「好きにやりたまえ。それで駄目だったなら、私と共に遠くへ逃げればいい。生きる場所はここだけじゃあない。世界は広いのだから」
彩芽さんがそう結論付けた時に、ちょうどやかんが甲高い音を鳴らした。
頼りになる人だ。心からそう思う。
「彩芽さん、終わらせ屋なんかやってなかったら今頃結婚して家庭を築いてますよ」
「なんだ? 口説いているのか?」
勝ち気な表情で彼女は俺を見る。
寝起きで薄化粧なのにも関わらずその表情は魅力的で、キッチンに立つ後ろ姿は綺麗だった。
本当にもったいない。




