24 相違
ライブが行われるのは、都心に建てられた大型施設だった。
おしなんがいるアイドルグループはそれなりに人気らしく、デパートなどの一角で行われている特設ステージみたいなイメージしていたような俺にとっては衝撃の事実である。……いや、さすがにそれはないと分かってはいたのだが、もっと小さめの施設でライブをするのかと思っていた。
よくよく調べてみれば、動員数は一万人。
入場はチケットにある番号で決めているようで、ライブ開始までまだ一時間ちかくあるにも関わらず、小さい番号を勝ち得た猛者たちは列をつくって静かなる闘志を燃やしていた。
あの人たち、トイレ行きたくなったらどうするんだろ……。
そんなことよりもである。
「倉沢さん……どこにいるのか分からない」
三十分ほど前に到着した俺たちは、いまだ倉沢さんと合流できないでいた。
もちろん、新浪が通話で連絡を取り合っているのだが、それでも人が多くて会うことができない。
「え、さっきそこにいたんですか?」
新浪がスマホを耳にあてたまま聞き返している。
またか……。実はこのやり取り、三度目である。
「仕方ないな? 奥の手を出そう。新浪、今から俺が目立ってやるから、それを倉沢さんに伝えてくれ」
俺は、大きく息を吸い込む。
「えっ、ちょっと黒井くん!? なにを――」
何かを察した新浪が声を上げたが、俺は構わず大声を出した。
それは、覚えたての曲。
しかも、おしなんが担当しているパート部分。そこだけをへったくそな音程で、声高らかに歌い上げる。
ちゃんと振り付けと合いの手つきで。
「お・しぃ・なーーーん! ハイッ! お・しぃ・なーーーん! ハイッ!」
「ちょっ、黒井くん!」
新浪が止めようとしてくるが、そんなんじゃ止められないぜ☆
しかも、俺のおしなん推しに気づいた周りのオタクたちまでが、歓喜の叫びをあげて参加してくる。
「「「お・しぃ・なーーーん! ハイッ! お・しぃ・なーーーん! ハイッ!」」」
ザッ、オタクの格好をした俺を先頭にして、踊り出す集団。
それはやがて一つの生き物となり、人混みの中に召喚された。
だが。
『迷惑なのでやめてくださーい!!!』
拡声器を持ったスタッフが駆けつけてきて怒声をあげた。
それに俺は歌うのを止めてオタクたちは止まる。
新浪を見れば、表情は青ざめていた。
そんな俺は後ろからトントンと肩を叩かれる。振り返ると、警備員が一人。
「君さ、ちょっといいかな?」
顔は笑顔だったが、声は張りつめている。
さすがにヤバいかなと思いました。
「気持ちはわかるけど、ここでそういうことやっちゃダメなの分かるよね?」
「あっ……はい」
「とはいえ、僕もおしなん好きだから今回は見逃してあげよう。次はないよ?」
「あっ……はい」
警備員は満足げに頷くと、持ち場に戻るのか去っていった。
どうやら、俺はおしなんに助けられたらしい。
「ちょっと! 馬鹿じゃないの!?」
新浪が詰め寄ってくる。
だが、俺はそんな彼女の後ろを指差した。
「なによ? ……あ、倉沢さん」
そこには倉沢さんが立っていた。
どうやら目的は果たせたらしい。
彼女は、少し頭を下げて挨拶をしてきた。
ただ、俺に向ける表情はひきつっており、浮かべているのは明らかに苦笑い。
「急いでください」
それを無視して俺は彼女のぶんのチケットを渡した。
危険を侵してまで俺が早く倉沢さんと合流したかったのは、チケットの番号だ。
実は倉沢さんに渡したチケットの番号は二桁。既に、ロープが張られた中で並ぶ人数はざっと見て数百人ほど。
そして、おそらくその中にいるはずなのだ。
同じ二桁番号のチケットを持つ敏伸さんが。
それは、先日チケットを持っていた敏伸さんと会った際に確認していた。
「あの、これ――」
財布を出した倉沢さんを止める。
「お金は後ででいいので早く並んでください。まさかこんなに人が多いなんて思ってませんでした。敏伸さんと会えなくなりますよ」
そう言うと、彼女は頷いて列へと駆けていく。
それを見送った。
「なんとかなったな」
「他に手段なかったの……」
「だから奥の手だって言っただろ。目立つにはルールを犯すのが一番なんだ」
悪いところというのは、どうしても目立ってしまう。
テストで良い点を取った者よりも、クラスで最下位になった者のほうが注目を浴びるのと一緒。
それは長所と短所にも言えたことで、人の良い部分は探さないと見つからないくせに、ダメな部分は探さなくたって目についてしまうものだ。
だから、それを逆に利用したまで。
「もっと早く来ればよかったね」
「お前が飯を食べてないって言ったからだろ。昼飯なんか食べてなければもっと早くこれた」
「黒井くんだって食べてないって言ったじゃない! というか、店の中で店員とか他の人にものすごくジロジロ見られて恥ずかしかったんだから!」
「見られてたのは俺だろ。お前が恥ずかしがる必要はない」
「一緒にいたら同じなの! ……もう」
彼女は諦めたようにうなだれた。
「そろそろ俺たちも並ぶか」
「待って、その前にトイレいきたい」
俺たちのチケット番号は四桁だった。いろいろ話し合ったが、さすがにこの番号では、ライブの最中敏伸さんと倉沢さんに接近するのは難しいだろう。
だからこそ、すべてを倉沢さんに委ねるしかなかったのだ。
そして、その話は既に新浪から彼女へ伝えてある。
俺たちはもう、ライブを普通に楽しむしかなかった。
「……遅いな」
ライブ開始まで三十分を切った。
だが、いまだに新浪が帰ってこない。
入場する所では、既に先着の人たちがスタッフに誘導されて施設に入り始めている。
番号を聞く限り、二人はもう入場していておかしくない。
俺たちはまだまだだから大丈夫なのだが、さすがに新浪が帰ってくるのが遅すぎる気がした。
「まさか、な」
思い出したのは、張り込みの時ナンパ野郎に絡まれていた彼女の記憶。
嫌な予感がして俺もトイレへと向かう。
それは、別の施設にあるトイレ。
女性用トイレには、少し列があったがその中に新浪の姿はない。
さすがに中に入って探すことはできないので、待ってみることにした。
列に並んでいた女性が数人、不審そうな瞳を俺に向けてくる。
……退散することにしました。
どうやら、新浪の言うとおり俺がしてきたオタクファッションは既に前時代的なものらしく、こんなに人がいるにも関わらず同じ服装の者は誰一人としていない。
それどころか、露骨な嫌悪感を出す者までいる始末。
諦めてトイレから離れて元の場所まで戻る途中、俺はその施設の隅で見つけてしまったのだ。
「――ねっ? あんな奴より、俺らと楽しもうよ?」
「――君さ、絶対あんな奴と絡むタイプじゃないじゃん」
やっぱりか……。
それは今まさにナンパされている新浪と男二人。
彼らに囲まれて壁を背にしている新浪は、必死で断っているようだが逃げ道を塞がれていた。
「お主たち、そこで何をしているのでござるか?」
声をかけると、男二人はギョッとしたように俺を見た。
彼らはどちらも髪を染めており耳にはピアス、英語のロゴが入ったTシャツで安物のネックレスをしていた。
どうみてもイキリ陰キャ。
俺にはわかる。なぜなら同類だからだ。
「もしやお主らナンパ! という奴でござるか! こんな所でいたいけな少女をナンパ! とはいい度胸でござるなァ!」
相手がイキリ陰キャなら話は早い。彼らは頭数を揃えることによって、普段の自分たちではできないようなことを精一杯頑張っている。
その精一杯の自尊心を遥かに上回る羞恥心によって破壊してやるだけでいい。
声を張り上げたおかげで、周囲にいた人たちがこちらを見る。
それに二人は動揺した。
あと、もうひと押しか。
「我の右手が疼かぬうちに立ち去るが良い! ナンパ! は断じて悪! リア充は死すべし!」
派手なポーズで決めて見せる。
彼らは顔を見合せ、弱気な視線を打ち交わした。
「お、おい行こうぜ」
「……あぁ」
そそくさと退散する男二人組。
同族嫌悪もあったのだろう。今回おにぎりの出番はなかったな。
「ったく……お前はどうしてそんなに絡まれるんだ」
彼らが居なくなってから振り返ると、新浪は少しうつむいていた。
「黒井くんのこと馬鹿にされた……。あんな奴とは絡まないほうがいいって」
「……だったらなんだ」
「黒井くんは悔しくないの? その、そんな言われかたして」
「いや……別に」
上げた顔は、怒っているようにも見える。
だが、俺が馬鹿にされたのに彼女が怒る理由はわからない。
だから、気のせいだと思った。
「黒井くんはさ……どうしてそんな格好をしてきたの」
「どうしてって、それはあの二人をくっ付けるのに必要だと思ったからだ」
「本当に必要?」
「必ず必要というわけじゃないが、場の空気が悪くなったりした時、ライブの雰囲気に合わせて盛り上がれる準備は必要だ。それにピエロがいれば、悪いことから目を逸らせることができる。マジックと一緒だ。派手な動きで仕組みを隠す」
そう説明すると彼女は何も言い返さず、ただしばらくした後に「そっか……」と答えただけ。
「まぁ、ライブ中二人に近づけなくなったし、意味はほとんどなくなったがな」
そう付け加えておいた。それにも「そっか」と答えただけ。
「黒井くんはこのライブ……『依頼として』来てるんだね」
一瞬、何を言ってるんだ? と思った。
「当たり前だろ……」
「そうだよね。ごめん、私が馬鹿だったのかも」
「なんで謝る」
「いいの! 気にしないで! これは私の問題」
それから新浪は笑顔をつくった。
「いこ! もうすぐ始まっちゃう!」
そこには先程の表情はない。ただ、あまりの急変ぶりは違和感しかない。
その後、俺たちは施設に入場し時間になるとライブは幕を開けた。
新浪は隣でそれを見ていて、俺もそれを眺めていた。
だが、入場前に言われた言葉が……新浪の表情が気になってしまい集中できない。
あれだけ頑張って覚えた振り付けも、あれだけシミュレーションした掛け声すらも、俺は忘れて呆然と立ち続けた。
そしてそれは、新浪も同じ。
周りが盛り上がれば盛り上がるほどに、俺だけは冷静になっていく。
そうして初めて……俺は、ようやく周りとは違うことに気づく。
そして、やはり新浪のオシャレな格好も……周りからは浮いている気がした。
俺は、俺たちは……他の人たちとは違う。
ただ、そんなことは分かっていた。
俺たちはライブを楽しもうと思ってきたわけじゃないのだから。
分かっていたはずだった。
分かっていたはずだったのだ。
なのに、何故だろうか。
俺も新浪も、いくら曲に合わせて腕を上げてみても……いくら周りに合わせて発狂してみても……一度冷めてしまった温度は二度と戻らなかったのだ。




